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空色の国 5




「平次! 今日こそは白状してもらうで~!」

 掴みかかるように服部の襟元を鷲掴んだ沖田は何だかとても真剣な顔をしている。
 対する服部は〝呆れて声も出ない〟という言葉をそのまま顔に張り付けていたのだが。

「お前と工藤少尉、どういう関係なんや!」

 服部はとうとう我慢しきれずに、盛大な溜息をついてしまった。
 なぜ今こうして沖田が服部に詰め寄っているかと言えば。
 昨日モヴェールが奇襲をかけてきた時、迂闊にも工藤少尉に地で話しかけてしまったため二人が知り合いであると周囲にばれてしまったからだった。
 新一が有名だと言うことは知っていたから、服部も新一も何を言わずとも何となく二人の関係は秘密にしてきた。
 それも、ばれればこういう面倒な事態になってしまうのは一目瞭然だったからなのだが。

「どうもこうも、お前には関係あらへんし」
「関係なら大有りや! 噂好きとしては、こないウマいネタ逃したら男が廃るっ」

 お前の男はその程度なんかい…と服部は引きつった笑みを浮かべた。
 噂好き云々と言うより、ただ工藤少尉と知り合いだという服部への妬みだろう。
 もとより服部には答える気はさらさらなかった。
 第一、今日こそはと言われても昨日の今日でそんな台詞もどうかと思う。
 まぁ朝起きてから夜寝るまでこの状態がずっと続けば、さすがの服部も嫌気がさしているのだけれど。

「ほら、それより医療室急がなアカンねやろ? 怪我したんお前やん!」
「せやった! 宮野ドクターに見て貰うんや~♪」
「わざわざ施設にまで引き返してきたんやから、さっさと終わらして帰るで」
「わかってるって!」

 噂好きでその上ちょっとミーハーなところがある沖田。
 顔だけならその少尉と似てるのに…と、服部は疲れたような溜息を吐いた。

 二人が今向かっているのは訓練場ではなく施設に設置された医療室である。
 そこにいる軍医はこの第十四支部では最も腕が良いとされる、宮野志保だった。
 もともと志保のところはいつも人が少ない。
 かなり人気のある若い女性軍医だが、高嶺の花すぎて遠くから眺めていたいという評価が下っているのだ。
 怪我については不可抗力だが基地にある医療室は人が混んでるし、どうせならと二人はこちらにまで足を向けたのだった。
 確かにここの天才軍医は若く、そしてかなりの美人だと言われている。
 だがまたもやその軍医とも顔見知りな服部は、噂はあくまで噂だからこそ楽しいこともあるんやと、怪我をしてるとは思えない軽やかな足取りで進む沖田を遠い目で見つめた。

 やがて見えてきた、ハイテクを駆使したような扉。
 そこには〝Dr.Shiho Miyano〟という文字が刻まれていた。
 新一との付き合いで自然と志保とも付き合うようになった服部だが、彼女とも知り合いだとわかるとまた沖田が煩いかも知れない。
 早くもここへ来たことに後悔しかけている服部だったが、こちらがドアを開くよりも前に扉は開かれた。

「今度こんな真似したら、生きてることを後悔させてあげるわ」

 冷ややかな声と共に転がり出てきたのは、彼女よりも数倍はガタイの良い男。
 私服であるために階級はわからないがおそらく三等兵か二等兵あたりだろう。
 とにかく、二人は突然のこの状況を理解できずに立ち尽くした。
 絶対零度の睨みをきかせる少女を前に、情けなくも固まって動けない男は滑稽にも少し震えている。
 いつまで経っても動かない男を邪魔だと言わんばかりの志保に、服部は少し怯みながらも声をかけた。

「ドクター、どないしたん?」
「あら、服部君。丁度良いわ、このゴミ捨てて来てくれない? ここにいるだけで目障りだわ」
「ゴミて、…まぁええわ。ちょお待ったり」

 まだ少年期を抜けきらない彼のどこにそんな力があるのか、ガタイの良い男をひょいと肩に担ぐと、服部は沖田に目配せして男を捨てに行った。

「沖田、ちょお今取り込み中みたいやから、あっちで治療してもろた方がええわ」
「あ、ああ…せやな…」

 すっかり志保の態度に怯えてしまっている沖田に苦笑する。
 志保があそこまで感情を顕わに怒ることは珍しいが、その理由は考えるまでもなかった。
 これは事情を聞かなければならないだろう、彼の護衛役である服部としては。

