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空色の国 12




 暗い、月明かりだけが唯一の光源である夜の中、黒衣の下から現われたのは目が覚めるほど整った貌。
 その貌が見知ったものとあまりにも似ていて、キッドは一瞬息を呑んだ。
 白磁のような白い肌も絹糸のような黒髪も、まるでそっくりで。
 そして、ゆっくりと開かれた瞼の下の強烈な蒼に、弾かれたように顔を覆った。

「…どうした?」

 その様子を不審に思って新一は声をかける。
 キッドは片眼鏡をかけている方の目を覆って小さく呻いた。

『あ、なたは、〝光〟ですか?』
「光?」
『いえ、聞くまでも有りませんね。その瞳の輝きが何よりの証拠だ…』

 キッドはゆっくりとした動作で片眼鏡を取り外す。
 そして真っ直ぐに新一を見据えた。
 すると、今度は新一が息を呑んだ。
 月明かりに浮かび上がった貌は――今まさに別れてきたばかりの、恋人の貌。

「快、斗…」

 新一は呆然と呟いていた。
 そんなはずはないとわかっていても、どういうことなのだと混乱する。
 纏っている雰囲気はまるで違うのに、容姿は酷似している。

(…いや。本当に違うか?)

 時々彼も、こんな刹那的な冷たさを孕んではいなかったか。
 普段はなんでもなく見えるが、抑えようとして抑えきれなかった感情の端々を感じることはあった。
 ただ、誰でも聞かれたくないことのひとつやふたつあるだろうからと、快斗がそれを話したがらない間は聞かないようにしていた。

(こいつは快斗と関係があるのか?)

 単純に考えるなら血縁者。
 けれど快斗は人間で、キッドは自らをモヴェールだと告げた。
 そうなると快斗とキッドのどちらかが偽りを言っているということになるのだが……

 新一の無意識の呟きを聞いたキッドが、微笑を浮かべて言った。

『快斗と親しいようですね』
「…! 快斗を知ってるのか?」
『知ってますよ。良く、ね。ヴェルトの大佐、黒羽快斗でしょう』

 キッドはそう呟きながらすっと瞳を眇めた。
 何かを思い浮かべているようなその仕草に、新一は声をかけるタイミングを失う。
 そこでキッドは微笑を苦笑に変えて、ぽつりとこぼした。

『私も自国を捨てた身ですから、なんとも言えませんけどね』

 どういう意味だろう。
 新一には皆目見当もつかない台詞に問い返す暇もなく、キッドは自分の着ている布を一枚外すと、新一に軍服の上から被せた。
 頭に巻いていた風よけの布も外すと新一に被せる。
 なんの意図でそんなことをするのかと思ったが、新一の頭の中は快斗とキッドの関係についてのことで一杯だった。

(快斗を知ってる? しかも、良く…)

 と、新一を飾り終えたキッドが無抵抗の新一の手を引いて歩き出した。

「…どこに?」
『〝光〟の砦へご案内しますよ。そうすれば多分、貴方の知りたいこともわかるはずです』

 問いかけながら、顔を覆うようにして被せられた布を持ち上げた新一だが――慌ててキッドに止められた。
 再びぐいと被せられ、何も見えなくなる。

『その布を取ってはなりません』
「なぜ?」
『人間にはわからないんですけどね。私たちが〝光〟と呼ぶ御方の瞳は、蒼い光を放つんです。何も被らずに歩いていたらすぐにバレてしまいますよ』
「俺があんたらの言う〝光〟だって?」

 手を引きながら、そうです、と返される。
 新一は視界の全く利かない布越しに危うい足取りになりながらも何とかついていく。

「…〝光〟って何なんだ?」

 ふと思いだす。
 以前助けた少女が瀕死の状態で呟いた言葉もまた、〝ヒカリ〟だったということを。
 あれも或いは、自分を指した言葉だったとしたら…?
 全く身に覚えのない話にそんなはずはないと思いつつも、モヴェールの領地で身を隠さなければならない存在が一体どんなものなのか気になった。

 不意にキッドが立ち止まる。
 視界の悪い新一はそれと気付かず、キッドの背中にぶつかって漸く立ち止まった。
 どうしたんだと声をかけようとしたが、先に口を開いたのはキッドで。

『〝光〟とは、モヴェールが唯一絶対と認める――王の尊称です』

 新一は思わず、被せられていた布を取り払ってキッドを凝視した。



 それからどこをどう歩いたのか、新一の記憶はほとんどないに等しい。
 あったとしても視界を奪われていてわからなかったが、どれくらい歩いたのかすらも新一にはわからなかった。

 重々しい、石のこすれるような音が響き、どこかの重厚な扉が開かれたのだと知る。
 そのまま手を引かれ、中へと入り込んだ。
 ひんやりとした空気に包まれたところで、新一は漸く布を取ることを許された。

