隠恋慕
Speak low, if you speak love.
逆さ吊りの神 2
手にこびり付いた血も、スーツを染めていた血も、綺麗に洗い落とされた。
深紅に染め上げられたキッドの翼も純白を取り戻した、けれど。
未だ目覚めない子供の蒼白い頬を緩く撫で、快斗は顔に浮かんだ憂いを一層濃くした。
「また来てたのかい?」
分厚いファイルを片手に入ってきた新出に、快斗は無言で頷いた。
あれから丸五日が過ぎた。
一時は出血多量で心停止直前まで追い込まれた子供も、なんとか一命を取り留めることができた。
それもこれも医療班班長新出智明の治癒の賜だった。
彼は自身の生命力を他の存在へ譲渡することのできる、治癒能力者のひとりだ。
もちろん能力者と言えど生命力には限界がある。
際限なく与え続ければ己の生命力が枯渇し、悪くすれば命を落とすこともある。
だが新出は数ある治癒能力者の中でも非常に稀な能力者だった。
あるものを生命力に変換し、治癒を行うことができる。
それは全ての生命の源とでも言うべきもの――血液だ。
輸血用に保存されている血液、そして子供の身体から流れ出る血そのものを生命力に変換し、彼は子供の命を救ったのだ。
けれど、本来なら能力による治癒を一般人に施すことは禁止されているため、薬的治療しか行えない決まりとなっている。
それと言うのも、一般人に治癒を行えば、能力者の干渉によって新たな能力者を目覚めさせてしまう恐れがあるからだ。
能力者との接触によって能力に目覚めたという例はそう珍しいことではない。
そのため本来ならこの子供にも薬的治療のみを行うべきだったのだ――が。
今回は上から特別に許可が降ろされた。
おそらく、十二使徒に狙われていたこの子供をみすみす見殺しにし、組織との繋がりを断ちきってしまうことを惜しんだのだろう。
能力による治癒が行われたのも最初の夜だけで、今では通常通り薬的治療が行われている。
それでもなお日に数度の報告を新出が命じられているのは、何も子供の身を案じてのことではなく、組織の情報が欲しいからに他ならなかった。
「こいつ、もう起きないのかな」
「肉体的には問題ないよ。もしかしたら……心の方に大きな傷を負ってしまったのかも知れないね」
……心の傷。
快斗は昏々と眠り続ける子供の、シーツに覆われた身体をちらと見遣った。
おそらく、彼の治療を全面的に任されている新出は既に気付いているだろう。
この子供の身体のあちこちにある傷痕に。
彼がどんな生活をしていたのか知らないけれど、普通に暮らしていてあんなにも傷痕をつくれるものではない。
彼の身に何が起きたのか。
どうして組織に狙われているのか。
そして何より――彼はどこの誰なのか。
「宮野支部長の方で何か進展はあった?」
「ううん。ずっと調べてるけど、まだこの子に該当する人物は上がってないよ」
「そうか……」
無茶をしなければいいけど、そう言った新出に、無茶なんかとっくにしているさと、快斗は顔をしかめた。
子供を保護した夜。
機動班、情報班、鑑識班、管理班、警衛班、医療班のそれぞれの班長と班長補佐、特別機動隊隊長と副隊長、そしてWGO長官を加えた計十四名による会議が行われた。
議題は言うまでもなく子供の処遇についてだ。
通常なら能力犯罪に巻き込まれた一般人は記憶を改竄して早々に自宅へ送還するのだが、WGOはこの子供をこのまま日本支部内にて保護監視すると決定した。
理由はふたつ。
組織との繋がりが明確になる前に子供を一般人と判断するのは早合点だから。
そして何より、彼がどこの誰なのか、WGOはまだ掴めていないからだった。
治癒を行った新出によれば、子供は肉体年齢七歳の日本人男児であり非能力者、つまり一般人であることが判明した。
だが分かったのはそれだけだった。
彼は身元を証明するようなものを何ひとつ身につけていなかったし、何より、どれだけ調べてもこの子供に該当する戸籍が存在しなかったのだ。
