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存在意義

 マジシャンになるための武者修行として向かった『諸国漫遊の旅』から黒羽快斗が漸く戻ってきたのは、高校三年生の秋の終わり、受験勉強もラストスパートという冬に近い十一月のことだった。旅に出たのが去年の十月頃だから、実に一年にも及ぶ『旅』である。
 しかし、表向きは休学届けを出しての『旅』だったのだが、彼の学力を持ってすれば、もう一年高校生をやり直すよりは、高認を受けて大学に進んだ方がいいのではないかと言う教師の薦めもあり、つい先日試験を済ませてきたばかりだった。
 試験結果は十二月にならなければ分からないが、相手がこの男なだけに、当人はもちろん親も教師陣も学友たちも、彼が落ちることなど端から心配すらしていなかった。
 つまり、実質的に、快斗は同級生たちよりも一足先に高校を卒業したようなもので、今現在学校に行く必要のない快斗は、幼馴染みに言わせれば「悠々自適な毎日を送っている」のだった。



「快斗、じゃあ次はコレ教えて!」

 これこれ、と参考書を突き出してくる幼馴染みの少女に、快斗は既に何度目か分からない溜息を零した。

「お前なぁ、俺も受験生なんだから、ちょっとは遠慮しろよ」
「なによお、快斗のケチ! 快斗だったら東大だってハーバードだって余裕じゃない!」

 そう言って頬を膨らます青子だって、真面目に勉強して万全の体調で試験を受ければ、東大にだって受かることのできるアタマの持ち主だ。いつも快斗と一緒にいる所為でトラブルメーカーと思われがちな彼女だが、どこか抜けていて子供っぽい見掛けとは裏腹に、実はかなり成績がいい。その彼女がこうして『受験勉強』を理由に快斗のもとを訪れるのは、単に一年も音信不通だった幼馴染みの傍にいたいからに違いなかった。
 けれど、それは傍目にも明らかだったにも関わらず――漸く帰ってきた快斗は、以前とはどこか変わっていて。

「ああ、そうだ。ハーバードだってMITだって、行こうと思えば行けるさ。でもそうなったら、もうこうやって勉強も教えられなくなるんだから、自分でできなきゃ困るのは青子だろ?」

 その言葉に、青子の目にはみるみる涙が浮かんだ。

「――快斗の、バカッ!」

 そう怒鳴って飛び出しても、快斗は以前のように謝りにも宥めにも来てはくれないのだ。
 青子はぐしゃぐしゃにしてまとめて持ってきた勉強道具を腕に抱え、一度だけ後ろを振り返ると、とぼとぼと隣の自宅へと帰っていった。



 どこか突き放したような、そんな言葉を快斗が口にするようになったのは、快斗が『旅』に出る少し前からだった。
 ……多分、どことなく予感していたのだろう。そろそろ『戦い』が始まるのではないか、と。
 快斗が冷たい態度を取る度に寂しそうな顔を見せる青子と、それでも距離を取ったのは、他でもない、彼女を巻き込まないためだった。自分に最も近しい者、それが青子だったのは間違いない。彼女を巻き込まないため、傷付けないためにも、快斗は彼女を遠ざけなければならなかった。

(……でも。それも、言い訳に過ぎないな……)