『白の砦へようこそ』

 そこは、白の砦と言われる割に中は薄暗く、仄かに灰色がかった落ち着いた色彩だった。
 壁には炎とも思われがたい不思議な光がかけられている。
 至る所に無造作に柱が立てられ、床や壁は石や岩でできていた。
 物珍しげに見回していると、キッドがくすりと笑みを漏らす。

『貴方にぜひ会わせたい方がいます』
「俺に?」
『ええ。そのためにここへ連れて来たのですから』

 こちらです、と促され、新一はキッドの後に続いて歩き出した。
 石造りの床は歩くとこつこつと靴音が響き渡る。
 けれど、そこに響くのは新一の足音だけだった。

 初めて会ったときも思ったけれど、キッドは足音を、気配を殺して移動することにひどく長けていた。
 足音どころか衣擦れの音や息づかいですら全く感じさせない。
 それはなんのために身につけられたものなのか。

 と、延々と続くかのような回廊の灯りの中にぼんやりと人影が浮かび上がった。
 思わず緊張しかけた新一だったが、大して驚いてもいないキッドは、おや…ともらしただけだった。

『…キッド。勝手にどこへ行ってたの』
『確かめに行っただけですよ』
『何を…』

 そこで新一の存在に気付いた人影は、目に見えて驚愕に顔を歪めるのがわかった。
 現われたのは、深紅の衣装を鮮やかに着こなした麗人。
 現モヴェールの王、エリだった。
 エリは息を呑んで新一を凝視する。
 新一は先ほどキッドに言われたことを思い出し、慌てて布を被ろうとしたが、キッドの手にやんわりと防がれた。

『そ、んな…まさか…っ』

 エリの様子に新一は眉を寄せる。
 目の前に〝光〟がいるから驚いていると言うよりも、むしろその驚き方は新一を見て驚いているようで。

『…やはり貴方はご存知だったんですね』
『なにを、言ってるの…』

 エリは動揺を隠しきれず、未だ新一を凝視したままだ。

『貴方の様子がおかしかったので、何かあるのかと思いまして。案の定、こんな秘密があったわけですが』
『違うわっ! 違うのよ、隠してたわけじゃ…っ』
『ですがこうして〝光〟は存在する』

 キッドの纏う気配が冷めていくのを、新一はキッドの背後で感じていた。
 彼女が誰なのか、何の話をしているのか。
 〝光〟だと言われても少しも実感のない新一には、全く理解できなかった。

 と、キッドが新一の手を引いて再び歩き出す。
 新一は戸惑いつつもそれについて行った。

『貴方が隠されるならそれでも構いません。私が自分で確かめます。でなければ私の存在理由など…なくなってしまいますからね』

 エリは呆然とその台詞を聞き流し、二人が通り過ぎるのを見るともなく見ていた。



 再び二人だけになり、静かな回廊をひとり分の足音を響かせて歩く。
 エリがいなくなってからどちらからともなく沈黙していた。
 実際は尋ねたいことだらけだったが、キッドの憤然とした、それでいて冷然とした態度に、なぜか触れてはならないような気がして新一は口を開くことができなかった。
 けれどその沈黙は先にキッドが破った。

『彼女は現モヴェールの王で、エリと言います』
「…なら、彼女が〝光〟じゃないのか?」

 新一の腕は相変わらずキッドに掴まれたままだ。
 この砦の中はかなり入り組んだ造りになっている上に薄暗い。
 一度はぐれれば、おそらく自力で抜け出すことは不可能だろう。

 キッドは新一の遠慮がちに尋ねられた質問に、立ち止まって苦笑しながら答えた。
 先ほどまでの冷然とした気配が消え去る。

『彼女は正式な王ではありません。十八年前に起こった大戦で〝光〟は人間に殺され、この世から消えました。ですが王は必要です。そこで選ばれたのが彼女だったんですよ』
「殺され、た…」

 仮にも王とされる者が、人間の手によってこの世から葬り去られた。
 それでは、モヴェールと人間との確執ができてしまうのも当然ではないか。

 険しくなってしまった新一の頬に、キッドの手が添えられる。
 なんだ、と見上げれば、ひどく快斗に似た笑顔に見下ろされ新一は戸惑った。
 包み込むような優しい微笑。

『貴方がそんな顔をされることはありませんよ』

 死者を悼む心を持つ、優しく哀しい戦士。
 知るがゆえに苦しみ、知るがゆえに止まることも選べず、哀しいまでの純粋な想いで剣を握り続ける。

(でも貴方が本物の〝光〟なら――もっと辛い事実を知ることになる)

 キッドが何を思っているかなど知る由もない新一は、快斗に酷似した顔を持つキッドを不思議な心地で見ていた。
 まるで違った気配を持つくせに、同じように柔らかく微笑んでみせる。
 結局聞き出せなかったが、彼と快斗とはどんな関係なのだろう。