そこで、機関随一のハッカーである志保に特命が下された。
何が何でも子供の身元を洗い出せ、と。
けれど、あれから五日経った今も、子供の身元は謎のままだった。
仕事の合間を縫い、休憩や睡眠時間でさえ返上し、志保は一日中ネットにリンクし続けている。
それでも一向に調査は進展しないし、子供が目覚める様子もない。
いくら半身を機械で補った身体でも、これでは志保の身体が先に壊れてしまうだろう。
それに――…
「……新出先生は、死を怖いと思ったことある?」
快斗の呟きに、新出は検査の手を止めて顔を上げた。
快斗は誤魔化すように笑みを浮かべる。
毎日、毎日、能力者や組織と戦ってばかりいた。
死とは常に隣り合わせで、人が死ぬ場面も何度も見てきた。
それなのに。
あの時、血を流し呼吸を止めようとしている子供を見た時、言いようのない恐怖を感じた。
すぐ背後まで迫り来る〝死〟の足音。
無慈悲な死神が冷え切った鉄の鎌を振り下ろす瞬間。
それはまるで父が死んだという絶望を突き付けられた時のようで――…
すごく、怖かった。
今更人の死を怖がるなんて可笑しいと思う。
けれど不安で仕方がないのだ。
こうして眠っている子供を見ていても、今だに死がまとわりついているように思えて仕方がない。
彼がもう目覚めなかったら、彼が死神に連れて行かれたら、彼が死んでしまったらどうしよう、と。
「そんなの、いつも思ってるよ」
さらりと吐かれた言葉に、快斗は吃驚したように目を瞬いた。
新出は相変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
その笑みが苦笑に変わると同時に頭に優しい手が落ちてきて。
「怖くて怖くてたまらない。……それが当たり前なんだよ、黒羽君」
それは、父が死んだあの日から、快斗がずっと忘れていた感情だった。
* * *
深く椅子に背を預け目を瞑っている姿はまるで眠っているように見えるのに、瞼が震える度にそうではないのだと気付かされる。
もう丸五日も満足に休んでいない志保を光彦は心配気に見遣った。
志保は首から繋いだコードを通して直接ネットに意識を潜らせることができる。
そのため、ダイブしている間、肉体はまるで眠っているような状態になる。
だが精神と肉体は密接に繋がっているものだ。
肉体だけが眠っていても精神が覚醒したままでは、いずれ肉体にもガタがくる。
光彦はそれを心配しているのだ。
そもそも、六班のうち情報班にのみ班長補佐がいない。
理由は知らないが、志保が情報班班長の任に就いた時から彼女は一度も補佐を作らなかった。
そして彼女の能力の関係上補佐の必要性も特別なかったため、上もそれを許可した。
だからこういう事態が起きた時、志保はあくまでひとりで全てを背負い込まなければならない。
もちろん情報班に所属する者は大勢いるが、彼らだけで彼女の仕事をカバーすることは実質的に無理だった。
ピッ、ピッ、ピッ……
時計の針が九の字を指すと同時にアラームが鳴る。
光彦は未だ深くダイブしている志保の手を軽く叩き、声を掛けた。
「宮野さん、時間ですよ。戻ってきて下さい」
志保の指がぴくりと動く。
数秒の間を置いて、志保はゆっくりと目を開けた。
「……何か見つかりましたか?」
「駄目ね。国内はあらかた潜ったから、次は国外に潜ってみるわ」
滅多に疲れた様子を見せない志保が、額を軽く押さえながら溜息を吐く。
それだけ限界が近いと言うことだ。
だと言うのに、あろうことか彼女はまだ他人を気遣ってみせるのだ。
「ありがとう、円谷君。夜通し起きてて疲れたでしょう、少し眠ってらっしゃい」
「そんな、僕は全然……っ」
貴方に比べれば、僕なんか全然疲れてなんかいないのに。
そう言いたくて、けれど光彦は口を噤んだ。
ここで我侭を吠えて彼女を困らせたりなんかしたら、それこそ大馬鹿だ。
