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Second kiss 1




 ピンポーン……と、何の前触れもなく来客を知らせるチャイムが鳴り響いた。
 夜の8時ぴったりのことである。
 まるで時間を計ったような訪問だが、生憎と新一の記憶には昼過ぎに服部が来る以外に誰との約束もなかった。

「…誰だろ?」
「さあ?」

 ワイングラスを片手に新一は首を傾げる。
 もう結構な量を飲んでいるが、まるで素面といった様子は流石だろう。
 三人は今、久々の再会で無礼講だとばかりに、優作のコレクションのうちのひとつを引っ張り出していた。
 普段は罪だ法だとうるさい探偵の彼らも、巣に戻ればただの悪戯盛りの高校生である。
 サイドボードにずらりと並んだ名酒を惜しげもなく開けた新一に驚いた服部だが、快斗も加わって楽しく嗜んでいた。

「ま、とりあえず出てくる。」

 家主は自分だから、と立ち上がった新一だが、けれど快斗に押し留められた。

「いーよ、俺が出るから新一は飲んでなって。」
「でも…」
「いーから、いーからv」

 適当に言いくるめ、変わりに快斗が立ち上がる。
 そのまま新一に反論する暇を与えずに玄関へと向かった。

 こんな、大晦日も間近な忙しいときに来る客など、厄介者に決まっている。
 難事件に困っている警部ならまだしも、新一に恨みを持った事件関係者などであっては大変だ。
 いらぬ心配だろうとは思うが、万にひとつということも考えられると、快斗は新一の変わりにやって来たのだが……

 ほんの少し警戒しながらガチャリと扉を開けば、そこには意外な人物が立っていた。

「こんばんは、工藤く――――――黒羽くん!?」
「――――――はぁ!?」

 近所迷惑な奇声を張り上げたふたりに、リビングでワインを飲んでいた新一と服部は思わず吹きそうになる。
 それを危ういところでなんとか堪え、なんだとばかりに玄関へと駆けつけてみれば、そこにはいつか見たことのある男がいた。

 スラリとした長身に整った顔、日本人離れした明るい綺麗な栗色の髪。
 これは新一の知らないことだが、今は、気でも違ったのかと聞きたくなるようなあのコスプレ姿ではなく、高校生とは思えない黒のスーツを着込んでいた。
 いつだったか、“黄昏の館”と呼ばれる豪邸にて顔を合わせたことがある彼は、確か二課では有名な探偵で。

「…白馬探?」

 新一の困惑の満ちた声に漸く意識を取り戻した白馬は、すっかり崩れてしまったポーカーフェイスを必死に取り繕った。

「初めまして、工藤くん。僕をご存知だったとは…」
「あ…、まぁ。…フィールドが違うと言っても同じ探偵だからな。」

 とは言え、服部のことすら知らなかった新一である。
 黄昏の館での一件がなければもちろん白馬のことも知らなかっただろう。
 が、もちろんそれはコナンとしての新一が面識があるというだけなので言えるはずもなく、曖昧な返事だけをして、まあ立ち話もなんだからと新一は白馬をリビングへと招き入れた。
 ひとり解らない顔の服部と、あからさまに嫌そうな顔をした快斗がそのあとに続く。
 が、不機嫌でも、最後に玄関の鍵をきっちりと閉めることだけは忘れなかった。





 新一は取り敢えず飲みかけのワインに栓をして、4人分のコーヒーを入れた。
 ワインボトルと3個のグラスを見つけた白馬は一瞬複雑そうな顔をしていたが何も言う気がないのか、コーヒーを受け取った時にありがとうと言ったきり黙り込んでいる。
 自分のカップにひとくち口を付けてから、新一は話を切りだした。

「で、あんたの用件は?」
「…その前にひとつ、質問しても良いですか?」

 不意に顔を上げた白馬に新一は頷くことで返事をする。
 白馬は真剣な表情のまま――――――快斗へと向き直った。

「黒羽くん。…君がここに―――工藤くんの家に同居しているというのは、本当ですか?」
「それがどうした。」

 直ぐさま返された肯定の言葉に白馬が息を呑んだ。
 何がそんなに意外だったのか、服部と新一は顔を見合わせて首を傾げる。
 どうやらここに来たのは新一への用事と言うよりも快斗への用事と言った方が良いようだ、と思ったふたりだが…

「き、みは…っ、探偵の家に住んでると言うのか!?堂々と…っ」

 その台詞にぴくりと反応する。
 ふたりとも表面上は無感動な顔をしていたけれど、内心では持ち前の探偵の観察眼を持ち出していた。

 探偵の、と強調した、少し興奮気味の白馬。
 互いに優秀な探偵である彼らには、それだけで容易に想像出来た。
 白馬は快斗の裏の顔を知っているのだ。
 もしくは、ほぼ確信に近い状態で疑っている。

 と、白馬の詰問を涼しい顔で受け流す快斗に変わって、新一が不機嫌な声を上げた。

「…なんだよ。快斗が俺ん家にいちゃ駄目なのかよ。」
「せや、せや。そんなん、アンタには関係ないんとちゃうん?」

 追い打ちを掛けるように便乗する服部を白馬が睨み付ける。

「君こそ関係ないだろう。」

 けれど、そう言ってしまってから、今気付いたように僅かに瞳を見開いた。

「君は、…君も探偵?…大阪の、服部くんじゃないですか?」
「そうや。工藤も黒羽も俺のダチや。関係ないとは随分やんけ。」
「あ、それは……失言でした。すみません。」

