隠恋慕
蒼い天使 12
「あら。随分仲良くなったのね、キッド」
そのベルモットの第一声とともに、キッドはベッドから思い切り蹴り出されていた。
「いってェ! 何すんだよ、新一!」
「お前がいつまでもひっついてるのが悪いっ」
ベッドから転げ落ちた快斗は見事に後頭部を殴打したらしく、ズキズキする頭をさすりながら文句を言ったのだが。
形の良い眉を吊り上げながら、なんだか赤い顔で怒鳴る新一を見て、おや、と思う。
ついつい抵抗しないのを良いことにずっと新一を抱き締めていた快斗だが、ベルモットの登場でその幸せな時間もぶち壊しとなった。
いつもスキンシップを仕掛けては蹴られていたのに、今日はあんなことがあったから新一も甘受してくれるのかと思ったのだが……
新一の赤くなった顔を見ていると、なんだか。
都合の良い解釈をしてしまいそうになる。
快斗の中で燻っていた気持ちは、今ではもうすっかりとその形を持っていた。
彼を守りたいと思うのは義務でも正義感でもなく。ただ、好きだから。
失いたくないから必死になるし、好きだから、もっとずっと近くに居たいと思う。
ただ、その気持ちを伝えるつもりはなかったのだけど。
少し染まった顔を俯けてそっぽを見ている新一。
どこか拗ねたようなその仕草は、けれど――照れているようにも見える。
誰も居ない時には甘受してくれた行為を、ベルモットの出現によって振り払われたのは、そういうことではないだろうか。
だとすれば。
新一にも、少なくとも自分を意識してもらえたのだろうか……?
「……キッド。その顔どうにかしないと、また新一に蹴られるわよ」
「えっ」
自分の思考に飛んでいた快斗が慌てて新一を見ると、いつの間にか普段の彼に戻った新一がこちらをもの凄い形相で睨んでいる。
どうやら思いっきりニヤけていたらしい。
「……そんなに蹴られたいなら、いつでも言え」
こめかみに青筋を立ててにっこりと笑う新一を、それでも可愛いと思ってしまう快斗に、所詮新一は叶わないのだが。
コト、と置かれたコーヒーに口をつけ、新一はふぅと小さく吐息する。
あれから三人はリビングへと場所を移していた。
さすがはヴィンヤード家の所有物とでも言うか、工藤家の別荘にも劣らない造りである。
中央に置かれた――おそらくこれもどこかの骨董品なのだろうが、そのテーブルに腰掛け、三人は一服とばかりにコーヒーを飲んでいた。
新一とベルモットはブラックを、快斗はミルクと砂糖で甘くして。
そうして漸く落ち着いたとき、そのタイミングを見逃すことなく新一が口を開いた。
「……俺の聞きたいことは判ってるだろ」
視線をひたとベルモットに向け、次いで快斗へと向ける。
まるで獲物を前にした獣のように鋭い視線を向ける新一に快斗は少し苦笑し、……そして一度瞳を伏せる。
けれどすぐに視線を上げると、真っ直ぐに新一へと向き直った。
そこに先ほどの苦笑はもう残っていない。
「ある伝承がある。おそらく、人の口を伝って伝えられてきたものだ。それも今では優作さんが手を回して無くなりつつあるけど……」
「……“白き衣に守られし蒼き月の御子、其の身に蒼き命の炎を宿さん”、だろ」
「……うん」
顔の前で手を組み、そこに顎を載せるような形で静かに話を聞いている新一は無表情だ。
そこからは何の感情も読みとることは出来ない。
けれど今、全ての情報は目まぐるしく彼の中で構築されていっている。
感情を見せてくれない新一に少し哀しくなりながらも、快斗は先を話さなければならなかった。
「蒼き月の御子とは、蒼い瞳を持つお前のこと。そして……俺の捜していた永遠の命を与えるというパンドラは、ビッグジュエルなんかじゃなく、月の御子であるお前のことだ。
お前には治癒能力がある。そしてボレー彗星の近づくとき、お前はその何らかの影響によって、不老不死を与えることが出来るらしい。
俺が探してる石は、お前をその戒めから解放してくれる石だ。赤い石を内包した石、それがあればお前は普通の人間になれる。
そしてソレを探し出せるのは白き衣である俺だけ。白き衣とは御子であるお前を守るために存在する、それぞれが特殊ななんらかの能力を持つ六人の人間のことだ。」
「……お前とベルモットと……あとは?」
「まだ二人は判らないんだけど、あとの二人は白牙と哀ちゃん」
「……っ、灰、原も……知ってるのか……?」