 服部は担いでいたゴミを地下を出たところでぽいと捨て、沖田には帰るように言って自分は再び医療室へと戻った。
 何事もなかったかのように静かな医療室の自動ドアが、シュッという独特な音を出して開く。
 すると、白衣に眼鏡をかけた彼女はいつものデスクにはおらず、壁に静かに凭れ掛かっていた。
 その様子からして服部が来るのを待っていたのだろう。

「で? 話して貰えるやろ?」
「取り敢えず、ご苦労様。ゴミが消えて清々したわ」
「…工藤がどないかしたん?」

 志保は不機嫌そうに髪をかき上げると、視線と微妙な顔の動きだけで奧のベッドを示して見せた。
 促されるままそちらに顔を向けると、そこには誰かが眠るように横たわっていた。
 確かめるまでもなく、それが新一だということに気付く。

「どうゆうことや?」
「今の工藤君には近づかないであげて。これ以上近づいたら貴方でも蹴り出すから」
「…わかった」

 志保の迫力に、服部は知らずごくりと唾を飲み込む。
 こと新一のことにかけては、彼女ほど最強な人はいないのかも知れない…。
 承諾した服部に、志保は自分は壁にもたれ掛かったまま近くにある椅子に座るよう勧める。

「何があったかは話すわ。私のわかる範囲でね。それを聞いたら今日は帰って頂戴」

 そして志保は、新一がここに来たときの様子をぽつりぽつりと服部に話し出した。



 それは、いつも通り人の出入りも少ないながら、師の研究の手伝いとばかりに志保がデータをまとめていたとき。
 いつもなら皆基地にいるはずだから、誰も来訪者がいないはずの時間。
 突然自動ドアが開いて、志保は驚きながら振り向いた。
 するとそこには新一が立っていた。
 意外な人物に瞠目した志保だったが、その出立に秀麗な眉を寄せたのだった。

「工藤君? その格好…一体、どうしたの?」

 細身の体に少しばかり大きかった衣服は所々が裂け、さらに焼けたような痕がついている。
 出血や傷はないようだったがその目は虚ろで、服の隙間から覗く白い肌に残された痕に志保は何事かを悟って更に眉を寄せた。
 どこから見ても普通じゃない様子の新一の手には引きずられるようにひとりの男が掴まれている。
 がっくりと項垂れた様子からその男に意識がないことがわかった。
 そして、その男こそが新一をこんな風にした元凶だろうことも。

 志保はやりかけだったデータを保存して素早く電源を落とすと、新一に駆け寄った。
 そして新一の体に触れてはっとした。
 異常なまでの体温の高さに。
 新一がこんな虚ろな目をしているのは、高すぎる熱によるものだったのだ。

「悪ぃ、志保…こいつ気ぃ失っちゃって…どうにかしてくれないか?」

 と、それまで無言だった新一が漸くこぼしたのはそんな台詞で、志保は呆れたような怒ったような視線を投げた。
 けれど憔悴した様子の新一に怒鳴ることもできず、無言で頷く。
 こんな男より貴方の方がよっぽど大変じゃないの!と言えなかった言葉を呑み込んで新一から意識のない男を預かると、男はそのままに新一の手を引いてベッドに横たわらせた。
 何の抵抗もなくベッドに横たわると、新一は静かに目を閉じる。
 そして安心したように詰めていた息をはいたかと思うと、次の瞬間にはもう寝息を立てていた。
 余程疲れたのだろうと志保はその寝顔を苦々しく見遣った。

 志保はそれまで忘れていた男の元へ寄ると、意識のない男の顔を思い切り叩いて覚醒を促した。
 容赦のない平手打ちが二、三度入ると、漸く男が目を覚ます。
 突然現われた美女に男は息を呑み、その冷ややかな双眸にそのまま固まってしまった。

「貴方、彼に何をしたの?」
「え、」
「…聞く必要なんかなかったわね。何をしたのかなんて、一目瞭然ですもの」

 美女の言うところの〝彼〟が誰であるかを思い出した男は、なぜこんな状況になったのか全くわかっていない様子だった。
 それに多少のひっかかりを覚えながらも、このゴミ同然の男と会話をするのも嫌になった志保は。

「覚えておくのね。彼に手を出したら、この世で最も恐ろしい人を二人、敵に回すことになるから」

 そう。
 一国の王でさえ一目置かねばならない、喰えない策士と。
 その策士に一目置かせた、この天才軍医を。

 そして、瞬きすらできないような男を志保は視界にいるだけでも邪魔だとばかりに扉から蹴り出したのだった。



「ほな、ほとんど何もわからんってことか…」
「ええ、詳しい事情はね。だけど、彼に今、同性が近づくことは避けた方が良いわ。いくら貴方と言っても」
「…せやな。ほな、ここはドクターに任せて俺は基地に戻るわ。工藤のこと、頼むで」
「言われるまでもないわ。しっかり働いて来なさい」

