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Second kiss 2




 何やら難しい顔をしたまま出て行った白馬を見送り、鍵を掛けてから戻ってみれば、これ以上ないほど不機嫌な新一がいた。
 その形相の凄まじさに、服部は思わずリビングへ入ることを躊躇ってしまう。
 へたに顔の整った人間が怒るとこれほどまでに恐ろしいものなのか。
 見れば、困った顔の快斗が助けを求めるようにこちらを仰いでいる。
 どうやら彼にも新一の機嫌を損ねた理由が解らないらしく、その表情は怪盗紳士とは到底思えない情けないものだった。

「…どうしてん、工藤?」

 おそるおそる問いかけるが、変わらず新一の背後にはブリザードが吹雪いている。
 聞こえていないのか、はたまた聞こえていても答える気がないのか、新一はシカトを決め込んでいる。
 仕方なく、服部は快斗へと矛先を変えた。

「黒羽。工藤、どうしたんや?」
「…俺にも判んない。」
「……あっそ。」

 コイツは役に立たない、と服部は頭を抱える。
 せっかくの愉しいはずの上京をぶち壊してくれた、今はここにいない人物に、服部は言ってもしょうがない恨み言を心の中で吐いた。
 黒羽に用事なら俺と工藤のおらんとこで本人にだけ言え、とは快斗には聞かせられない言葉である。
 が、どうしようかと頭を悩ませ出した服部に助け船を出したのは、意外にも新一本人だった。

「あいつ、好きなんだ…」
「「は?」」

 突然意味不明なことを言いだした新一に、快斗と服部が声を揃えて聞き返す。
 いつも間にかブリザードの止んだ新一。
 かと思うと、今度はまるで駄々っ子よろしくと言った様子で拗ねていた。
 右手で頬杖をつき、顔を明後日の方向に向けたままの膨れっ面で言い放つ。

「あいつ、快斗のこと、好きなんだ。」

 その言葉に、快斗と服部は見事に凍り付く。
 新一は気付いていないのか、尚も言い募った。

「あいつがあんな下らねぇ証拠で言い寄ってたのは、お前にちょっかい出したかっただけなんだよ!
 大体、倫敦で名を挙げてたっていう探偵の言い分にしちゃオカシイと思ってたんだよ。何てことねぇ、好きな奴を苛めたがるガキと一緒じゃねぇかっ」

 そう言う新一も、結局はまるっきり子供じみたヤキモチを妬いているだけである。
 新一にとって白馬は快斗のクラスメイトだと言うだけで嫉妬の対象なのだ。
 どんなに一緒にいたくても快斗と新一は学校が違う。
 高校で快斗はどう過ごしているのか、新一は知らなかった。
 意味のないことだと判っていても、もし同じ学校だったらと思ってしまったことも一度や二度ではない。

 が、ヤキモチを妬いてくれたのかと普段なら歓ぶはずの快斗も、今回ばかりは歓んでいられなかった。
 何やら新一の口からサムイ台詞がたくさん飛び出した所為である。
 好きな奴を苛めたがるガキ。
 それは判る。
 快斗にも経験のあることだ。
 その最もな凡例が中森青子だ。
 彼女に対して抱く感情はあくまで肉親に対するものと近いものではあるが、好きであることに違いはない。
 その感情の裏返しで、過剰にからかってしまうことも多々ある。
 だから、それは判るのだ、が……

 それが白馬相手となると、冗談じゃねぇ、と言った感じである。
 あの勘違い男を相手に好きだのなんだのの言葉を出されると、サムくてサムくて、ついでに痒くてしょうがないのだ。
 それは服部も同じ心境らしく、見れば、浅黒い肌に鳥肌が立っていた。

