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Second kiss 7




 カツン、と僅かな音だけを発して白い鳥が古びた洋館へと舞い降りる。
 新一を抱き上げたままバルコニーの窓を開け、するりと室内へと入り込んだ。
 さすがに真冬の夜空を散歩しただけあって体は冷えてしまったけれど、何より腕の中の存在が暖かくて、快斗はより強く新一を抱き締めたまま倒れ込むようにベッドへと転がった。
 ふかふかのベッドは主人の不在でひんやりしている。
 その冷たさを総て自分の背中で受け止めて、快斗は新一の首元に顔を埋めながら言った。

「新一、もしかしなくても、妬いてくれたの…?」

 歓びの滲んだ声を隠そうともしない。
 けれどきつくなる快斗の抱擁とは対照的に、新一は赤く顔を染めながらも不機嫌そうに眉を寄せていた。
 新一もまたバレないように―――まったくバレバレではあったけれど―――快斗から赤い顔を逸らせ、その首元に顔を埋めている。

「…別に、妬いてなんかねぇ。」

 やがて返ってきた声に滲む不機嫌な色に、快斗の笑みが深くなる。

「妬いてなんかねぇけど――――――ムカついた。
 あんなもんがなきゃお前を見つけられないわけじゃねぇけど。貰ったからって、別に嬉しくなんかねぇけど。
 でも……お前があいつを、招待したりなんかするから……」

 新一の声はだんだん小さくなり、最後は吐息に混じって消えてしまった。
 何てことはない、なんだかんだ言って結局は妬いているのだ。
 これじゃあまるで子供の我侭だと、新一は自身に溜息を吐く。
 怪盗キッドからの招待状を貰おうが貰わなかろうが、どうせ己が取る行動はひとつしかないのだ。
 だと言うのに。
 それを自分以外の誰かが貰うことが。
 しかも相手が快斗のクラスメートでおそらく恋敵だと言うことが。
 そして何より、自分と彼だけの大事な空間に、キッドが白馬を招待したと言う事実が――――――嫌だなんて。

(……心、せま。)

 ほんの少し、自己嫌悪に陥る。
 あの時からまるで成長していない自分。
 あの時、三ヶ月前から、自分たちはたくさんの紆余曲折を経て今の“恋人”と言う立場を確立した。
 そこにどれほどの想いが詰まっているのか、他でもない新一自身が一番よく判っている。
 快斗の気持ちは疑わない。
 疑う必要もないほどに、愛されているという自覚が新一にはある。

 でも、それでも。
 どうしようもなく、それでも――――――みっともなく嫉妬をしてしまう、心の狭い自分がいた。



「…新一。」



 まるで包み込むかのような優しさで快斗が名前を呼ぶ。

「俺がなんで白馬を呼んだか判る?」
「…なんで。」
「うん。怒らないでね?…新一と白馬の会話、聞いてたんだ。」

 新一の周囲の温度がほんの少し下がる。
 盗聴自体はキッドの犯行において珍しくもないことなのだが、それが自分の会話となるとやはり戴けない。
 が、怒らないでねと言われた手前、新一はどうにか怒りを抑えてるらしかった。
 一瞬ひやりとしたけれど、快斗は続ける。

「それで思ったんだ。俺、お前と逢えてほんと良かったなぁって。」
「は?」
「俺ってさ、ほんとはすっげぇヤな奴なんだよ。でも今は、自分でも吃驚するぐらい変わったと思う。」
「…そうか?」

 イマイチ判んねぇな、と呟く新一に、快斗は当然だと笑みを零す。

「判んなくて当然だよ。俺が変われたのは新一のおかげなんだ。だから新一が、新一以外といる俺のことを判らなくても当然なんだよ。」
「…あ、そ。」

 新一の周囲の温度がほんの少し上がる。
 おそらく照れているのだろう、首筋にあたる頬の熱さも増した気がした。

「俺、お前に逢えなかったら白馬の言葉なんか絶対耳に入らなかった。俺のこと本気で理解しようとしてくれる奴なんかいやしねぇんだって、卑屈になってた。
 だけどさっき、白馬の言葉を素直に聴けた。それが、すげぇ嬉しかったんだ。」
「…白馬が、お前のこと理解しようとしてるからか?」
「そうじゃなくて。人の言葉を素直に聴ける自分が、嬉しかった。
 もう俺は自分のことをヤな奴だなんてふて腐れたりしない。新一が変えてくれたから、今の自分もちょっとだけ好きになれた。」