 と、キッドの手が再び新一の手を掴み、先へと歩み始めた。
 覚えるだけ無駄な複雑な道筋を辿って、現われた階段を下へ下へと降っていく。
 一歩降りる毎にひやりとした空気に包まれていく気がして、新一は知らずに体を震わせた。
 快斗から借りた軍服だけが暖かい。

 不意にズキリと頭が痛み出す。
 薄ら寒い気配が軍服越しに新一を包み込む。
 その感覚はどこかあの〝声〟が聞こえてくる時と似ていた。

 と、狭かった視界が唐突に開けた。
 と言っても階段から下りたというだけで、数メートル先は闇に包まれていて何も見ることが適わない。
 わかるのはすぐ目の前にキッドが立っていることぐらいだ。

『…どうしました?』

 キッドは握っている新一の手が微かに震えていることに気付き問いかけてみるが、新一に答えはない。
 振り返れば顔色も目に見えて悪くなっていた。

『新一?』
「…寒、い」
『寒い? 大丈夫ですか?』

 キッドは自分の纏っていた布を数枚取ると、新一に被せた。
 具合の悪そうな新一を気遣いつつもゆっくりと新一を導いていく。

『貴方に会わせたい方は、彼です』

 キッドがぱちりと指を鳴らす。
 途端、ぽっ、ぽっ、と辺りに灯りが灯った。

 そこに現われたのは、中央にぽっかりと浮かぶ巨大な氷。

 氷の中には少年がいた。
 長くうねるような漆黒の艶髪、蒼白い肌、ほっそりとした体躯。
 髪の長さこそ違うが、それはまるで鏡で見ているかのように――新一と瓜二つの少年だった。

 けれど。


「うわあぁぁ――っ!」


 次の瞬間、新一は絶叫すると頭を抱えてその場に崩れ落ちた。

『どうしました、新一!』

 驚いたキッドは急いで駆け寄るが、がたがたと震える体をどうすることもできずにただ抱え込む。
 目は開いているものの焦点は合っておらず、食いしばる歯の隙間からは嗚咽がもれた。
 呼びかけてもこちらの声など全く聞こえていないようで、新一は譫言のように叫び続ける。
 うるさい、黙れ、やめろ、と。

「誰、なんだ…!」

 昏い、昏い意識の底。
 新一は暗闇の中に浮かび上がる自分とよく似た少年をぎりと睨み付ける。
 氷の中の少年は瞳を閉じたまま――うっすらと笑っていた。





「黒羽大佐、工藤少佐はどうされたんですか?」

 朝の早朝会議に顔を出さなかった少佐を心配してだろう、沢口中佐はそう快斗に声をかけた。
 昨日、あの後の指揮を任された中佐は、戦場で新一が倒れるようにして運ばれたことを勿論知っていた。
 その場にいた者には固く口止めし、有らぬ噂が広まらないように手は打ってあるが、今朝になっても姿を現わさない新一を気にかけてそう尋ねたのだった。

「まさか重症だなんてことは…」
「心配ない。彼は今、本部からの特命で単独で動いてる」

 今日に限って軍服を覆い隠すように上から黒のマントを羽織った快斗は、顔色ひとつ変えずにそう告げた。
 勿論、特命など下っていない。
 だが工藤少佐の不在理由を教えるわけにはいかないのだ。
 本部からの特命だと言っておけば新一の不在もおかしくないし、深く詮索されることもない。

「そうですか、それは良かった!」

 案の定それ以上の追求をやめた中佐は、あの後かなり心配だったので…と苦笑した。
 快斗も愛想笑いで適当に相手をし、その話は早々に切り上げた。
 靴音もなく廊下を歩く快斗は、普段となんら変わりない仕草で執務室へと入る。
 だが扉を閉めた途端、ずるずると壁に背を押付けて座り込んだ。

「しんいち…」

 あれから、一睡もできなかった。
 ただ隣に新一がいないと言うだけで少しも眠気など起きなかった。
 いつもいつも一緒だったわけではない。
 たまにではあったが新一が自室に帰ることだってあった。
 それなのに、快斗の意識は少しも眠ることを受け入れてはくれなかったのだ。

 夜になって出ていった新一。
 多分、新一は自分の未来に深く関わってくるのだろう重要な過去の記憶を確かめるために出て行ったのだ。
 それが何なのか快斗は知らない。
 新一も言う気がないから何も言わずに出ていったのだろう。
 快斗にも言えない過去の記憶はたくさんある。
 生まれた土地のこと、自分のこと、家族のこと、そして――ここにいる理由ですら打ち明けられない。
 それなのに自分は新一の全てを知りたいのだとは、どうしても言えなかった。

 でも。
 わかっているけど。
 こんなのはただの我侭だとちゃんとわかっている、けど。
 それでも、彼の全てを知りたいと思う心に偽りはないから。

「俺をもっと頼ってよ…!」

 どこもかしこも寒い部屋の中、新一の軍服だけが唯一暖かかった。



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