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Midnight Carnival 6

「――セレモニー?」

  ベッドに腰掛けながら水の滴る頭をタオルで拭いていた新一は、自室を訪れていた優作にそう問い返した。
  同じく風呂上がりの快斗もタオルを首に引っ掛けた格好で冷蔵庫からスポーツ飲料を取り出すと、一本を新一に手渡し、隣に腰掛けた。
  二人とも白牙の訓練を終えたばかりだ。
  肩の傷も完治した新一は、夏前に約束していた白牙との訓練に喜々として励んでいる。
  それに付き合わされる快斗も、新一の前でみっともない姿をさらすわけにはいかず、常にないほど真面目な優等生を演じている。
  おかげでスパルタ教師の容赦ない教鞭を日々その身に受ける二人には、打ち身や掠り傷といった小さな傷が後を絶たない。

  優作は二人の前に立ったまま一冊の本を差し出した。
  それは優作が執筆した、彼の作品の中でも非常に人気の高い「闇の男爵」シリーズの最新作だ。

 「ああ。セレモニーと言っても、まあパーティみたいなものだけどね。実は去年執筆したこの作品がエドガー賞にノミネートされることになったんだ。それで今度の土曜日に、友人たちがホテルでちょっとした祝賀会を開いてくれるそうでね」

  ちょっとした、と言っても所詮は優作の友人だ。
  庶民の感覚からすれば充分に桁外れな規模のパーティとなることだろう。
  その辺りのことは幼い頃から何度も経験してきたためよく心得ている新一だが、なぜ優作がそのパーティに自分を誘うのか、それが分からなかった。
  そうした催しを新一が好まないことも彼はよく知っているはずだ。
  息子の疑問を先読みし、優作は茶化すようにひょいと肩を竦めた。

 「実は、パーティは口実と言っていい。その席でおまえに会わせたい人がいるんだ」

  それに益々新一は首を傾げた。

 「会わせたいって、なんで?」
 「先方がぜひおまえに会ってみたいと言っているんだよ」
 「だからなんで俺に会いたいんだ? つーか、なんで俺のこと知ってるんだよ」
 「……新一。おまえはもう少し、自分の行動を省みなさい。〝日本警察の救世主〟とまで称された高校生の探偵が、そう簡単に世間から忘れられるはずがないだろう」

  思わず額を押さえて溜息を吐く優作の前で、快斗も乾いた笑いを浮かべた。
  分かっているのかいないのか、新一は尚も首を傾げている。
  確かに新一は組織を壊滅に追い遣ってからこっち、なるべくマスコミの前に姿を現さないようにしてきた。
  それは組織の残党を警戒したからであり、まるでお伽噺の中にあるような伝説をその身に抱えているからでもある。
  けれど、過去にあれだけ騒がれた探偵、それも有名な作家と元女優の間に生まれたサラブレットという話題性のみならず、軽く三桁を越す事件の全てを迷宮なしで解決してきた名探偵を、目の肥えたマスコミがそう易々と手放すはずがなかった。

 「まあでも今回は極内輪で行うパーティだから、マスコミ関係者は一切入れないよ。だから安心して参加するといい」

  勝手に話を進める優作に、新一は慌てて食いついた。

 「ちょっと待てよ、誰も参加するなんて言ってないだろ!」
 「済まないが、パーティの主催者の御子息からのご要望だ。今更断れないよ」
 「またそうやって勝手なことを……」

  過去のあれこれを思い出しているのか、新一は苦い顔をする。
  しかも困ったことに、過去の一度として父の誘いを断れた記憶がないのだ。
  どうせ今回もまた逆らうこともできずに参加させられる羽目になるのだろう。
  半ば諦めながらも最後の抵抗として盛大な溜息を吐いた新一は、隣に座る快斗にまだ湿った髪をくしゃりと撫でられ、そちらを振り返った。

 「大丈夫だよ、新一。俺も一緒に参加するし」
 「……ほんとか?」
 「うん。だって、一時も新一の傍から離れない約束だしね。……構いませんよね、優作さん?」

  確認するように視線を向ければ、優作はすんなりと頷いた。
  それに新一も渋々了解した。

 「分かった。約束しちまったもんは仕方ねーし、会うだけ会ってやるよ。でもつまんなかったら、快斗連れてさっさと帰るからな」
 「構わないよ。ただし、寄り道はしないこと」