「好きなら好きで、快斗を追いつめるようなマネ、」
「し、しんいち…」
「あ?」
「サムイから、あんまり言わないで…」

 快斗は手を交差させ自分の二の腕をさすっている。

「サムイ?」
「だって、俺が好きなのは新一だけなんだから。他のヤローに好きとか言われたってサムイだけじゃん。」

 と、僅かに目を見開いた新一の顔がみるみる赤く染まっていった。
 あの不機嫌さはどこへいったのか、突然服部の目の前でそんなことを言ってのけた快斗に恨めしげな視線を投げてくる。
 が、新一の心情がありありと現われたその顔を見れば、まるで威力がなかった。
 逆にその場にいた服部の方が当てられた気分になってくる。
 はぁぁ、と盛大な溜息を吐いてしまった彼に罪はないだろう。

「あーもー、ほんまにご馳走さん。目の前でイチャつかれたらタマランわ。」

 いくら快斗のクラスメイトだろうと、倫敦帰りの探偵だろうと、このふたりの間に割り込めるはずがない。
 そんな人間がいるなら見てみたいものだ。
 自分はもちろん、お隣の科学者ですら割り込めないのだから、結局はばかっぷるの痴話げんかでしかないのだ。

「ほな、俺もう寝かしてもらおかな。なんやアイツのおかげで飲む気ぃ失せてもうたし。」
「あぁ…そうだな。じゃ、客間案内する。」
「あ、俺が行くよ。新一、疲れただろ?ゆっくりしてろよ。」
「別に疲れてなんか…」
「…………自分で適当にさしてもらうから、黒羽も来んでええよ。」

 これ以上彼らに当てられるのは御免だと、服部はいそいそと部屋を出ていく。
 快斗の存在を認めた時から覚悟していたこととは言え、やはり見ていて愉しいばかりのことではない。
 快斗のおかげで初めて見られる新一の一面があることも確かだが、それは快斗が新一にとって特別な存在だから……
 新一の“特別”を手に入れたのは、自分ではなく彼なのだと思い知る。

(あの白馬っちゅー奴も、俺とおんなしような気持ちなんやろか…)

 ひとことで言うなら、片思い。
 けれど、そんな簡単な言葉では言い表せない想いがそこにはある。
 新一が幸せであるならそれだけで良いと思えるような、そんな深い想いが。
 たとえ自分が恋人という立場ではなくても、曖昧な友人という立場のままでも、彼を見守っていられるのならそれだけで良い、と。
 そんな気持ちが、あの探偵にもあるのだろうか。

 階下から聞こえてくる愉しげな声に、服部も口許に笑みを浮かべた。





 逃げるように工藤邸を出た白馬は、そこから少し離れた場所に駐車していた車に乗り込んだ。
 白馬家に雇われた運転手である緑山は主人の息子である探の言いつけも良く聞き、今夜もこうして彼が工藤邸にいる間ずっとここで待っていたのだ。

「…お待たせしました。出してもらえますか?」
「はい。」

 返事をして、バックミラーの角度を確認してからハザードを消して発進させる。
 ふぅ、と溜息を吐いてリアシートに深く背中を預けた白馬。
 心なしか元気のない様子に何だろうと思いながらも、緑山は余計なことは口にせずに運転に集中した。

 この白馬探という青年は、イギリス人の母と日本人の父親を持つハーフだ。
 父親は警視庁の要人、警視総監という立場であり、彼もまた高校生でありながら探偵としても名高い。
 その所為か、少し固い口調や善悪をはっきりさせたがる潔癖性じみたところがあった。
 そう言ったところが同年代の少年たちとは合わないのではないかと、心配になることがある。
 緑山は探が幼い頃から白馬家に努める運転手で、彼の成長を間近で見てきたのだ。
 或いは息子のような感情を抱いてもいる。
 自然、バックミラー越しに視線を向ける回数も多くなり……

 ふと、苦笑が聞こえてきた。

「そんなに僕は参ってるように見えますか?」
「あ、……ええ。少し、疲れておられるようで。」

 白馬の苦笑が濃くなる。
 確かに疲れている自覚があるから、長年側にいた彼には判ってしまうのだろう、と。

 あまり自覚していなかった想いを新一に言い当てられ、ひどく動揺した。
 そのまま、まるで八つ当たりのような視線を残して出てきてしまったことに、今更ながら少し後悔する。
 こんな不可解な感情を抱いたことがないだけに、どうしていいのか判らないのだ。