こんな子供を受け入れてくれた彼女の迷惑になることだけはしたくない。
自分はまだ何ひとつ満足に覚えていない新人に過ぎないのだから、と。
「……分かりました。何か僕にできることがあれば、いつでも呼んで下さい」
言いながら、けれどありがとうと頷く彼女が自分を呼ぶことはないのだと光彦は知っていた。
子供だからとか頼りがいがないからとかそういうことじゃなく。
それが鉄の女などと呼ばれている彼女の、見落としてしまいそうな、けれど確かな優しさなのだ。
……寂しいくらいの。
だから、その優しさに応えたくて。
光彦は部屋を後にすると、ぎゅっと拳を握りしめて駆け出した。
「――は? 光彦が家出?」
心身治療室の班長室に突然飛び込んできた少年、白馬探に、快斗はなんとも緊張感のない声を返した。
新出に近い栗色の髪をした、快斗と同年代くらいの長身の少年。
ジーンズにトレーナーというラフな格好の快斗に比べ、きっちりとスーツを着込んでいるあたりからも、彼の几帳面さが見てとれる。
時間に煩い彼愛用の懐中時計は年にコンマ〇〇一秒しか狂わないらしいが、真偽は定かでない。
何にせよ、自由奔放で天真爛漫な快斗とそりが合うはずもなく、二人は会えば喧嘩という犬猿の仲なのだ。
ところが、今日の白馬はいつもと違った。
新出は仕事で席を外しているため、今この部屋には快斗しかいない。
しかも彼の不在をいいことに快斗は班長の執務机にどっかりと腰を据え悠長にミルクココアを飲んでいる有様だ。
普段なら説教のひとつでも垂れる白馬だが、今日はそれどころではないのだと、怒ったように声を荒げて言った。
「冗談抜きに、早く見つけないと問題になりますよ、黒羽君!」
「……て言われても、状況が掴めねーんだけど?」
余程慌てているのか、途中経過をすっぱり抜かした白馬の説明では状況がいまいち掴めない。
大体にして白馬の所属は管理班だ。
管理班の班長に報告するならまだしも、特別機動隊の快斗に報告するなんてお門違いである。
すると白馬は他聞を憚るように声を潜め耳打ちした。
「ですから、情報班の円谷光彦が、許可なく地上に出たと言ってるんですよ。たまたま彼の管理を僕が担当していたから良かったものの、ばれれば処罰は免れません。それでなくても今、上からの特命で情報班は大変なんです。
ですから、班長の許可なく地上に上がれる貴方に、早々に彼を連れ戻して欲しいと言ってるんですよ!」
能力者の脱走は発見次第、早急に班長へ報告しなければならない。
なぜなら管理班はその施設に収容する全ての能力者を、管理という名目のもとで監視しているようなものなのだ。
その存在を世間に悟られないために、全ての能力者を社会の裏へ葬るために。
つまり、脱走者を見逃すような行為をしている白馬もまた、このことがばれれば処罰を受けるはめになるだろう。
それでも、規則違反を覚悟の上で白馬は快斗に頼みに来たのだ。
なぜなら――
「仲間を、見捨てないで下さい……」
懇願するように見つめる双眸を、快斗は無表情で見つめ返した。
「……居場所は分かってるのか?」
「もちろんです! GPSで彼の現在地を探査しました。まだ移動中ですが、データを転送します」
快斗はゴーグルを嵌め、どうやら持ち出して来たらしい白馬自前のパソコンからデータを受信した。
浮かび上がった地図の上を点滅する光がゆっくりと移動していく。
快斗は微かに目を瞠った。
光彦が向かっている場所、それは――
「……米花町? 彼の地元ですね。家族が恋しくなったんでしょうか」
違う。
喉元まで迫り上がった声を、危うく飲み下す。
快斗には光彦がどこへ行こうとしているのか分かってしまった。
点滅が消え、光彦が移動を止めた。
どうしてそんなところへ来たのかは分からないが、間違いない。
(米花町、二丁目……)
彼がいるのは、先日、快斗が子供を保護した場所だった。
「……すぐに出るぞ、白馬」