「……うん」
そこで初めて、新一の表情が少し動いた。
色々な驚愕があるのだろう。
瞳のことはもちろん哀には知らせていなかったし、なにより――彼女を“守る”と言ったのは、新一なのだから。
それは、まだ黒の組織の脅威に怯えていた頃の彼女にコナンが言ったこと。
哀にとっては良い迷惑だったかも知れないが、一度口にしたからにはそれを全力で貫く覚悟が確かにあった。
組織を壊滅させた今、残党こそいるが、もう哀が怯えて暮らすことはない。
けれど。
組織が壊滅したからと言って、もう約束を果たしたのだからとばかりに彼女を放っておくことは出来なかった。
相変わらず新一は危険な事件と隣り合わせているし、そんな新一を口とは裏腹に気に掛けてくれている哀を知っている。
未だに発作なんてものを抱えてる新一に、罪悪感を拭い切れていない哀を知っている。
今、灰原哀としてやり直そうと必死な彼女を、新一は巻き込みたくなかった。
だから、瞳のこともアレスのことも、哀には絶対に話さないつもりだったのに……
彼女は知っていたのだ。
まるでAPTXの解毒薬を製造していた頃のように研究室に隠っていた彼女は、おそらく自分のために何かを探っているに違いない。
(……なんでこう……お人好しばっかりなんだ……)
新一が組織と関わるようになったのは哀の責任ではない。
自分の浅はかさが招いた事態だ。
それをまるで自分の罪のように感じ、そしてそれを償おうとしているかのような哀は、かなりのお人好しだ。
そして――この怪盗も。
「ね、新一」
再び無表情のまま黙り込んでしまった新一に、快斗が優しく声を掛ける。
ハッと新一が顔を上げると、予想と違わぬ嬉しそうな快斗の笑顔が目に入った。
「俺たち、なんでお前に話さなかったと思う?」
「なんでって……判んねぇよ……」
守りたいから?
巻き込みたくないから?
けれど新一は最初から関わっているし、むしろ新一が元凶だと言っても過言ではないではないか。
では、なぜか。
……新一には答えを導き出すことが出来なかった。
そんな新一を見て快斗が微笑を苦笑に変える。
ベルモットの顔にも思わず苦笑いが浮かんでいた。
これが本当にあの組織を潰した探偵なのだろうか、と。
本当にこの探偵は、驚くほど鋭く真実を暴いていくクセに、自分のことになるとまるで頼りない。
まあそれも、彼の魅力のひとつなのだけれど。
「答えは簡単だよ。新一が好きだからさ」
快斗の言葉に、先ほどまでのポーカーフェイスはどこへやったのか、新一がムッと眉を寄せた。
けれどその仏頂面は彼の照れ隠しだとよく知っている。
快斗は苦笑を濃くした。
「俺も哀ちゃんも白牙も。みんな新一のことが好きだから、こんな宿命を背負っていると知って哀しませたくないと思ったんだ」
まあ、姐さんだけは違ったようだけど。
そう言って悪戯げに笑いかけてくる快斗にベルモットは悠然と笑みを返す。
別に彼女が新一を嫌いだというわけではない。
ただ、新一にはそれらの真実を知る権利と闘う権利があるはずだと、そう思っているだけのことだ。
真実の重みに潰されるほど弱くはないのだ、と。
……彼女に永遠を与えた月の御子も、新一と似た真っ直ぐな人だったから。
「……別に、哀しんだりなんかしねぇ」
仏頂面のままぽつりと零した新一に、けれど快斗は直ぐさま切り返す。
「いいや。絶対顔には出さないだろうけど、新一は心を痛めるよ」
「だから俺はそんなに柔じゃ……っ」
「新一は優しいから。俺たちの哀しみを背負おうとするんだ」
自分のために哀しむわけではない。
なぜこんな理不尽な鎖に繋がれていなければならないのだと、嘆くだけの愚か者ではない。
格好悪くても足掻き、惨めでも逆らって、そこから抜け出ようと動くことの出来る人だ。
ただ、哀しむのは、そこに自分ではない誰かを巻き込んでしまうこと。
全てを受け入れて尚、それでも心を痛めずにはいられない優しさを持つ人だから。
「俺は巻き込まれたなんて思っちゃいないのに、それでもお前はそう思ってる。……組織と対峙していた頃の哀ちゃんと同じさ。お前は巻き込まれたなんて思ってなくても、哀ちゃんはそう思ってた」
あの頃の彼女と今のお前の、一体どこが違うというのか。
「あの時、解毒剤を作れるというメリットのために彼女を守ったわけじゃないだろ? 狡賢い打算だけで動いたわけじゃないだろ?
