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K.I.D. 16




 …夢、かも知れない。
 あまりに渇望したがゆえの、白昼夢。
 でも夢なら、こんな嘘みたいなモノは見ない。

 …彼が、自分を好きだなんて。

 伝わる熱は本物。
 囁く声もまた、本物。

 神様は、居るのかも知れない。


 子供のように、泣いていた。



* * *



 きゅ。
 絡めた指に、ふと力を込められた。
 そんな些細なことにも、溢れんばかりの気持ちが伝わってくる気がして。
 新一もまた、指を絡めて握っていた手に力を込めた。
 はにかんだような快斗の顔が向けられる。

 …今、結構、幸せかも知れない。

 新一は自分の体温が上昇していくのを感じながら、ぱっと顔を背けた。
 笑われたような気配を感じて、ばつが悪そうに外を眺めた。
 その手がぐいと引き寄せられて…
 至福の喜びに笑みを漏らしているような快斗が、新一の手の甲にひとつキスをおとす。

 今度こそ赤面するのが解った。
 でも顔を向けたら、きっと情けない顔をしてるだろう自分の顔を晒してしまうから。
 新一は顔を背けたままこっそりと口元を綻ばせた。

 現在、快斗と新一は新幹線の中だった。
 ふたりでシートに隣だって腰掛けて、手を握って…



『漸くナカナオリしよったか。』



 突然降ってきた声に、ふたりして驚いた。
 見れば、玄関に仁王立ちして、抱き合ったまま座り込んでた自分たちを見下ろす、服部の姿。
 その声は呆れた、と言った様子だったが、顔には苦笑が浮かんでいて。
 この時になって漸く新一は、服部が自分の逃亡理由に気付いていたのだとわかった。

 好きだと言われてスキだと伝えて。
 それからは…一秒でも離れるのが嫌で、ただ抱き締め合ってた。
 そこから伝わる熱を感じて安堵して。
 この三週間、ちっとも気が休まらなかったのに、現金な体は快斗と一緒に居るだけで…随分と楽だったから。

『さっさとお互いの気持ちに素直にならんからややこしなんねん。』
『ごめん…服部……。』
『別に謝らんでええから。工藤が元気やったら、俺もそれでええから。』

 せやから、泣きやみ。

 暖かく笑いかけられて、二人して泣いていた快斗と新一は顔を見合わせた。
 それからなんだかお腹の辺りがくすぐったくなって。
 こみあげてくるソレを堪えることなく、二人は笑うという形で現わした。
 クスクス笑う彼らを怪訝そうに服部が見る。

『ごめ…変な意味じゃないから。ただ、嬉しくてさ…』
『なんか服部、父さんみたいだ。』

 同じ顔をした同じ声の彼らにそんなことを言われた服部は、

『誰がお前らの親父やねん!』

 と、大音量で抗議した。
 …その顔は笑っていたけれど。

 東京で待ってるだろう志保に電話して、

『電話で報告する暇があるんならさっさと顔を見せに来なさい。』

 と言うとりつくしまもな志保の言葉に急かされて大阪を後にした。



「志保ちゃんに怒られるね…俺たち。」

 同じコトを考えていたのか、快斗の苦笑を含んだ声がした。

「…多分な。でもお前は怒られる理由ないだろ。」

 逃げたのは俺で、見つけたのはお前。
 心配をかけたのは新一であって快斗ではないのだから、志保の小言をくらうのは自分の役目のハズ。

 言葉にしなくても心の呟きを悟ってくれた聡い快斗は、またひとつ苦笑を零す。

「それが、怒られる理由がアリアリでさ~。」
「……なんで?」

 熱の引いた新一が漸く快斗を振り向いた。
 まだ握ったままの手をぎゅうぎゅうされたので、恥ずかしさを感じたが、それでも振りほどいたりはしなかったけれど。

「俺ね、……とっくに彼女に、バレてたんだ。」

 何を、とは聞かなくてもわかる。
 そこは世間様で騒がれる名探偵、推察力の凄さはお墨付きだ。

「まぁ、俺から話したんだけど…話さなくても知ってたみたいで。鈍かったのは当人同士だけって感じでさ。」
「…………………。」
「あの分じゃ新一の、その…俺に対しての……もバレてた、かな。」

 好きだの惚れただの、そんな単語を口にするのが妙に気恥ずかしくて。
 はにかみながら言った快斗に、新一は口をパクパクしながら目を見開いた。
 いつの間にかその顔は再び真っ赤。

「な、なんでっ?だ…だっ、て……」

 俺だって、気付いたのは快斗が出て行ってしまったあの日だったのに……。
 その後は志保にも誰にも会わずに逃げ出してきたのに。

「志保ちゃんがね、俺に言ったんだ。新一が出ていったのはきっと自分の意志だろうって。それから…彼が消えた理由を考えなさい。って。その時は必死に必死に考えて、だけどどうしてもわからなくて…。俺が嫌われたからだろうって思った。その…俺は、お前にとっては敵みたいな存在で、そんな俺が新一の家に転がり込んだり、…キス、したり、さ……。」
「そんなことないっ。お前を、敵だなんて…そんなの、一度も思ったことねーよ。」