「え?」
「万一のために志保ちゃんとの回線は切っておく。もし萩原さんが俺を探しに来ても知らないフリしてろよ!」
言うなり、快斗は椅子の背もたれに掛けてあったパーカーを引っ掴み、飛び出すように部屋を出た。
その後を当然のようにキッドが追って行く。
延々と続く白塗りされた廊下を駆け抜けながら、服の中、胸のあたりで揺れる首から提げていたものを、快斗は服の上からぎゅっと掴んだ。
それは未だ目覚めない子供から託された、あの金色の指輪だった。
快斗は指輪のことを誰にも話さなかった。
もしかしたらこの指輪が子供の正体を探る手がかりになるかも知れないと考えなかったわけではない。
それでも、この指輪を誰か他の人間に渡すこと、それどころか目に触れさせることですら、快斗にはなぜかひどく耐え難かったのだ。
この指輪が持つ不思議な力がそうさせるのかも知れない。
心の奥底に誰もが抱える黒くて暗い純粋な欲望が、それを手放したくないと言っているのかも知れない。
けれどそれだけではなく、快斗にはこれが誰にも見せてはいけないもののような気がしてならなかったのだ。
誰も――快斗自身ですら、これは手にしてはならないものだったのではないか、と。
(光彦はレコーダーだ。あの記憶を見られるとまずい……!)
光彦にその気がなくとも、上の連中が黙認してくれるとは思えない。
快斗は寺井に声を掛けることさえ忘れ、ブルーパロットの扉から飛び出した。
――その直後。
眠っていたはずの子供の目が、かっと見開かれたことも知らずに。
突然の眩暈に襲われ傾ぐ身体を支えきれず、光彦は塀にもたれ掛かった。
そのまま数度深呼吸を繰り返す。
指先が氷のように冷たい。
こんなにも長い時間記憶を見続けるのは初めてなのだから仕方ないだろう。
それでも、目の前の光景を一秒たりとも見逃さないよう、光彦は懸命に目で追った。
そもそもなぜ光彦がこんな無茶をしているのかと言えば、それは他でもないあの子供の身元を探るためだった。
光彦はどうにかして志保の手伝いをしたかった。
それはただ時間になったら彼女を起こしたり眠気覚ましのコーヒーを淹れたりするようなことだけじゃなく、もっと役に立つ何かがしたかったのだ。
光彦には志保のように機械を意のままに操ったり、ネットの中に意識を潜らせたりする能力はない。
他の班員たちのように優れたハッキングの腕を持っているわけでもない。
それでも、どうにかして彼女のしんどさを取り除いてあげたかった。
なぜなら――志保は光彦にとって〝特別〟だったから。
あの日、志保に連れられWGOの長官と謁見した光彦は、彼に成人するまでは保護を受けるよう言われ、それを拒んだ。
自分の身は自分で守りたい、ただ守られるだけは嫌だ、と。
けれど、それでも七歳の子供を任務に就けるわけにはいかないのだと長官に諭され、光彦が半ば諦め掛けた時。
それなら彼の身は情報班で引き受けます。
そう言って助け船を出してくれたのは志保だった。
光彦はまだ何もできない。
学業と護身術を習う合間に能力の訓練をしたり精密機器の操作を教わったりと、まだまだ学ぶことだらけだ。
それでも自分にもできることがあるはずだと、飛び出して来た。
そう。
自分にしかできない、過去の記憶を見るという能力を使えば、もしかしたらあの子供の身元が分かるかも知れない、と。
だが、所詮は子供の浅知恵だ。
何万何億とある記憶の中からたったひとつの記憶を見つけだすなど無謀もいいところだ。
光彦自身、そう思っていた。
――けれど。
それはまるで夜空に光る星のように、ぽっと灯る蝋燭のように、微かな、けれど確かな存在感を持って、記憶を巡る光彦の視界に飛び込んできた。
振り返らずに駆けてゆく子供の後ろ姿。
彼のことは眠っている姿の写真でしか知らない。
けれど間違いないという確信を持って、光彦は記憶の中を駆けてゆく子供の背中を一心に追って来た。