……哀ちゃんも同じことなんだよ。そこに、罪を精算出来るという打算が存在する訳じゃない」
新一は額を手に押し当てるようにして、まるで宥めるような快斗の声をじっと聞いている。
聞きながら、深く深く考えた。
確かに快斗の言うように、哀がAPTXを製造した科学者だから守ったわけではない。
少しも恨まなかったかと言えば嘘になる。
打算も確かにあった。
けれど、それを差し引いて尚守りたいと思ったから、自分は彼女に手を貸したのだ。
なぜこんなことに気付けなかったのかというほど、快斗の言うことはいちいち尤もである。
けれど。
「でも俺は……っ」
顔を上げることが出来ない。
変わらずこの笑顔を向けて貰えることが嬉しくて。
……苦しくて。
「俺が全ての元凶だろ……? 禍の元なんだろ……?」
“パンドラ”である自分。
そのパンドラを巡って、こんな世界に足を踏み入れた彼。
何より、彼の大事な人を――初代怪盗キッドである黒羽盗一の命を奪った元凶であるはずなのに。
どうして、彼は自分の側に居てくれるのだろうか。
「俺が、お前の壊したがってた“パンドラ”なんだろ……っ」
そして快斗は至極当然だとばかりに言うのだ。
「ああ。だから、俺は壊すよ」
ゆっくりと顔を上げた新一に、快斗は満面の笑みを向ける。
やはり彼は優しくて。
快斗の哀しみを知り、それをも背負おうとしてくれる。
そんな新一がただ愛しくて。
そうして、強く強く想うのだ。
「新一の中の“パンドラ”を壊して、絶対にその戒めを解いてやるんだ」
「快斗……」
「そんで全部終わったら、ただのガキみてーに一緒に遊ぼうぜ」
「……ああ」
ぽん、と軽く頭に乗せられた手が大きくて、暖かくて。
不覚にも込み上げてくるものをなんとかやり過ごそうと、新一はあくせくするハメになったのだった。
「それじゃ、ここからは報告ね」
それまではじっと傍観を決め込んでいたベルモットがそう切り出した。
「刑事と探偵のお二人さんなんだけど、適当に記憶を消しておいたから、新一の関係者もキッドの関係者も彼らに尋問されたりってことはないはずよ」
「「記憶を消したぁ???」」
見事にハモりながら素っ頓狂な声を上げたふたりに、ベルモットは普通に頷いてみせる。
快斗と新一はお互いに顔を見合わせ、次いで彼女へと視線を戻した。
「……催眠術のようなものか?」
「まさかあの短時間で脳を弄るなんて無理だもんなぁ」
「似たようなものよ。言霊って言うんだけど、強力な暗示だと思えば良いわ」
あるキーワードを切っ掛けに、言葉を紡ぐだけで相手を強制的に従わせることが出来る。
ただ制約も多くあまり便利とは言えないのだが、これが彼女の持つ特殊な能力だった。
「とにかく、これで周囲への心配は要らない訳だけど、新一はもう普通の生活には戻れないわよ」
「……ああ、判ってる」
新一は堅い表情で小さく頷いた。
いつかは……と覚悟していなかった訳ではないが、言葉にされると嫌でも実感してしまう。
あの殺し屋に自分が伝説の蒼い瞳の持ち主だとばらしてしまった以上、標的は間違いなく新一にしぼられただろう。
或いは依頼主が存在せずとも、如何にも彼の興味を惹きそうな新一に彼が関わってこないはずがない。
今まで以上に彼との接触も多くなるだろう。
そうすれば、何時襲われるとも知れない自宅に居るわけにはいかない。
せっかく取り戻した平穏を再び手放し、そして今度は前以上に現実と切り離されたどこかへ行かなければならないのだ。
いつ戻れるとも、そもそも戻れるかどうかもわからないどこかへ。
きっと、幼馴染みやその親友、騒ぎあっていた学校の友人や西の探偵とも、もう連絡が取れなくなるに違いない。
