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蒼い天使 10

「どうして盗む時にマジックを使うんだ?」

 ある時、ふと疑問に思ったことを快斗に尋ねたことがある。
 なんのことはない、ただ気になっただけなのだけど。

 怪盗キッドは犯行にマジックを使う。
 マジックを行うにはもちろんタネが必要だし、悪くすればそれを証拠品として警察に押収されてしまうだろう。
 更に、マジックというある程度の技能がなければ出来ないものを駆使するなら、そこから足がつくこともある。
 実際、手品師などは疑われることだろう。
 その上快斗は、私生活でも何の気兼ねもなくマジックを披露している。
 そのおかげで警部に一度、白馬には今も疑われていると言う。

 では、なぜそうまでしてマジックを使わなければならないのだろうか?
 快斗にとって“捕まるかも知れない”という危険性こそあれ、何の利点もないような気がした。

 けれど快斗は、心底不思議そうな新一に向かってこう言ったのだ。

「だって、人の歓ぶ顔って一番綺麗だろう?」

 ――ああ。
 こんな彼だから、誰もがその魔法に魅了されるのだ。



「キッドォ――――っ」



 ゴキ、と鈍い音が響く。
 その音が聞こえなかった訳ではないが、新一は信じられないと目を瞠った。
 苦痛に顔を歪めながらも新一を見返してくる怪盗。
 その腕がダラリと力無く垂れ下がる。
 不自然なその動きから、きれいに折られてしまっていることが解った。
 そのまま、なんの支えもないキッドは膝からがくりと地に倒れ込む。

 新一の脳裏が白く染まった。
 何度も何度も、壊れたステレオのように同じ言葉がぐるぐると巡る。

 “人ノ歓ブ顔ッテ一番綺麗ダロウ?”

 キッドの、快斗の右腕。
 全ての人を魅了する、魔法を紡ぎ出す腕。
 視線を奪われずにはいられない、思わず感嘆の声を上げ、笑みを浮かべずにはいられない――魔法の、腕。
 それが今、無惨にも崩されてしまった。

「……アレス!!」

 叫んで、駆け出す。
 その迅さは左肩に銃弾を受けた怪我人の動きではなかった。
 患者服のまま、対抗できうる何の道具も持たないまま、新一はアレスへと突進する。
 アレスは素早くキッドから離れると、再び距離を取った。



「く、工藤君!?」

 白馬とレオナルドは、キッドの出現によってふたりの対峙を傍観することしか出来なかった。
 そこへ突然姿を現わした新一。
 確かに、左肩には重症と呼ぶに相応しい怪我を負っていたはず。
 だというのに、そんなものは欠片も感じさせない動きでアレスへと躍り掛かる新一を見て、白馬は目を瞠っていた。
 隣ではレオナルドも同じように瞠目している。

 ただでさえ怪我というハンデがあるというのに、その上銃を持つ殺し屋に向かって素手で突進するなど、自殺行為もいいところだ。
 キッドの登場に気後れしていた白馬だが、新一の無謀な行為を止めようと駆け出そうとしたのだが……

「ここでじっとしてなさい」
「!」

 背後から肩を掴まれ、白馬はその場から動くことが出来なかった。
 端から見れば、ただ軽く片手で掴まれているだけである。
 けれど腕は信じられないほどの強さで白馬の動きを封じたのだった。

 ばっ、と振り向く。
 今この場に他の人間が居るはずはない、と。
 そうして振り向いた先にいた、新一をまるで見守るようにじっと見つめる女性を白馬は凝視した。

「……誰です?」
「貴方は彼の標的、そして貴方は邪魔者……死にたくなければここに居なさい」

 彼女はゆっくりと視線をレオナルドに向け、次いで白馬へと向ける。
 そうして再び新一を見つめる。

「それが、今の貴方たちに出来ることよ。それ以外はないわ」
「な……っ! それじゃあ工藤君はどうなるんですか!?」

 彼は怪我人なんですよ!?
 それでなくても、相手はあの残忍な殺し屋だと言うのに……!