 そっと、顔を上げる。
 まだほんのりと赤い顔をした新一が、照れたように視線を彷徨わせたあと、真っ直ぐに快斗を見つめてきた。

「白馬を呼んだのは、あいつの気持ちに真剣に答えてやりたかったから。新一と逢えて俺がどれだけ変わったのか、それを見せてやりたかったからだ。」
「じゃあ…」
「そう。俺の秘密は新一以外に明かすつもりはないって、はっきり言うためだよ。」

 キッドの秘密は軽々しく口にして良いものではない。
 その重たい秘密を共有できるのは、共有したいと思うのは、たったひとりだけで良いのだ。
 自分の総てを知って欲しいと、相手の総てを知りたいと思い合える人だけ。
 ただひとり、互いの命を守り守られながら共に歩んでいける大事な人だけで良いのだから。

 快斗はその秘密を聞きたがる彼に、はっきりとそう知らせるために呼んだのだ。
 だから新一が心配することは何もない、と。
 そう言った快斗の声に、新一はほんの少し泣きたくなった。
 強く想われている。
 それだけで、泣きたいぐらいに嬉しかった。

「それに、俺だって嫉妬してるんだぜ。服部にも志保ちゃんにも、警察や小説や枕にだって妬いてるんだ。」
「…枕ってなんだ、枕って。」
「だって俺がいるのに、新一、枕抱き締めて寝たりするし…」
「バーロ…」

 新一は睨むように顔をしかめたけれど、瞳は怒ってなんかいない。
 むしろその奧には安堵の色が読み取れて、快斗は嬉しげに目を細めながら言うのだ。

「ね。どんどん嫉妬してよ。俺が妬くのと同じぐらい、新一も妬いて。新一が俺のために誰かに嫉妬してくれるの、すっごく嬉しい。
 だって、好きだから妬くんだぜ。欲張りにもなる。我侭にだってなるさ。そうだろ?」

 聞かれ、新一はこくりと頷いた。
 考えてみればその通りだ。
 心が狭いだとか我侭だとか、どんなに嘆いてみても結局は好きだから嫉妬する。
 そしてそれを、快斗は喜んでくれるのだと言う。

「…呆れ、ないか。」
「うん。」
「きっと俺、お前が思ってる以上に心狭いぞ。」
「うん。」
「その上我侭だし、筋違いなことでお前に逆ギレするかも知れないし、それに、それに……」

「――――――それでも新一が大好きだよ。」

 不思議だった。
 名前を呼ばれるだけで、どうしてこんな風になってしまうのだろう。
 胸が痛くて、声にならなくて。
 新一はいつだってその声に、魔法にかかったかのように息を呑むのだ。
 それからゆっくりと、一番伝えたいことを言葉にする。

「……俺も、…大好き。」

 考えてみれば、自分の嫉妬の理由なんて簡単なものだったのかも知れない。
 あれから三ヶ月も経つけれど、自分からこうして気持ちを伝えたことが何度あっただろう?
 もともと恋愛に疎い自分が、たとえ好かれているという自覚があったとしても、愛だの好きだのと言葉にすることを躊躇ってばかりいて。
 こんな自分には愛想が尽きてしまうかもと、不安になっていたのかも知れない。
 いつだったか、言葉にしなければ気持ちが伝わらないと言っていたのは自分だというのに……

 やがて近づいてくる甘い吐息に、新一は自然と目を閉じた。
 “恋人”という初めての存在に戸惑ってばかりいた自分とは思えないほど、自然に。
 漸く枷から解き放たれたような気持ちで快斗の心を受け止めようとして――――――