 心配そうな服部を追い返して、志保は漸く一息つけるとばかりに短く息を吐く。

(全く…護衛役が聞いて呆れるわ。肝心な時に役に立たないんだから)

 理不尽な行き場のない怒り。
 このことを聞いたら哀しむかも知れないと、志保は息子を溺愛する彼の父親を思い出した。
 自分にも変わらず愛情を注いでくれる彼を――優作を哀しませたくない。

 静かな寝息を立てている新一に解熱をし、額に貼り付いた髪を梳いてやる。
 顕わになった幼い寝顔が愛おしかった。



 その頃、十四支部の基地にひとつの連絡が入った。
 慌ただしく大佐室に駆け込むのは高木中尉である。

「大佐! 黒羽大佐!」

 大ニュースですよぉ~!
 なんだか嬉々としたその様子に、特に興味のなさそうな快斗は早く報告しろと先を促す。

「実はですね、本部から連絡が来まして!」
「またか? まさか、また出動要請じゃないだろうな?」

 出動要請で中尉がこんなに喜ぶはずもないが。

「違いますよ! 本部から、工藤少尉に昇格の連絡が入ったんです!」
「昇格…?」
「はい! なんでも、この三ヶ月の間の働きと今度の働きが上部の耳に入ったようで、異例の三階級特進ですよ!」
「三階級…少佐、ということか」
「はい!」

 さすがだなぁ、工藤少尉…あ、もう工藤少佐か!
 まるで自分のことのように喜んでいる高木中尉に、一気に自分の階級を上回ってしまったのにそれで良いのかと快斗は苦笑する。
 けれど、喜ぶ中尉とは逆に快斗は少しばかり浮かない表情になった。

(昇格ね…喜ばないだろうなぁ、あいつ)

 この三ヶ月と今日の働きによって昇格、というのは名目に過ぎない。
 もともと彼らは新一を少佐として迎え入れたかったのだ。
 けれど新一に拒否されたため、仕方なく少尉に留まったのだが……
 それだけ工藤新一という男の実力が計り知れないのだろう。
 入隊と同時に少尉になること自体異例なのに、一気に三階級特進などという更に異例なことも可能とさせてしまうのだから。
 そう思う快斗も、十五歳にして異例の入隊を許可させた鬼才の持主なのだが。

「とにかく、早速工藤少尉に…ッて、ああ! 明日まで彼は来ないんでしたっけ?」
「ああ、休むように言ってるからな。明後日の早朝会議で伝えよう」
「畏まりました! では、失礼します!」

 高木中尉はびしっ! と敬礼すると、来たときと同じように嬉々として大佐室を後にした。
 半ばスキップするような勢いで司令室へと戻ると、そこにいた者は皆中尉と同じように浮かれきった様子だった。
 実は将校クラスの者にもかなりの人気を誇っている工藤少尉の昇格の噂は瞬く間に広がり、本人が休養中にも拘わらずかなりの盛り上がりを見せていた。

「流石だよなぁ、工藤少尉は」
「ええ、未だ少尉なのが不思議なくらいだったもの。一気に少佐になったっておかしくないわよねぇ」
「いや、少尉だったら中佐だっておかしくないぜ」

 普通、同僚が昇格したりしたら少しぐらい妬みそうなところだが。
 素顔こそ知らないが、だからこそありのままの新一を知っている彼らは素直に同僚の昇格を喜んでいた。





 翌朝、今日も七時に早朝会議が行われる。
 だが将校クラスの軍人が続々と会議室に現われる中、彼らよりずっと早くに来ている人物がいた。
 全身が黒装束の、工藤少尉。
 今日はまだ休養中だと聞いていた彼らは驚いたが、あまり言葉を交わしたこともないためただ遠目から彼を見守るだけだった。
 いつも会議開始の七時ぎりぎりになって現われるのはこの支部の最高責任者、黒羽大佐である。
 今日も今日とてぎりぎりの時間になって漸く姿を現したのだが、すぐにいるはずのない姿を見つけて柳眉を寄せた。