  まるで小学生の父親のような物言いに新一は辟易しつつも、自分の立場を理解しているため、仏頂面を浮かべながらも「分かったよ」とぶっきらぼうに言い放った。



  優作が出ていった後、すっかり機嫌を損ねてしまった新一は、髪を乾かすのもそこそこにベッドにごろりと転がった。
  一度交わした約束を今更反故にするつもりはないが、いつもながら優作の勝手な行動には腹が立つ。
  別に新一はセレモニーやパーティの類に出席するのがどうしても嫌というわけではないのだ。
  できることならそんな面倒なものには出たくないというのが本音だが、最初からきちんと事情を説明してくれたなら、新一だとて頭ごなしにそれを拒んだりはしない。
  だが、優作はいつも先に逃げ道を潰してから、拒みようのない「交渉」を行うのだ。
  息子である新一に対してでさえも。
  そういうところが、根本的に信用されていないようで腹立たしい。

 「新一、愛されてるね」

  と、そんな的外れな感想を漏らしながら、横になった新一の生乾きの髪をタオルでがしがしと拭き始めた快斗に、新一はじろりと視線を投げ付けた。

 「……アレのどこが愛情表現だって?」
 「ん? だって、内輪のパーティなんだろ? てことは、優作さんの知り合いは勿論、新一の知り合いもいるわけだ。でも今の俺たちは迂闊に知り合いに会うわけにもいかないから、こんな機会でもなきゃ、なかなか顔も合わせられないだろ?」

  その言葉に、新一は絶句した。
  確かに、自分たちはこれから誰と付き合っていくか慎重に選ばなければならないし、それ以上に、今まで付き合いのあった人たちと接触する時には慎重に行動しなければならないだろう。
  不用意に近づけばたちまち相手を食らい尽くしかねない闇と戦っているのだから。
  それは新一も覚悟しているし、だからこそ日本での生活を捨ててきた。
  生半可な覚悟であるはずがない。
  ともに馬鹿をして過ごした同級生たちも、苦しかった時期を支えてくれた少年探偵団の子供たちも、お世話になった警視庁の警部や刑事たちも。
  ――大切で、大切すぎて何ひとつ秘密を打ち明けることができなかった幼馴染みも。
  手放すには愛しすぎて、けれど失うにはあまりに尊すぎたから、誰ひとりとして巻き込まないために、こうして全てを捨て、新一は今ここにいるのだ。
  もう二度と彼らとは会えないかも知れない。
  そんな覚悟さえ、抱いていた。
  優作はそんな新一の覚悟を目敏くも見抜き、その上で、まるで何事もなかったかのように息子のためにできることをしてくれたというのか。

 「勿論、優作さんのことだからそれだけじゃないと思うけどね。主催者の息子が新一に会いたがってるのは事実だろうし」

  そうは言うものの、その主催者の息子というのが間違いなくアラン・アシュフォードであることを快斗は知っていた。
  なぜなら、彼を新一に会わせることが月下白を譲り受けるための条件だったのだから。
  だが、二人を引き合わせるだけなら、何もわざわざホテルにまで出向かずとも彼を工藤邸に招けばいいだけの話だ。
  ここならホテル以上にセキュリティも備わっているし、万一敵に襲われても地の利がある。
  それを、敢えて新一をホテルまで連れ出すのは、今言った理由に他ならないだろうと快斗は思っていた。

 「……優しい人、だよね」

  なぜあんな約束を持ち出したのかと、快斗はあれからずっと疑問に思っていた。
  アランが工藤邸を訪れたあの日に既にパーティの話が持ち上がっていたのだとしたら、優作はあの時からもうそこまで考えていたことになる。
  その上で快斗の詰問を黙って聞き流してくれたのだとしたら――本当に、敵わない。
  苦笑を浮かべる快斗に、新一も呆れたように溜息を吐いた。

 「分かりにくいんだよ、あの親父は……」

  人一倍息子を溺愛しているくせに、その表現方法は人より二倍も三倍も捻くれている。
  快斗にしてみればそれも照れ隠しだと思えるが、当事者である新一からすれば、とてもそんな可愛らしいものには思えなかった。

 「……ま、快斗が一緒なら何でもいいけどな」

  と、聞こえるか聞こえないかという際どい囁きをしっかり聞いてしまった快斗は、え? と髪を拭いていた手を思わず止めて新一を凝視した。
  囁きを聞かれた気まずさからか、それとも別の何かのためか、新一は俯せていた顔をシーツの中へと埋めてしまう。
  それでも快斗に答えようと、くぐもった声が返ってきた。