 鳴り響いたチャイムに、穏やかだったはずの鼓動が激しく弾みだした。





「何の用だよ。」

 開口一番のその台詞に、服部平次は笑顔の奧で毛細血管を20本ほどぶち切った。
 毛細血管でもそれだけ束になれば立派な動脈並である。
 そして服部は目の前の無礼者――――――快斗を、持っていたヘルメットで盛大に殴った。

「痛ぇッ!なにすんだよ、このガングロ男!」
「やかましぃ!こんのボケが、開口一番ソレとは随分やんけ!」

 服部のいつになくご立腹した様子に、新一との甘い雰囲気をぶち壊された快斗もさすがに怯んでしまった。
 その隙を見逃すことなく、服部が言い募る。

「どっかのアホふたりのおかげでなぁ、こっちはめっちゃ苦労させられてんぞ。そこんとこ判っとるんかい、このIQ400様は。え、コラ。」
「え、…はい?俺ら、何かしましたっけ?」
「何かしたっけ、ちゃうわ!キッドは宝石残していくわ、工藤はおらんわで、俺と白馬は尋問させられてんぞ!」

 特に工藤がおらん理由、めっちゃ聞かれてんからな!

 黒い顔に青筋を立てながら捲し立てる服部に、快斗はあちゃあと額を抑えた。
 そうだった。
 宝石を返したことはまだしも、警視庁のアイドル・工藤新一を連れ去りましたなど、警察に知れれば今頃大捜査網が張られていることだろう。
 快斗は自分の知らないところでの服部の苦労を思い、ほんのちょこっとだけ同情する。
 けれど快斗が何を言うよりも先に、第三者が服部を窘めたのだった。

「まあまあ、服部くん。玄関先で騒いでいては近所迷惑です。すでに日付は変わっているんですから…」

 その声に快斗はぎょっと目を見開いた。
 見れば、白馬が当然のようにそこに立っている。

「やぁ、黒羽くん。夜分遅くに失礼するよ。」
「な…し、失礼するよじゃねぇ!ていうか失礼するな!」
「おや。僕がいると何か不都合でも?」
「不都合もクソも…」

 あるか!と叫びたかった快斗の声は、覆い被さった服部の声で掻き消えた。

「白馬は俺が誘ったんや。自分だけ良い思いしよなんて、甘いで。」

 ああそうだ、確かにコイツはこういうヤツだった、忘れてた俺がマヌケだったとも!
 快斗は叫びたいのを我慢して、服部をじと目で睨む。
 漸く新一と良い雰囲気になりかけていたのに、これでは台無しだ。
 さすがは探偵というか(むしろ野生のカン?)、工藤新一にかけて怪盗キッドとタメを張る男なだけある。
 おそらくいなくなった快斗と新一がその後どうなるのか、恐ろしいまでの推理力(?)で導き出したに違いない。

 が、どうやらもう新一とのあの雰囲気を取り戻すのは不可能だろうと、快斗が溜息を吐いたとき。


「――――――悪ぃけど、今夜は遠慮してくれるか?」


 するりと、無防備だった快斗の指にしなやかな指が絡みつく。
 吃驚して振り返れば、いつのまに降りてきたのか、部屋で待っていたはずの新一がそこに立っていた。
 おそらく玄関での遣り取りが想像以上に騒がしかったせいだろう。
 けれど快斗が驚いたのはそんな理由ではなく。

「俺も快斗も、もてなす余裕がないからさ。」

 そう言った新一の、息を呑むほど強く烈しい瞳が。
 いつも以上の艶やかさを伴って、その場にいる者総てを見渡したから。

「余裕がないって、工藤くん…?」

 と、一番状況を理解していない白馬が無謀にも問いかける。
 服部は思わず「何言うねん!」と叫びそうになるが、それよりも一歩先に。
 器用に片眉をひょいと持ち上げた新一が、笑いながら言った。

「判んねぇか、白馬探偵。」

 こういうことだ、と囁きながら、新一が快斗の首に腕をまわす。
 そのままぐいと引き寄せて少しだけ顔を傾けながら――――――快斗の唇へと口付けた。

 その場の空気がびしりと凍り付く。
 白馬も服部も、快斗でさえも、新一の突拍子もない行動に総ての動きを忘れた。
 押付けるだけの短いものではあったけれど、間違いなく新一から仕掛けられた、キス。