 新一の頬は相変わらず赤かったけど、瞳は蒼々としてて…
 その瞳が、ギッ、と睨み付けていた。
 白くて細い、だけどしっかりとした腕が伸びてきて。

 ぐいっ、と学ランの襟を掴まれ、引き寄せられた。

「俺は探偵だ。警察じゃない、探偵なんだ。」

 だから犯罪者はみんな敵…なんてことは思っちゃいない。
 確かに犯罪は許されることではないけれど…
 だけど。

「俺は…ずっと言い続けてきたけど…俺がなりたいのは、ホームズみたいな探偵だ。彼みたいに冷静沈着で、鋭くて……だけど、彼は頭が良いだけの探偵じゃない。」

 頭が良いだけなら、別にホームズに拘ったりしない。

「彼は自分の正義を貫く強さを持ってる。だから、憧れた。だから、そんな彼のようになりたいと思った。彼は…犯罪者だからと一括りにしたりせずに、時には探偵という立場を利用してまで、犯人を救ったりもする。端から見れば法に反する傲慢なことかも知れないけど…だけど、人には法律なんかでは裁けない、人だからこそ誤った道を歩まざるを得ない、そんなことがあるはずだろう?」

 快斗の目が切なげに細められるのを見つめながら。

「お前は、お前という存在だったからこそ、その道を歩まなければならなかった。だけどその運命に流されて、犯罪を正当化することもせず…ひとりで苦しみを背負った。誰も巻き込まないと決め、誰も傷つけないと決めた。そんな男を、敵だなんて呼べるか…?そんな男を…探偵だからと、常識に縛られて……敵だなんて、俺には思えない。」
「新、一…っ」

 胸ぐらを掴まれたまま、快斗はくしゃりと顔を歪めると、こてんと新一の肩に額をのせた。
 頬を擦り寄せるようにして、小さく呟く。

「ありがと……」

 誰も、わかってくれないと思ってた。
 否、わかってもらおうなんて思うことすら僭越だ、と。

 例えどんなに正当な理由があったって、人を殺せば人殺し。
 どんなに生活に困っていようと、モノを盗んだら泥棒。
 親父の死因や、パンドラや、組織や…そんな理由があったとしても、怪盗キッドは犯罪者に代わりはない。

 だから警察がキッドを追うのは当たり前で、探偵が追うのも当たり前で。
 “泥棒”という肩書きをつけられるのは仕方ないことで。
 そんな風に考えてくれる人が居るなんて、思わなかった。

「誰も認めてくんなくったって構わねーよ。例え隠匿罪だって言われたって、俺は俺の中の信念はまげない。……お前は犯罪者じゃないよ。」
「うん……新一…。」
「お前はいつだって、心までは罪に染まってないから…」

 あんなに綺麗に泣ける人を、俺は知らない……。





 米花の駅にやってきたのが数分前。
 三週間振りのそこはちっとも変わってなくて、そんなに長い間ここに居なかったのか、というぐらいで。
 通い慣れた道を通い慣れた足取りで歩いた。
 ただひとつ違うのは、今も隣に快斗がいるということ。

 二人して志保に怒られるため、こうして工藤邸への道を歩いてる。

 一度もこんな風に歩いたことはなかったのに、なぜかとても懐かしい気分になるのはなんでだろう。
 今では隣にいるのがこんなに普通なのに、どうして今までひとりで居ることに耐えられていたのか不思議だった。

 新一が、快斗が居ない三週間は、まるで生きた心地がしなくて。
 あんなに寒かったのが嘘みたいに、今は落ち着いてる。

 そんなことを考えていた新一の耳に、ふと快斗の声が聞こえてくる。

「ね、新一。」
「どうした?」

 快斗は照れたように視線を泳がせた後…

「今の俺たちってさ……コイビト?」

 と聞いてきた。
 新一は一瞬にして急上昇する体温を感じた。

「聞くなっ、ばかっ」
「だって、聞かなきゃわからないことや、自信持てないことがあるだろ?」

 新一はしばらく沈黙した後。

「聞かなきゃわかんねーのかよ。」

 蒼い瞳がじろりと睨んできたことに、快斗は嬉しそうに笑みを浮かべた。

「ううん、大丈夫。俺は新一が大好きだし、それは自信持って言える真実だし…でも、たまには言葉も欲しくなるから…」
「…………スキ、だから。…お前のこと。お前に負けないぐらい、さ。」
「うん。…コイビト?」
「…コイビト。」

 確かめなきゃわからないなんて、まるで子供みたいだけど。
 きっと、世界中のどこにも“大人”なんて存在しないんだ、と思った。

 社会や世間なんていう皮をむけば、そこには子供のような、どうしようもない本音を抱えた奴ばっかりで。
 好きも嫌いも、嬉しいも哀しいも、やりたいだのやりたくないだのも。
 それを全部抑制出来るような奴は大人じゃないし、まして人間でもない。
 誰でも弱い心を持ってるし、我侭な気持ちを持ってる。
 それを“子供”だと片づけてしまうなら、世の中に大人なんてものは存在しないんだ。

 だから、俺たちがこの気持ちを伝えちゃいけない理由なんて、なかったんだ。

 指と指を絡ませ握った手。
 二人は、怒りながらも自分たちを心配してくれているだろう志保のもとへと、工藤邸の玄関をくぐった。

 工藤邸に再び賑やかな日々が訪れるのは、その直ぐ後のこと。



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