 「だって……月下白の調査でおまえがいない間、すげー暇だったんだよ。本読んでたって、邪魔しにくる奴もいねーし。感想聞いてくる奴もいねーし。コーヒー持ってくる奴もいねーし……」

  そう言う新一の声は次第に小さくなり、最後は尻切れとなって聞こえなくなってしまった。
  それでも、髪の間から覗く耳たぶが心持ち赤くなっているような気がして、快斗はどうしようもなく嬉しくなった。
  何かと思えば、新一は拗ねているのだ。
  ずっと傍にいるなどと言いながらほったらかしにした快斗を、可愛らしくも責めているのだ。
  要するに「寂しかった」のひと言を告げるのに、こんなにも遠回しにしなければ口にすることもできないなんて――なんて、愛しい人だろう。

  快斗はそうしたいと思ったまま新一を背後から抱き締め、自分もごろりと横になった。
  驚いた新一の抗議の声を聞き流し、お腹に回した腕にぎゅっと力を込める。

 「――誓うよ。ずっと、新一の傍にいる」

  いつもと違う真摯な声に新一が息を飲む。

 「これから先、どんなことが起こっても。たとえ宇宙の果てまで吹っ飛ばされても、俺は必ずおまえのもとに帰ってくるよ。死ぬまでおまえの隣にいる」

  だから安心して、と囁く快斗の方が苦しそうな声をしていて。
  回された腕は、まるで縋りつかれているようで。
  快斗もまたどうしようもない不安を抱えているのだということに、新一はそこで漸く気が付いた。

 「ばーろ……言っただろ? ずっと傍にいてやるって」
 「うん……信じてるよ。でも……」

  ――でも。
  もしもいつか、この手の届かないところへ行ってしまったら。
  彼を奪おうとする全てのものから彼を守り抜くつもりだけれど、万が一にも、いや、刹那にも満たない僅かな確率だったとしても、彼を失う可能性があるのだとしたら。
  快斗にはそれが耐えられない。
  たとえば、御子の魂を解放し、この不思議な繋がりが無くなった時。
  快斗ではない他の誰かとともに新一が生きていくのだとしたら。
  快斗を忘れ、快斗ではない人を新一が愛していくのだとしたら。
  そんなのは、耐えられない。
  この光を奪われたら、快斗はもう生きていけない。
  それほどまでに乞い願い、どうしようもなく恋い求めるこの想いを、新一は知らないのだ。
  この、狂気を。
  この――恋を。


 「新一が、好きだ」


  零れ落ちた、狂気。

 「……快斗?」
 「新一が好きだ。好きだ。好きだ。……好き、なんだ」

  何度も口遊む、告白。
  それは、もっと素敵なことだと思っていた。
  もっと心弾むものだと思っていた。
  愛する人に愛を告白する、それはとても素晴らしいことなのだと、そう思っていた。
  それなのに。
  いいことのはずなのに、悪いことをしているわけではないのに、口にすればするほど快斗の心は冷えていく。体中から血が退いていく。
  まるでずっと隠し続けてきた罪を懺悔する咎人の心地だ。
  取り返しのつかない大罪を犯し、今にも殺されようとしている死刑囚の心地だ。

  なぜなら――この思いが受け入れられるはずのないことを、知っているから。

  それでも今更止めることはできなかった。
  まるで壊れた蓄音機のように、何度も何度も繰り返される告白。

 「……快斗」

  静かな、それでいて抗いようのない声とともに抱き締めていた腕を掴まれ、快斗は漸く口を噤んだ。
  名前を呼ばれた瞬間にびくりと跳ねた腕に、より一層の力が込められる。
  まるで絶対に離さないようにと――離れないでとでもいうように。
  新一は、敢えてそれを振りほどかなかった。

 「それは、特別な意味での『好き』なんだな?」
 「……」
 「……。父さんや母さんや、学校のツレが俺に対して抱く『好き』とは違うんだろ?」
 「……」

  何も答えられずにただしがみついてくる快斗に、新一が盛大な溜息を吐く。
  それに再びびくりと肩を震わせる快斗を強引に振りほどき、新一は体の向きを反転させると、快斗の頭を両手で掴んで思いきり睨み付けた。

 「おまえの『好き』は、俺がかつて蘭に感じていた『好き』と同じだ! そうだな!?」

  脅すように怒鳴りつければ、快斗は今にも泣き出しそうに顔を歪めながら、それでも微かに頷いた。
  そこにいるのは世間を騒がせる怪盗紳士ではない。
  御子の魂を解放するために戦う守護者でもない。
  ただの、黒羽快斗だ。