 素直に謝る白馬に、服部はおや?と目を丸くする。
 もっと頑固で聞き分けのない奴かと思ったが、やはり二課に携わることを赦されているだけのことはあるのか。

「今日、たまたま警視庁まで届け物を届けに来た中森さんと逢ったんです。その時君の話になって、工藤くんの家に居候していると聞きました。
 まさか、と思ったんですが…」

 おそらく、白馬は新一のことを以前から知っていたのだろう。
 それで、まさか探偵である工藤新一の家に犯罪者である黒羽快斗が同居するなど、そんな自殺行為をするはずがないと考えたのだ。
 けれど実際は、駆け引きのような片思いの恋の末に手に入れた安息の檻が――――――新一なのだ。

 快斗がクイと口端を持ち上げる。

「服部は泊まりに来てるだけだけど、正真正銘、俺はここの住人だぜ。」

 そう言った快斗の声に迷いはなかった。

 新一に迷惑がかかるかも…と思わなくもない。
 怪盗なんてものを抱え込んだ探偵だと、そう思われるかも知れない。
 けれど、それでも、これだけは譲れないのだ。

 新一の隣にあること、そこにいる自分だけは誤魔化せない。
 隣に存在することを赦してくれた新一だけは、偽っては、ならない。

「俺はこれからずっと新一と暮らすんだ。」

 そう言ってニッと笑んだまま視線を流せば、新一もまた笑っていた。
 快斗にだけ向けられる笑み。
 探偵が犯罪者に向けるそれのように鋭利でありながら、恋人に向けるそれのようにやわらかな瞳。
 その瞳が、それで良いのだと言っていた。

 にわかにふたりの世界を創り上げたふたりに呆れた溜息を吐きながら、服部が白馬に問いかける。

「ほんで、結局アンタの用事って何やねんな。」

 すっかり本題から逸れまくっているが、もともと白馬がここに来た理由を聞いていない。
 快斗が本当にここに居るのかを確かめに来たのだろうが、それはあくまで間接的な理由だ。
 確かめて……どうしたいのか。

 が、白馬は快斗の台詞に絶句していた。

「……工藤くんと、…ずっと…?」

 囁くような呟きが零れ、それを聞き留めた新一がスッと目を眇める。
 服部と快斗はただ怪訝そうに眉をひそめただけだった。

「白馬。…お前、何がしたいんだ?」
「え?」
「快斗がここにいたら、どうだって言うんだ。」

 新一はゆっくりと両手を顔の前で組むと、その向こうから白馬をじっと見つめる。
 その視線の鋭さは、まさに犯人を目前にした探偵のそれと同じだ。
 今、新一は、白馬の一挙一動から何一つ見落とすまいと探偵の瞳を向けていた。
 その居心地の悪さに白馬は柳眉を寄せるが、新一は容赦しない。

「お前は……疑ってんだろ?快斗のこと。」
「…っ、新一?」

 快斗が吃驚したように見つめてくるが、新一は大丈夫だ、とでも言うようににこりと笑みを向けただけだった。

「実はさ、快斗から聞いてんだ。クラスメイトに自分を怪盗キッドだって疑ってくる奴が居るって。それ、お前のことだろ?」
「そうですが……疑ってる訳ではありません。僕は確信してる。」
「へぇ。そりゃ、何でまた?」
「…現場に落ちていた、怪盗キッドのものと思われる毛髪が、彼のものと一致したんですよ。」

 それに、新一はくいと眉を吊り上げる。

「…それだけ?髪が一致したって、それだけかよ?
 おいおい。それじゃあ状況証拠、それも確率の低いモンじゃねぇかよ。
 現場の指揮官は快斗の隣人、それにあんたも快斗のクラスメイトとあっちゃあ、どこにコイツの髪がくっついてたっておかしくないだろ。」

 そんなモンを証拠に言い寄ってたのかよ…。

 思わず呆れた声を上げた新一に、白馬はカッと頭に血が上るのを感じた。
 確かに、それは信憑性の薄い状況証拠に過ぎないことは自分でもよくわかっていたのだ。
 それでもそれを持ち出したのは――――――

「で、あんたは快斗をどうしたいワケ?」

 びくり、と肩が揺れるのを、新一は無表情の裏で睨み付けた。

「捕まえたいのか?捕まえて、監獄にぶち込んで、自分の探偵としての名を挙げたいのか?自分の手腕を見せつけたいのか?それとも……


 自分の腕の中に捕まえておきたいのか?」


 ガタリ、と椅子が傾いたかと思うと、ガタガタと喧しい音を立てながら床の上に転がった。
 白馬が急に立ち上がったのだ。
 白馬は小さくすみません、と呟きながら椅子を立て直す。

「……夜分遅くにお邪魔しました。」

 そのまま新一に挑むような視線だけを残して、白馬は足早に玄関に向かう。
 が、誰も立ち上がろうとしないので、服部が仕方なく席を立ち上がった。

 見送りに……と言うよりは、彼が出て行った後に鍵を閉めるため。



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