 ビル風にはためく白いマント。
 ここは夜の東都を見下ろす摩天楼の上だ。今夜は怪盗キッドの犯行予告日だった。
 組織との『戦い』が終わった今も、快斗はこの衣装を脱げずにいる。それは、キッドの『戦い』がまだ終わっていないからだ。キッドとしてケジメをつけるためには、パンドラを、人間の愚かな夢を、砕いて葬らなければならない。それが終わらない内には、『彼』の前に姿を見せることはできないのだ。
 快斗はきつく唇を引き結んだ。
 以前はあんなにもキッドの仕事に口出ししていた寺井も、最近ではなにも言わなくなった。組織を瓦解させた今、キッドの命の危険はほぼなくなったと言っていいだろう。そして、『彼』というジョーカーを失った警察にも、キッドを捕まえる力はない。なにより『戦い』に参加した日本警察の一部の上層部が、『彼』をキッドの捕り物に――表舞台に参加させるはずがなかった。
 つまり、黒羽快斗として『彼』と繋がりを待たず、キッドとしても『彼』と関われない快斗は、『彼』に――工藤新一に会うことはできなかった。
 工藤新一に会いたい。その思いは日に日に増していくばかりだ。今や快斗は、その思いがどういう類のものかも気付いている。どうすれば、この思いが満たされるのかも。
 それでもそれを実行に移さないのは、彼に会えない苦しみよりも、この思いを満たすことよりも、彼の身の安全の方が、快斗にとっては遥かに重要事項だったからだ。
 組織壊滅からまだ三ヶ月。まだまだ油断はできない。優作の手を借りて新一とともに作った黒羽快斗の『諸国漫遊の旅のアリバイ』に、より真実味を持たせるために、快斗は実際に二ヶ月の間、全国を旅して歩いた。そうして快斗は日常に帰ることを許されたが、新一は違う。組織に『殺された』ことを強味にこの戦いを乗り切った新一には、これまで『生存した記録』を残すことは許されなかった。それが、組織壊滅直後の今になって突然生存していたことが知れれば、組織壊滅プロジェクトに彼が関わっていたことをわざわざ宣伝しているようなものである。
 あれほど巨大な組織を潰したブレインだ。もしもその事実が知れれば、その存在を恐れ、或いは利用しようと、多くの者が彼を狙ってくるだろう。その事態を回避するためにも、彼はまだまだ潜伏していなければならない身なのだ。日常に帰るなど、まして快斗に会うなど、許されることではない。
 それでも、思わずにはいられない。
 見つからないパンドラ。終わらない舞台。かつては大事だった日常、父から継いだ大事な使命と思っていたこの行為にさえ、今はなんの価値も見出せない。
 ただ、思う。
 自分はなんのためにここにいるのだろう、と。

「なーんて。……少し、疲れてんのかね」

 ふう、と。小さな溜息とともに月に翳していた宝石を下ろす。
 今夜も無駄足だった。けれど、もくもくとこなしていく日常の先に彼との未来があるのなら、今は苦しくてもただ耐えるしかないのだろう。

 ――その時。
 ふと振動を感じて取り出した携帯に、一通のメールが届いていた。
 快斗は目を瞠った。これは、まだ組織との戦いの最中に、工藤優作をスポンサーとして阿笠とキッドが共同開発した携帯で、暗号化されたある特殊な電波を解析し、しかもその痕跡を一切残さないという、要するにその仕組みを知らなければ電波を送ることも受信することもできない特製の通信機器なのだ。
 そこに送られてきたメール。差出人はもちろん不明だ。だが、快斗にはこれが誰からのメールか分かる気がした。
 鼓動を弾ませながらメールを開封してみて……思わず目が点になる。本文はたったの一文字。

 ――「↑」。

 まるで暗号のようなそれに軽く首を傾げる。しかしやがて思い至った『答え』に、快斗は苦笑を浮かべた。

「有事の際の連絡手段、じゃなかったのかよ……?」

 彼の言うところの『有事』とはもちろん、組織の残党の動向についてだと思っていたのだが。余程窶れて見えたのだろうか。彼からの連絡を心待ちにしていたのは確かだが、この分だと、この携帯を肌身離さず常に持ち歩いていることもばれていそうだ。
 快斗は夜空を見上げ、久しぶりに。本当に久しぶりに、心から笑った。



 彼の存在が自分を生かし、自分の存在が彼を生かす。今のこの苦しみになにか意味があるとすれば、それは彼を生かすためなのだ。
 たとえ会うことは叶わなくても、こうして夜空を駆けていれば、彼は快斗の無事を知ることができる。それが彼の力になるのなら、自分はいくらでもこうして夜を飛ぼう、と。
 白い鳥は、今夜もまた摩天楼へとダイブした。
 
 
 
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