そして今、角を飛び出して来た快斗と子供が接触し、光彦は自分が間違っていなかったのだと安堵した。
反動で塀に激突した子供のこめかみから血が流れ出す。
すぐに慌てた快斗が駆け寄る。
肩を軽く叩き、声を掛ける。
子供が目を覚ます。
起き上がり、快斗と目を合わす。
快斗が何事か尋ねると、子供は脅えたように手を引っ込める。
そして、再び快斗が手を差しだし――
「――光彦!」
その時、唐突に現実へと呼び戻され、光彦は吃驚して倒れ込んだ。
その身体を誰かの腕が抱き留める。
「うわ……っ、めちゃくちゃ冷え切ってるじゃねーか!」
瞬きと同時に視界を切り替えれば、その誰かは怒ったように顔をしかめた快斗だった。
「快斗さん……?」
「無茶すんな、馬鹿野郎! 俺が来なかったらどうするつもりだったんだ!」
「ご、ごめんなさい……」
わけも分からず謝る光彦に、快斗は怒りを通り越して呆れたような安堵したような溜息を吐いた。
唇なんか青紫色で、限界なんてもうとっくに超えていると言うのに、当の本人が気付いていないなんて。
それだけ必死だったのだろうと、快斗はそれ以上そのことについて説教する気になれなかった。
快斗にも覚えのある行動だ。
人のことをとやかく言えた筋合いではないだろう。
とは言え、許可なく地上へ出たことは言及しなければならない。
「無断外出が規則違反だって知らないわけじゃないだろ?」
「……はい。すみません」
光彦はしゅんと項垂れながらも素直に謝った。
けれど、
「騒ぎになる前に戻るぞ」
と言った快斗に、光彦はぶんぶんと首を横に振りながら言った。
「駄目ですっ、まだ何も分かってないんです!」
処罰を覚悟で出てきたと言うのに結局何も掴めていない。
これでは出てきた意味がないのだと、光彦は必死に抵抗した。
せっかくあの子供の記憶を探り当てたのだ。
もしかしたら何か志保の役に立てるかも知れないのだ。
けれど光彦は快斗のひと言でぴたりと抵抗を止めた。
「ばれれば志保ちゃんにも迷惑がかかるんだぞ」
彼女のためにしたことが彼女の迷惑になる。
それでは何の意味もない。
そんなことがしたいわけではなかった。
ちょっと考えれば分かったはずなのに、そんなことにも気付かなかったなんて。
(僕は、なんて馬鹿なんだ……)
黙り込んでしまった光彦に、快斗は宥めるように言った。
「今ならまだ大丈夫だ。知ってるのは俺と白馬だけだし、寺井ちゃんもきっと内緒にしてくれるよ。あの子のことだって、きっとすぐに――」
分かるさ。
言いかけて、快斗は急に熱くなった胸を押さえて蹲ってしまったため、その先は続けられなかった。
胸が灼けるように熱い。
――否。
熱いのは胸ではなく、首から提げている指輪だった。
あまりの熱さにポーカーフェイスを保てずに顔が歪む。
「快斗さんっ」
心配そうに覗き込む光彦に快斗は無理矢理笑顔を作って見せるが、うまくできずに余計心配をかけてしまった。
今にも泣き出しそうな顔で見つめている。
けれど、突然のことにどうすることもできずにいると、次第に熱は引いていった。
或いはあまりの熱さに感覚が麻痺してしまったのかも知れない。
どちらにしろ助かった…と押さえていた手を離した時、またしても突然、今度は脳裏に声が響いた。
『――黒羽君! 今どこにいるの?』
何度もアクセスしたのに!
非難めいた口調はどこかいつもの冷静さを欠いているように感じるが、それは志保の声だった。
どうやら突然のアクシデントで緊張の解けた隙に、遮断していたはずの回線に無理矢理侵入して来たようだ。
だが、今接触されるのはあまり有り難くない。
快斗がシャットアウトしようかどうか迷っていると、
『すぐに戻って来て! あの子が起きたわ!』
その言葉に快斗は応答するのも忘れ、一も二もなく駆け出した。
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