それには幾ばくかの躊躇いがある。
けれど、新一は後悔していなかった。
あの時アレスにばらしてしまったことを。
そうしたことによって失うだろう現実。
けれど、そうしたことによって失わずに済んだ存在があるから。
じっと、向かいに腰掛けて難しい顔をしている快斗を見つめる。
やがて新一の視線に気付いた快斗が、なに? と小首を傾げながら尋ねてくるのへ、ふっと不敵な笑みを向けた。
その笑みに、快斗の背筋がゾクリと粟立つ。
「“普通”なんて不確かなモノより、“危険”でもお前らが居てくれるなら、俺はそれで良い」
俺は、それが良い。
躊躇わずそっちを選ぶ。
その言葉に、どれほど快斗が喜んだかは新一の知らないことだけれど。
「俺も、新一と一緒なら何だって出来るよ」
「ふふ。私を忘れないでよね」
「もっちろん!」
そう言って、隣同士仲良く笑い合う彼らに、ふと疑問に思ったことを新一はそのまま口にした。
「つーかお前ら、知り合い?」
そう言えば今思い返しても、彼らは初めから互いを知っていたようではないか。
どこで知り合ったのか、なぜ知り合ったのか。
それにずっと気になっていたことだけれど、ここに白牙が居ない理由も教えて欲しかった。
「あら、まだ知らなかったの?」
「俺と姐さん、実は昔っからの知り合いなんだよ」
「……は?」
眉を寄せ訝しげにのぞきこんでくる新一に、快斗はどこから話そうかと顎に指をかけた。
色々と複雑な事情があるから彼には内緒にしてたのだが。
やはり全てを話さなければ、超高校級の見事な蹴りを頂戴しかねない。
「ベルモットって言やぁ、組織の中でも変装の名人だったろ?」
「あぁ……――あ゛!?」
それを聞いて、新一は信じられないとばかりに目を瞠った。
今の今まで忘れていたが。
母親である有希子が、当時有名だったマジシャンに変装のノウハウを教わった時、シャロン・ヴィンヤードも共に習っていたではないか。
そして、怪盗キッドは変装の名人。
初代怪盗キッドでありながら世界的マジシャンだった黒羽盗一に教わったのだとしたら。
幼くして快斗とシャロンが出逢っていても、何の不思議もない。
「その時の俺、色々複雑なお子さまでさ。IQ400なんてフザケた天才児をお偉いさんがほっとくわけなくて、どっかの大学がどーとか研究所がどーとか勝手に話進められちまって。そんなこんなで荒れまくってた俺を助けてくれたのがシャロンだったんだ」
まわりは漸く会話が出来るようになった子供ばかりでも、快斗どんな計算だって簡単に解いてしまうような天才児だった。
……異端な存在。
けれどそんなことは関係なく、快斗は子供らしく友達と馬鹿をやっては騒いでは楽しんでいた。
放っておかなかったのはまわりの大人達である。
いつの間にか両親以外の大人を毛嫌いするようになっていた快斗に声を掛けてきたのは、変装術を習ってからよく遊びに来るようになったシャロン・ヴィンヤードだった。
当然、猫のように髪を逆立てて威嚇していた快斗だったけれど……
『良い? これはゲームよ。周りの馬鹿な大人になんか勘付かれないように、うまくうまく演じるの。ご褒美は、君の自由』
どんなに高い知能指数を持っていようと、その頃の快斗はまだほんの小さな子供だった。
“ゲーム”という響きに心踊らされ、ご褒美の“自由”に胸が弾んだ。
たったの5歳にも満たない子供を、自分たちの研究意欲を満たしたいためだけに好き勝手に扱おうなどという馬鹿な大人を巧く欺き、自由を得るために子供らしい子供を演じる。
それはまるで哀しいことのようだったけれど、快斗はそう思わなかった。
自由でいたかったし、何より友達と遊ぶ時はいつだって本気で楽しんでいたから。
