隠恋慕
K.I.D. 2
なぁ名探偵、勝負をしよう。
お前は俺を追い、俺はお前から逃げる。
捕まったら俺の負け、逃げ切れたなら俺の勝ち。
お前といる時間は愉しいから。
だから、真剣勝負を俺としよう。
なぁ、キッド。
それなら、その勝負が終わったら。
片が付いたら。
俺たちは、どうなるんだろう?
お前は監獄に入るのか。
それとも目的のモノを見つけ、キッドをやめるのか。
なぁ、キッド。
俺たちは。
俺は。
どうなるんだろう――?
* * *
ぴらぴらと大して興味のない雑誌を、読んでもいないのに捲り続ける。
新一はどこか落ち着かない。
先日のキッドとの対決から、何かが胸の端で燻っていて。
何をしても集中出来ずにいた。
ことある毎に考えにふけり、けれど何を考えて良いのかわからず、それにまた悩む。
キッドはあれ以来、なぜか姿を現さない。
多いときは連日、犯行を続けていたのに。
疑問はもちろんあったけれど、神出鬼没な彼のこと。
気まぐれに出てこないだけかも知れない。
けれど不安はそんな考えとは裏腹に積もるばかりだ。
「………」
誰もいない部屋の静寂の中、機械の正確さで刻まれる時計の音に苛つく。
なにかが壊れそうな、そんな雰囲気。
静寂が嫌で、布団の中で何度も寝返りを打った。
それでも聞こえてくるのは布の擦れ合う音だけだ。
新一は思わず声に出してぞんざいな溜息をつく。
「あーもう、事件でもなんでも起きねーかなっ」
「随分と物騒なことを、言うものですね…」
その声に、がばりと音が聞こえてくるんじゃないかという勢いで、新一は飛び起きた。
誰でもない、キッドの声だ。
振り向けば、寝室の外に作られたバルコニーに面する窓の、内側に佇む白い影がある。
「キッド!?」
「こんばんわ名探偵、夜分に失礼しますよ…」
「お前なぁ、鍵かけてる意味なくなるだろ。…っつっても玄関から入ってくる怪盗ってのも格好悪いか」
「ああ、大丈夫、鍵に傷は付けてませんから…」
意外な来客は、新一にとって内心嬉しいものだった。
しばらく見なかったキッドの姿を見れたことにも少し安堵する。
窓に寄りかかったまま佇むキッドに、少し文句でも言ってやろうと近づいた。
けれど、新一の体はギクリと立ち止まる。
「………キッ、ド…?」
「…すみません…ここ以外に、思い浮かばなくて…。気付いたら、このバルコニーまで来てしまっていた…」
「お前…っ」
なんだか涙が浮きそうになる。
でも理由はわからなくて、泣いてしまうのも情けなくて、必死で堪えた。
「なんなんだよ、この傷は…ッ!!」
白いスーツには、花が咲いたような赤色が、寒気がするほどこびりついていた。
新一はすぐに隣の家へと駆け込もうとした。
けれど、ふらつく足で追いかけてきたキッドに掴まれて、止められる。
「名探偵、どこに…」
「…ッカヤロォ! お前の傷、手当してもらうんだよっ!!」
「いけない………」
「なんで!?」
「病院は、まずいんだ…俺を連れて行けば、お前も…危ない……」
キッドの吐く息は熱い。
その熱い息が新一の顔にかかる。
涙が、堪えきれずに瞳を潤す。
けれど下唇をぐっと噛んで、意地で堪えた。
「何が危ないんだ!?…お前、何やってんだよ!?」
「………言えません…」
「危ないから…?お前がそんな血だらけになってるってのに、お前は人の心配してんのかよ…!?」
キッドは俯く。
それは、言外に伝えられる拒絶。
新一は、話して貰えないことに腹が立つやら悔しいやらで、胸がいっぱいになる。
でも今はそれどころじゃない。
一刻も早く傷を見せなきゃ。
まだ止まらない血が、痛々しく滴る姿とか。
浅く短い呼吸を繰り返すキッドの、痛いほどに力のこもった腕だとか。
そんなのを見せつけ続けられていると、苦しくて。
「隣りに医学をかじってるやつがいるから…っそいつにだったら構わないだろう?」
「でも俺…犯罪者、だよ…?」
「そんなこと気にする奴じゃねえ!お前が気になるんなら、その服脱いじまえ、俺の貸すからっ」
「血が…」
「バカ!!そんなことがなんだっていうんだ!!良いから、…やく、手当…っ…」
「名探偵…?」
唇が切れる。
口内に甘いような苦いような、鉄の味が広がった。
瞳からは堪えきれなかった滴がこぼれる。
新一は泣いていた。
「…っ、くそ…っ」
「名探偵…なんで、泣いてるんだ…?」
「うるさ、い…っ」
止まらない。
必死で堪えていた涙は、一度こぼれてしまえば堰を切ったようにとめどなく溢れた。
不思議そうに揺れるキッドの瞳を見て、さらに心臓が痛くなった。
気持ちがどんどん高ぶって、しゃくりあげる涙のために肩が忙しなく動く。
堪えられるはずもない。
なんで、わからない!?
「――お前が、死んだり、したらっ…、…!」
「…え………」
「……死ぬなよ、…キッド………手当、…うけろよ…っ」
驚いたキッドは目を瞠っている。
そんなキッドに新一の胸はまた痛んだ。
ほんとに何も、わかってねぇんだな………。
キッドは血に染まったマントの、まだ白い部分で新一の涙を拭った。
そしてそのまま新一の肩に頭を預けると、
「うん、わかった…お前の、その…お隣さん?連れてきて…着替えとくから…」
「わ、わかった!!」
首を何度も縦に振って、全体で肯定を示す。
そんな新一にクスリと痛々しい微笑を漏らしたキッド。
「……ありがとう……」
「そんな礼なんかじゃ済まさねぇ…ッ。後で…傷が治ったらたっぷり礼はして貰う!だから、……早く、治せ…ッ」
「……うん」
新一はクローゼットから自分のシャツとズボンとを引っ張り出す。
ぱっとシルクハットに手を伸ばした。
けれど躊躇して、一旦手を引いてしまう。
視線がキッドとかちあうと、決意したようにシルクハットを取った。
「名探偵…良い、自分で出来る…」
「出来ない。ベッドに座れ」
強い口調の新一に、キッドはそれ以上逆らおうとはしなかった。
小さな軋む音がなって、ベッドへと腰掛ける。
シルクハット、マント、スーツ…
何もかも白いはずの赤いそれらを脱がすと、クロゼーットの中に乱暴に押し込んだ。
シャツのボタンをはずし、自分のシャツを着せてやる。
「それじゃ俺、呼んで来るから。ベッドに横になっとけよ。…血がどーとか、気にしたら怒るからなっ」
「…ああ…」
新一の去った扉に、キッドは嬉しげな笑みを向けた。
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