 数秒にも満たないキスの後、新一がそっと離れた。
 そして言葉も出ないと言った様子の探偵二人に、笑いながら新一は言うのだ。
 不適さを装いきれない頬がほんの少し、赤い。

「これ以上は見せられねぇな。」

 それが、決定打だろうか。
 それまで凍り付いていたはずの快斗が、新一の細腰を力一杯抱き寄せた。
 吃驚眼を驚くほど熱の込もった瞳で見つめながら、後頭部をマジシャンの大きな手でしっかり押さえ、口付ける。
 ここに服部がいることも、白馬がいることも、すでに快斗の頭の中には存在しなかった。

「………ぃ、と…っ」

 新一の呼びかけも、無視。
 これ以上我慢なんて出来るはずもない。
 なぜなら自分は、どこまでも欲望に忠実な――――――子供なのだから。



「…は、アホらし。出よ、出よ。」
「え、…え??…あの、いったい…」

 戸惑う白馬の背を押して、服部は玄関を出るとぱたんと扉を閉めた。
 この分では鍵を掛けるのも忘れそうだが、そんなところまでは自分の知ったことじゃない。

「アレ見て判らんの、自分。」
「アレって、あの……」
「工藤と黒羽のちゅーやんか。」

 何でこんなことを説明しなければならないのか。
 服部は泣きたいような、怒鳴りたいような、……漸く一歩進めたらしい彼らにホッとしたような。
 複雑な気持ちで言った。

「あいつら、付き合うとるんや。そらもう、目も当てられんらぶらぶっぷりやで。」
「え…ですが工藤くんも黒羽くんも、男じゃ…」
「自分、海外育ちのクセして頭固いねんなぁ。」

 かく言う服部も、初めて新一への気持ちを自覚したときは随分と戸惑ったものだった。
 人のことは言えない。
 というか、類は友を呼ぶとはなんとも的を射た台詞だ。
 どいつもこいつも、あの名探偵に惚れたクチだとは。

「あんたも難儀やな。失恋決定ちゃう?」
「な…っ。ぼ、ぼくはそんな!」

 どこかの探偵同様、顔を赤くして声を荒げる白馬に、服部は楽しげにくつくつと笑った。
 そうしてその笑みを、からかうものから暖かいものへと変えて。

「あんた、工藤も黒羽も好きなんやろ。」
「それは……好きですけど。」
「そやろな。しかも厄介なことに、恋愛対象と恋敵っちゅーことや。」
「え…?」
「なんや、工藤は勘違いしとるみたいやけどな。俺から見たら一目瞭然や。なんでってそら、俺とおんなし目ぇで見てるんやもん。」

 そら気付かん方がどうかしとるで。

「黒羽は一生大事な友人。工藤は、一生大事な人。違い、判るやろ?」

 そう言われ、白馬は息を呑む。
 その様子に満足げに頷いた服部が、不意に苦笑を浮かべながら言うのだ。

「やから、俺もあんたも難儀なんや。失恋決定。せやけど、困ったことにあいつら放っとかれへんねん。
 自分がなんぼしんどくても、工藤と黒羽の両方と一緒におりたいし、あいつらの笑ろてる顔を見てたいと思う。
 黒羽は大事な友人や。そんで工藤は、大好きやけど、あいつが幸せやったらそれだけでえぇ思えるぐらい、大事な人や。」

 ほんまに、難儀やなぁ。

 その瞳には哀しみが滲んでいる。
 伝えられない気持ちがこの胸を渦巻いていること。

 けれどその哀しみを払拭するほどの、暖かい何かが滲んでいる。
 器用なのに不器用で、しっかりしてるようでまるで頼りない彼らを、この先もずっと見守っていけることの嬉しさ。
 頼って貰えることの、嬉しさ。

 同じ暖かさを秘めた瞳の男が、観念したように笑ったのはその直ぐ後だった。



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