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K.I.D. 12




 誰も居ない部屋の中、その人は何をするでもなくただ布団に寝ころんでいた。
 聞こえるのは時計の音だけ。
 温もりは自分の体温だけ。
 ここにはその人以外には誰の姿もなかった。

「冷たいな………」

 布団から伝わる冷たさにぽつりと零した。
 今は彼が使っているけれど、普段はそれは他の人が使っていたもの。
 確かに生活感のある室内に、けれど彼の存在は浮いていた。
 それはここで生活していたのが彼ではないということを教えてくれる。

「…早く帰って来ないかなぁ……」

 暇に耐えきれずにぼやきだす。
 規則的に耳に聞こえてくる時計の音に苛立つ。
 それが嫌で、声を出してひとりごちていた。

 不意に、どんどんと忙しなくドアを叩く音がして、弾かれるように飛び起きて玄関へと向かった。
 のぞき穴から外の人物を確認して、ゆっくりと扉を開ける。
 訪れたその人は、元気良く愛想良く、

「よぉ、待たせてすまんな、工藤」



* * *



「遅ぇーよ、服部」
「なに文句たれとんねん、折角メシ買って来たったのに」

 コンビニの袋を引っ提げて、服部平次はドカドカと部屋の中に上がり込んだ。

「……感謝はしてるよ。」

 元気のないその言葉に苦笑して、まあええから、と言って弁当を取り出した。
 コンビニ弁当が二人分。

「…お前は別に家で食べて来ても良かったのに」
「気にすんなや。メシっちゅーのは一人で食うてもウマないやろ」

 ここは、服部の知り合いの家だった。
 しばらく旅行に行って居ないという友人に頼んで借りた家。
 飛び出したは良いけれど行く当ての無かった新一は、服部を頼って大阪まで来ていた。
 彼の帰宅を待って、驚く彼に頼み込んで。

『悪ィ、お前以外に頼れる奴が思い浮かばなくてさ。理由は言えないけど……俺、しばらく姿を隠したいんだ。誰にも見つからないような場所なんてないかな…』

 普段の新一からは想像も出来ないほどの元気のなさに驚いて、服部はかくまうことにした。
 強く、誰から連絡が来ても言わないで欲しい、と言った新一に負けて、一度かかってきた毛利蘭からの電話にも、罪悪感を感じながらも居ないと答えた。
 もちろん幼馴染みの彼女にも、警察関係者の父親にも母親にも新一のことは伝えていない。
 新一は気晴らし程度に公園へ出掛けたりはしたものの、どこから足がつくかわからないと言い、決して食事やら必需品を買いに行こうとはしなかった。
 見かねた服部が、それならば自分がと言って色々調達してくるようになって。
 新一も最初は断わっていたけれど、結局根負けしてその好意に甘えることにした。
 お金は後日ちゃんと返すと伝えると、当たり前やと笑った服部に感謝して。

「それより工藤。今日も外、出てへんのとちゃうやろな?」
「あー……出てない。」
「アホ。体なまるで、そんなんしとったら。お日さん落ちたら公園まで連れだしたるわ」
「えぇ?良いって服部、家に帰れよ」
「そないな顔しとる奴、置いてけ言われたかて無理な話やで」

 苦笑しながらそう言われて、自分が今どんな顔をしてるのだろうと新一はばつが悪そうに俯く。

「無理に理由、聞こうとは思ってへんから。話したくなったら話し。」
「……サンキュ」

 彼の好意に甘えている自分に嫌気が差す。
 想いに耐えかねて飛び出して、他人に迷惑をかけてしまう自分が情けなくなる。
 けれどどうしても戻れなくて。

 現場に行かなければ、きっと彼は家まで来るだろうと思った。
 顔を見るのが辛くて逃げ出した。
 けれど胸の中のこの気持ちは消えない。
 消えないどころか、自分から逃げ出したくせに気持ちは募るばかり。

 知らずと表情が硬くなってしまう新一だった。
 それを察したのか、服部はさりげなく話を変える。

「もう暗ぁなってきたし平気やろ。外行こっ」
「あ、ちょっと待って。帽子持って来る」
「暗いんやからそんなんいらんって。はよ来ぃや」
「あ、ちょっと!服部…ッ」

 ぐいぐいと腕を引かれ、新一は外へと連れ出された。
 そのまま走るような勢いで公園までやってくる。
 ひとまずベンチに落ち着いて、服部が買ってきたジュースを開けた。
 見上げれば空は満開の星空で、その光景は新一の中の暗い感情を少しばかりぬぐい取ってくれる。

「ここでも…こんなに星、綺麗に見えるんだな」
「そやろ。やからこの公園に連れて来てんもん」
「サンキュ…」

 友人の好意が有り難くて、空に浮かんだ月が胸を焦がして、少しだけ泣きたい気分になる。
 けれど決して泣かなかった。
 ただ月を睨み付ける。

 あの日から、あのキッドと最後に会った日から、新一の中でひとつの疑問がぐるぐるとまわっていた。
 なぜ彼が自分にキスをしたのか。
 あれをキスと呼ぶことが間違っているのだろうか?
 なぜと考えている自分は滑稽かも知れない。
 もしかしたらキッドにとってはそれは大したことじゃないことで。
 普段から気障な態度の彼。
 優雅な一礼と共に手の平や頬に口付けをおとすことなど、そう珍しいことではない。

 けれど、それなら、なぜ。
 自分の唇に。
 彼はその唇でキスをしたのか。

 悩んでいるのは、俺だけか………。

 すでに姿を眩ませてから二週間が経っている。
 ずっとここにいるわけにはいかなかった。
 ここの住人ももちろん帰ってくるし、なにより服部に迷惑ばかりかけていられない。
 探偵であり、自分と同じように真実を見つめる彼に嘘をつかせているのだ。
 口に出さないし笑っているけれど、どこかで胸を痛めているに違いない。

「もうちょっとしたら帰ろうかな……」
「え?家に帰るんか?」
「……………うん……」

 服部は訝しげに眉間にしわを寄せた。
 けれど俯いていた新一がそれに気付くことはない。
 服部は、新一が家に帰るつもりではないのだろうと疑っているのだ。
 こんなに憔悴した様子の新一を見れば、何かがあったことは一目瞭然で。
 けれどその理由は言わないのでわからない。
 あれから少しばかり回復はしたものの、普段の新一と比べれば依然として元気がない。
 そんな彼が家に素直に帰るとは思えなかったのだ。

「…まぁ、焦らんでもええやん?ゆっくりしてったらええよ。あいつはあと一ヶ月は帰ってこーへんしなぁ」
「ああ。でもあんまりお前に迷惑かけらんねえし…」
「アホやなぁ。俺が迷惑やて思わんかったら、迷惑ちゃうねんで。そんな風に思ってへんし」
「……そっか。」

 今は少しの優しさでも嬉しすぎるほどだった。
 だから、あとほんの少し。
 この優しさに頼ってみても良いだろうか、と新一は思うのだった。



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