 「……新一が好きだ。新一は、俺の全てなんだ。おまえがいなきゃ息もできない。おまえがいなきゃ死んじまう。おまえがいなきゃ、俺は、もう生きてもいけないんだ……」

  苦しい、苦しい、苦しい。
  狂気が凶器となって心臓に突き刺さる。
  痛い、痛い、痛い。
  それでも、この痛みさえ、どうしようもなく愛おしい。

 「ごめん……ごめんな……」
 「何を、謝るんだよ」
 「ごめん……こんなにもおまえを好きで。……おまえを困らせて。……ほんとに、ごめん……」

  告白の次は何度も謝罪を口にする快斗を、新一はそっと抱き締めた。
  分かってる。
  快斗は真剣だ。
  快斗の想いに応えられないなら、中途半端な優しさは快斗を傷つける。
  新一は偽りのない本心を伝えなければならない。
  けれど、だからこそ、新一は快斗を抱き締めていた。
  同情や慰めでなく、今にも泣き出しそうな快斗をこうして抱き締めていてやりたいと思う心こそが、偽りのない新一の本心だった。

 「俺は……正直分かんねえ。快斗のことは好きだ。多分、今の俺にとっては一番だ。ずっと傍にいてやりたいと思うし、……ずっと傍にいて欲しいと思う。この戦いが終わっても、大人になってじーさんになっても、それこそ死ぬまで付き合っていきたいと思ってる」

  でも、と新一は続けた。

 「それがおまえと同じ『好き』なのか、分かんねえ。快斗がいなきゃ息もできないのか。快斗がいなきゃ死んじまうのか。快斗がいなきゃ生きていけないのか。……分かんねえ」

  快斗の肩が震えている。
  普段はあんなにも気丈な男が、まるで夜に怯える子供のように体を丸めて震えている。
  ――新一からの拒絶を、恐れている。

  新一は一度きつく瞼を閉じると、意を決したように快斗の顔を覗き込み、真っ直ぐ見つめながら言った。

 「今はまだ分かんねえ。だから、これからおまえが教えてくれ。おまえは俺を諦めなくていい。欲しければ、奪ってもいい。だから……俺を好きになってごめんなんて、二度と言うな」

  言葉もなく見開かれた快斗の目を、ただ睨み付けるようにして見つめる。
  絶望しか映っていなかったその目に徐々に希望の光が灯っていくのを、新一は胸に喜びが込み上げてくるのを感じながら見ていた。
  快斗の喜ぶ顔を見られることが嬉しい。
  快斗の身を切るような切ない顔を見るのが辛い。
  それが新一の本音だ。
  快斗が幸せそうに、嬉しそうに笑ってくれるなら、そうさせるのが自分だというなら、いくらでもあげてやりたい。
  それが、新一の本音なのだ。

 「俺……諦めなくていいの?」
 「ああ」
 「怪盗に向かって『奪ってもいい』なんて、俺、遠慮しないよ?」
 「俺は探偵だからな。そう簡単に奪わせねーよ」

  途端に眉を下げ口をへの字に曲げた情けない顔で見上げてくる快斗に声を上げて笑い、新一はぼさぼさの頭を更に掻き回した。

 「言っただろ? おまえは俺の一番だ。もっと自信持てよ」

  告白した相手に励まされるというのもなんだか奇妙な感じだが、それが妙に新一らしくて、快斗はくしゃくしゃの顔を更に崩して嬉しそうに微笑んだ。
  やっぱり、どう足掻いても自分は彼が大好きだ。
  彼を諦める日など、きっと一生こないだろう。
  それなら、折角許可を貰ったのだから、思う存分攻めさせて貰うまでだ、と。
  快斗は漸く普段の強気な笑みを取り戻すことができた。

 「ありがとう、新一。俺、絶対諦めない。ずっとずっと傍にいて、きっと好きになって貰うから」

  覚悟しててね。
  そう言って額に口づけた快斗の頬を、仏頂面を微かに染めた新一が捻り上げた。



  その日の晩、新一は夢を見た。
  内容はよく覚えていない。
  ただ、とても哀しい夢だった。
  哀しくて、苦しくて……
  目が覚めた時、泣いていた。
  その瞳には、蒼い炎が宿っていた。
  そして、気付いた。
  誰かが哀しんでいる姿を見た時。哀しんでいる誰かを救いたいと願った時。
  新一の意志など関係なくこの瞳は炎を宿し、涙を流すのだ、と。

  ――かつて、救いたかった人がいたのだ、と。



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