「少尉! なぜいるんだ? 今日はまだ休めと言ったはずだぞ」
「…大佐、会議が始まる」
「少尉っ」

 会議などそっちのけで詰め寄ろうとした快斗だったが、なんにしても時間が悪い。
 ぎりぎりになって来るものだから、言いたいことや聞きたいことが沢山あってもこれ以上聞き込むわけにはいかなかった。
 なにやら険悪なムードになりかけていた二人の雰囲気が和らいだので、周りはほっと安堵の吐息をもらす。
 快斗はまだ何か言いたそうだったけれど、渋々自分の席へと着いたのだった。

 いつもと変わらない話。
 他国の情勢、侵略の情報、武器の整備、モヴェールの動向……
 これと言って急を要するものはない。
 幾分、まだ平和な時を過ごせているようだった。

 各々の報告が済み、会議が終了すると、各自持ち場へと散り散りになっていく。
 と、同じく部屋を後にしようとする新一を快斗が引き留めた。

「少尉、話がある」
「…なんだ」
「本部からの連絡もある。良いから大佐室に来い」

 マスクに隠れて見えないが嫌そうに眉を寄せている姿が簡単に想像できる。
 が、〝本部〟という名前を出されてはついていかないわけにはいかなくて、新一は大人しく快斗の後に続いた。
 その様子を横目で伺い、昨日と違ってしっかりとした新一の足取りに快斗は安堵する。
 無言のまま大佐室に着き、無言のまま招き入れて。
 それでも昨日の今日だからと、普段は勧めないソファーを勧めて自らもそこへ腰掛けた。

「…取り敢えず。今日も休めと言ったのを忘れたわけじゃないだろ?」
「熱が下がったら…だろ? もう大丈夫だから出てきたんだ」
「下がったって、あれはそうそう下がる熱じゃないよ」
「志保の薬は良く効くんだよ」

 快斗は未だ会ったことのない天才軍医を思い起こし、天才と言われるぐらいなのだしそれも可能なのかと渋々納得する。
 本来ならまだ休んでいろと言いたいところだったが、一度出てきたからには新一は絶対帰らないだろうと断念した。
 それでも本当に熱が下がっているのかどうか心配で。
 すっと伸ばされた快斗の手によって、新一のマスクは簡単に奪われてしまった。

「おいっ」
「熱計るだけ」

 新一が抵抗するよりも前にさっさと体を引き寄せて額にそっと手を当てる。
 熱が下がったというのは本当らしいが、完全に下がっているとは言い難い熱さだった。
 自然、快斗は顔をしかめたが。
 引き寄せた新一の様子がおかしいことに気付き、慌ててその顔を覗き込んだ。

「工藤…?」

 みるみる血の気がなくなっていく顔。
 ただでさえ白い肌が今は青白くさえ見えて。
 普段よりは高いはずの体温でさえもだんだん冷えていくのを感じた。
 よく見れば肩が少し震えている。

「……る、な…」
「え?」

 急に衝撃が来たかと思うと、快斗は新一の腕に思い切り突き飛ばされていた。

「俺に触るな…っ」

 突然加わった力に逆らうことなくソファーに倒れ込んだ快斗。
 様子の急変した新一をおかしく思いながらも、どうすることもできずに茫然と見つめた。
 触るな、とはどういうことだろうか?
 けれどはっとしたように顔を上げた新一は慌てたように言った。

「あ…、悪い…」
「いや、構わないけど。どうしたんだ?」
「ごめん、俺、…やっぱり今日は休ませて貰う…」

 憔悴した様子の新一にそれ以上何も言うことができず、快斗は無言で頷いた。
 普段の新一なら一度出てきたなら絶対に帰ろうとはしないだろう。
 それが、こうもあっさりと帰るなどとは……

 手にしたままのマスクを新一に返すと新一もまた無言で受け取る。
 と、本部から昇格の連絡を伝えていなかった快斗は、すでに扉に向かって歩き出した新一を慌てて止めた。

「工藤! 本部からの連絡、言ってなかったっ」
「…なんだって?」
「昨日付けで、少尉から少佐に昇格だって」

 新一の顔が歪む。
 自嘲気味に口端を持ち上げると、そうか、とだけ残して部屋を出ていった。

(…タイミング、悪かったな)

 どう考えても普段の新一ではなかった。
 何があったのかは正確にはわからないけれど、今まであの程度のスキンシップを嫌がられたことはなかった。
 傷の治療も、恐らくほとんどを快斗がやってきたはずなのだ。
 それほどまでに、幼馴染みだという医者に面倒をかけるのを嫌っていたのだから。
 快斗はしばらく考え込んだが、結局答えは見つからなくて。

「…尋ねてみるしかないか」

 新一が、昨日一番最後に会っただろうその人のところへ。



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