 捕まえたいのかと聞かれ、当たり前だ、と思った。
 けれど、彼を監獄にぶち込みたいのかとか、自分の名声を上げたいのかと聞かれると、なぜか心臓がキリキリと痛んだ。
 ただ彼を追いかけることしか考えていなかったのだ。
 追いかけ、捕まえることしか考えず、捕まえてどうしたいのかを考えたことはなかった。
 どんなに掴まりそうになろうといつもこの手をすり抜けていくから、ただ追いかけていれば良いのだとどこかで安心していたのか。
 捕まえたなら……自分は法を重んじる探偵なのだから、警察に突き出さなければならないのに。
 彼を、あの白い怪盗を、牢屋に押し込まなければならないのに。

 固くて冷たいばかりの檻の向こうにいる怪盗を思えば、なぜか心臓が早鐘を打つ。
 そんなのは嫌だと、心が叫んだ。
 そんな彼は見たくない、彼をそんな風にしたくて追いかけているわけではない、と。
 ただ、……この手の届くところにいて欲しかっただけ。

 彼の求めているものを必死になって捜しているうちに、彼そのものに惹かれていただけ――――――

「…僕は、探偵失格かも知れない。」

 ぽつりと零された、滅多に聞くことのない弱音。
 緑山は少しだけ目を見開いて、バックミラーで探の様子を伺う。
 そこには、苦笑の中に自嘲の混じったような、複雑な顔をした白馬が映った。

「どうされたんです?」
「僕は、…僕は法を重んじる探偵だと言うのに。…犯罪を見逃してしまうかも知れない。」

 ふと、視線を窓の外へと流す。

「罪は罪だと、切って捨ててきた。それが間違いだとは思えない。…でも、それだけでは割り切れないものが出来てしまった。
 僕はどうしたら良いだろう?こんな僕が、人の罪を暴いていて良いのだろうか?こんな、善と悪の区別がついていながら、悪を犯してしまいそうな僕が……」

 そんな、いつもの探とは思えない呟きを、緑山は慌てて否定した。

「そんなことありません、探さまっ」
「…緑山?」
「私は、…差し出がましいですが、私は、そんな探さまの方が…良いと思います。」

 事故を起こしたりしないよう、運転に集中しながら、それでも緑山はわかってもらおうと言葉を紡ぐ。

「探さまは、お父上と同じ警察の職務に就く道もありましたのに、探偵の道をお選びになった。…私は、それで良いと思います。
 完璧な善と悪の区別なんて誰もつけられません。法律でさえ、完璧ではないのですから。
 探さまが何にお悩みなのかは存じませんが、…今まであなたを見守り続けてきた私は、探さまが犯すかも知れないと言う悪が本当に悪だとは思えません。少なくとも、私の思う悪ではないと思います。
 ですから、割り切れないものを見逃しても良いのではないですか…?」

 完璧ではない法律。
 それならば、見逃されてもいいべきものがあるのではないか。
 素直に頷くことは出来ないが、その言葉は不思議と白馬の中に残るものだった。

 公儀に私事を持ち込むなんて以ての外だと思っていたけれど……

「良い、のだろうか…僕は……」

 彼を、好きでも。

 けれど長年培ってきた信念がそう簡単に覆るわけでもなく、思考に沈んでいく白馬に緑山が言った。

「すぐに答えを出さなくても良いと思いますよ。すごく難しい問題なのですから。」
「そうかも、知れませんね。」

 自分のことに心を割いてくれる緑山を安心させるよう、にこりと笑みを浮かべて。
 白馬は、もうすぐ来るだろう怪盗キッドの予告の日を思い浮かべる。

(…ちょうど良い機会かも知れない。)

 彼が何を探し求めているのか、たとえかわされても、追いかけて聞き出すのだ。
 そうして、自分がその隣に並ぶに相応しいかどうかを見極める。

 予告は――――――3日後の、大晦日。



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