「だから、ベルモットがシャロンだと気付いたとき、俺は心底から彼女を敵とは思えなかった。姐さんが中国で接触してきた時は吃驚したけど、胸の月がなくても俺は信じたよ」
笑いながら言う快斗に、ベルモットは苦笑の中に嬉しさの滲んだような笑みを浮かべていた。
彼女が快斗にああ言ったのは、どこか自分と似た快斗を放っておけなかったのだ。
月の御子によってもたらされた“永遠”に目を付けた組織。
彼女に自由はなくなった。
けれど彼女は組織の人間である自分を演じることによって、幾らかの自由を手に入れた。
いつもいつも変装しては別の自分を演じ続ける日々に疲れていたのかも知れない。
自分の自由のために必死に足掻こうとする快斗を見て、救われたのは彼女も同じなのだ。
「ニューヨークで新一に会った時、貴方が月の御子だと言うことを知ったのよ。だから、組織戦のあとも貴方をずっと見守ってた」
「ずっと……?」
「ええ。特にフランスに来てからは、アレスも居るという情報があったから警戒してたわ」
そして、ふと、こちらへと着いてすぐに感じたあの視線を思い出す。
まるで監視されているようだと感じたあの視線は、まさしく彼女が新一の動向を監視していたのだろう。
「あの視線はあんただったのか……」
「そう。リヨンに着いたその日にアレスと接触するんだもの、吃驚したわ」
ほんと事件体質だよなぁ~と、快斗は彼女の隣で大きく溜息を吐く。
別に遭いたくて遭ってるわけではないと思うのだが、“事件体質”なのは認めているので、新一はただ顔をしかめるだけに留めた。
「とにかく、その後すぐに中国にいるキッドと白牙のところへ行ったの。キッドが白き衣だということは判っていたしね。そこで彼らを見つけるのに少し手間取って。見つけてからも白牙が面倒なことになっていて色々と手間取って、結局キッドだけを連れて行くことになったのよ」
そうして、万が一のためにと日本へよって哀に薬をもらったりしているうちに、新一が撃たれてしまったのだが。
「面倒なことって?」
「ちょっとね~……まあ日本に帰れば判ると思うんだけどさ……」
快斗が何か苦い表情をしている。
ベルモットは如何にも楽しげに口端を持ち上げただけだった。
「ああ、でも、日本には帰らないわよ?」
「「えっ」」
「何言ってるの。さっきも言ったけど、もう貴方たちは普通の生活には戻れないんだから。白牙とはアメリカで合流するわ」
「「アメリカ??」」
声をハモらせてオウム返しに聞いてくる彼らはまるで双子のようだ。
ベルモットは小さく笑って続けた。
「有希子と、それから工藤優作氏にお話があるのよ」
ベルモットは新一より前の月の御子により永遠の命を授けられた白き衣のひとりだ。
今の彼らの知らないだろう情報をいくつか所有している。
それらを話すため、ロスに向かうのだ。
月の御子を――蒼天使を捜して、不老不死の体を引きずりながら彷徨った時間。
天使など、神など存在しないのだと嘆きたくなるほどの時間だった。
けれど今、彼女の前に紛れもない蒼天使がいる。
私にも天使はいたようだわと、思わず有希子にもらしてしまったのは彼女の本音。
“…理由が必要なの?”
いつだったか、傷を抱えた彼女を治癒した御子が言っていた。
どうして助けてくれるのかと聞いた彼女に、蒼い瞳に涙をためながら……
“人が人を助けるのに、理由なんて要らないでしょ?”
まだ幼い少女だった。
天使だと、思った。
新一の魂を救うことが、少女を救えなかった自分に出来る最後のことなのだろう。
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