隠恋慕
K.I.D. 3
死ぬなよ、キッド。
そんな血まみれで。
白いはずの体を赤く染めて。
死んだりするなよ。
考えただけで涙が出た。
お前が死ぬということ。
怪盗キッドが消えるということ。
俺の前からいなくなる。
そんなのは、嫌だ。
お前が消えてしまうのは。死んでしまうのは。
頭が。瞳が。心が。胸が。全て。
熱くなって、どうにかなってしまいそうなほど。
ひどく、こわい。
――ああ、そうか。
この間感じたあの痛みは……
胸の奥が灼けるようなあのチリとした痛みは……
こういう、ことか。
* * *
「………一体、どういうことをしたらこんな怪我ができるのかしらね」
ふーと息をつく志保。
その手はもくもくと治療を続けている。
寝室のベッドを赤く染めているその人は、麻酔もしていない状態での治療にも、方眉を上げる程度にしか反応を返さない。
「銃創、切り傷、打撲、打ち身、擦り傷まで………。工藤君以外にもこんな傷うける人がいるなんて」
「それで……どうなんだ、こいつ。大丈夫そう?」
「まだなんとも言えないけど…。こんな状態でも意識を保てているんですもの。多分大丈夫じゃないかしら…ねぇ?えぇと……誰、だったかしら?」
「あ、こいつは…」
「黒羽。黒羽、快斗って…名前だよ…新一の友達……」
そう、と軽く流して。
新一はドキリとした。
名前を聞かれて冷や冷やしたのもあるけれど、それよりも。
新一と呼ばれたことに、心臓が鳴った。
怪盗キッドは名探偵としか呼ばない。
まるでいつも一定の距離を保っているかのように、ずっとそう呼ばれ続けていた。
別に不満を持ったこともないけれど。
なんだか呼んでみたくなって。
本名かどうかもわからないけれど、そうしたくなって。
「……快、斗…」
「………なに?…新一」
「いや…。頑張れよ……くたばったら承知しねぇ…」
「うん…治ったら、もっとちゃんと、礼を言え…なんだろ…?」
「ああそうだ」
だから絶対に直せ。
声にはしないで、ずっとその蒼い瞳をキッドに向けていた。
キッドも自分から逸らそうとはしない。
蒼と蒼がかちあった。
きっともう大丈夫だと思う。
どこか蒼白だったキッドの顔に、赤みが、生気が、浮かんできたような。そんな感じ。
キッドが重症を負って、ここへ来てくれたことに安堵する。
彼が辛いときに、自分は安穏と気怠い平和を貪っていたくないから。
他の誰でもなくここへと意識を向けられていたこと。
ただなんとなく。理由もないけど。……嬉しい。
「弾は全て貫通しているわ。出血はしているけど主要器官に傷を負っていないし。開いた傷は縫合して置いたから、後日、改めて病院へ行くことね。わかったら、工藤君も安心して寝なさい。来るなりあんな声で叫んでるようじゃ、あなたまともに夜寝てないんでしょ」
「ああ…そういやここんとこ考え事してて…」
「フフ…なかなか現われない誰かさんを気に病んでたのよね?でももう一安心でしょ。それじゃあ、何かあったらまた言って来なさい。おやすみ」
サンキュ、と礼を言った後、新一はあれ?と思う。
けれどもうすでに志保は扉を閉めて階下へと降りている。
新一の疑問をキッドがかわりに言葉にした。
「…名探偵…俺の正体、言ったの?」
「………いや。言ってない。」
冷や汗がだらりと垂れる。
宮野志保は、それはもう、とてもとても勘が鋭かった。
しばらくしてポツリとキッドがこぼす。
「…やっぱ血、ついちまったなぁ」
その言葉にムッとして、新一はベッドの横にぴたりととまると、上から見下ろして怒った。
「だぁーかぁーらぁ、気にしたら怒るって言っただろ!」
「ああ、そうだっけ…」
「言った。約束やぶりやがって」
「約束って」
苦笑を漏らすキッドに、けれど真剣な顔で言った。
「約束破った罰として!!………傷が治るまで、…ここにいろよ…」
「えっ」
「他に、家とか。友達んとことか。いくらでもあるのに、それでも……俺んトコに来たんだろ?だったら………いろ」
「名探偵…」
「どーなんだよ」
「………うん。わかった」
新一は笑った。
俯いていたし、月明かりしかない部屋の中だったけれど。
人のそれより優れた五感を持つキッドには見えた。
とても綺麗に、嬉しそうに笑った新一の笑顔が。
キッドも嬉しくなって、けれどその嬉しさを隠すためにからかいを含めて聞く。
「――ところで名探偵?俺のこと気に病んで、夜あんまり寝れてないってどーゆーこと?」
「えっあ…っそれ、は……」
ぱっと向けた顔がほんのり赤くて、しどろもどろとしている新一がどうにも可愛くて軽く吹き出す。
けれど新一はフォローに必死でそんなキッドには気付かなかった。
あれこれ考えた後、言い訳も無用か、と思って、
「お前が。最近。…全然予告状出さないから。なんかあったのかと思った」
「あらら、心配かけちゃったかぁー」
「心配かけちゃったなんて、それどころじゃないだろ?やっと出てきたと思ったら、お前………こんなだし………」
「ごめん。理由は言えないけどさ。そんで、ありがとう」
「いいよもう…ちゃんと来たし、もう許す…」
「うん。さんきゅ、名探偵」
新一がちらりと一瞥を送る。
「あ――あと。もうひとつ」
「なに?」
「しばらくこにいるんなら……その間は、名探偵っての、やめろよな」
「え、じゃあ…なんて、呼ぶ?」
「バーロ、聞くなよ!それ以外ならなんでも良いっ」
新一は顔が熱くなるのを感じる。
そうと悟られまいとそっぽを向いた。
ほんとは呼んで欲しいのはひとつだけだけど。
そうと言うのは恥ずかしすぎる。
「工藤………」
「………」
「ってのはしっくりこねーし、どっかの関西人みたいだからぁ」
「………え?」
「やっぱ、新一。だよな」
「………うん」
「おっけ、新一v」
新一。
呼ばれると、なんでか嬉しくなる名前。
新一はやわらかい笑みを浮かべた。
「そんで?お前はなんて呼んでくれるのー?」
「ぇ、あー…そーだな…てか、黒羽快斗で良いのか?」
「うん、それで良い。で、で?」
「そんじゃ………快斗、かな……」
「おっけーvじゃあ新一くんと、快斗くんねv」
「なんかお前、愉しそうだな…」
「なんで?愉しくない?なんか新しい生活って感じで」
「――あっそ」
なんだかキッドの時とは随分と印象の違うその”黒羽快斗”だったけれど、不思議と嫌じゃなかった。
嬉しそうにニコニコしてるその怪我人との、怪我が治るまでという短い、期限付きの生活が、始まる。
確かに少し――結構。
楽しみかも知れない。
新一はそう思って、暗闇に笑顔を送った。
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