 白馬は掴まれた腕を振り払おうと掴んだが、生憎とその腕はびくともしない。
 背後に立つのは、長身とは言え細身の佳人だ。
 対する白馬は一八〇を越す長身で、鍛えているために体格だってしっかりしている。
 何よりトレーニングによって武術も学んでいるのだ。
 そこいらの犯罪者など相手にもならないほど強い。
 その彼が、女性を相手に身動きひとつ取れないとは。

 彼女が白馬をじっと見返し、口元に笑みを浮かべて言う。

「彼なら心配いらないわ」
「なぜそう言えるんです!」
「今までどんな彼を見てきたのか知らないけど――新一は強いわ」

 アレスと初めて会った時、新一は痺れ薬の類で体の自由を奪われていた。
 婚約パーティで再会した時は、怪盗キッドに闘う立場を奪われた。
 そうして組織の残党、ジュネヴァとの対決の時。
 発作を起こしていながらもギリギリで致命傷を避け、電流の流れる発信器を埋め込まれながらも決して屈しなかった。

 新一は不利な立場に追い込まれながらもこうして生きている。
 それは意志の強さが、精神の強靱さが成し得たことだろうか……?
 答えは、否。
 決してそれだけではない、裏打ちされた実力があって初めて成し得たことである。
 新一は決して弱くないはないのだ。
 守られる立場に甘んじているはずもない。

「見なさい」

 促され、白馬とレオナルドは彼女から視線を彼らへと向ける。
 そこには素手で、自らの肉体のみで闘っている彼らがいた。
 いつの間にかアレスが手にしていたはずの銃は後方へと飛ばされていて、彼もまた素手での応戦を強いられていたのだ。

 アレスが渾身の力を込めて繰り出す拳を、新一が地面スレスレまで体を沈めて回避する。
 その顔面目掛けての蹴りを、数センチの感覚で危うく避け、咄嗟に後方に飛び去る。
 付けた左足を軸にそのまま地を蹴ると、加速した勢いのままにアレスの懐へと飛び込んだ。
 鳩尾に撃ち込もうとした拳がアレスの服を掠り、寸でのところで空を切る。
 その腕を掴まれ逆手に取られそうになりながらも、アレスの動きに合わせて体を反転させ、反動で左肘を脇腹へと撃ち込む。
 手応えはあったが、怪我を負っている自分の左肩にも衝撃が伝わり、痛みに新一が顔を歪めた。

 けれど。
 息を乱し、額に汗を浮かばせながらも。
 決してその応戦は一方的なものではなかった。
 ギリギリの距離で避け、避けられ、たまに打たれながらも打ち返す。

「……工藤君……?」

 茫然と、白馬が声をもらす。
 レオナルドもまた目を瞠っている。

 突然現われた怪盗は彼らの知る怪盗ではなかった。
 ただの怪盗が、プロの中のプロである殺し屋と対等に渡り合えるはずがないのだ。
 増してその怪盗は白馬のクラスメートで。
 そしてそれは新一も同様で、ただの探偵が対等に渡り合えるはずがない。

 彼らにどんな繋がりがあるのかなど、白馬には見当も付かない。
 けれどそこには何か、自分たちには計り知れないモノがあるのだと思った。
 こちらでは目立ったことはせず、大人しくしている、と。
 確かに新一は自分で言っていた。
 その理由を知っているからこそ白馬も、新一が頼りない“高校生”を装うことに口出しをしなかった。

 けれどもし……自分すら新一に騙されていたとしたら。
 今まで見てきたものが演技であり、周囲を謀るために装っていたとしたら。
 そこにこそ新一が狙われる理由が……アレスやジュネヴァなど、限りなく闇に近いところに生きる者たちに狙われる理由があるのではないか。

「彼は……彼らは、何者なんですか……?」

 白馬は縋るように呟いていた。
 実際、ひどいもどかしさを、歯痒さを感じている。
 犯罪者でありながらも人を惹きつけて止まない快斗、そして優れた探偵である以前のひとりの人間として魅了させる新一。
 けれど白馬は彼らのことを何も知らない。

「ただの高校生よ。でもね――人間の強欲さによって永遠の足枷を嵌められた、飛べない天使でもある」
「天使……?」
「そう。そしてキッドも私も、彼を護り導くための存在……」

 足枷を解き、“月の御子”に選ばれた魂を解放するための。

「日本のお伽話にもあるでしょう? 天から舞い降りた天女は、強欲な人間に白い羽衣を奪われた、とね。私達は……あの蒼き天使の翼よ」



「どうした、息が上がってるぜ?」
「……五月蠅いっ」

 終わることのない攻撃の応酬を繰り返しながら、それでもふたりとも一瞬たりとて気を抜こうとはしなかった。
 一瞬の、一瞬にも満たない刹那の油断でさえ明暗に関わる。

「それにしても、お前がここまでやるとは予想外だぜ」
「細いからって甘く見るなよ……っ」

 アレスの仕掛けてくるフェイントを巧みにかわし、冷静に次の行動を予測しながら新一は動く。
 なぜ新一がこうまでアレスと対等に闘えるのか、キッドとの違いはここにあった。
 キッドは怒りのあまりに平常心を欠き、その感情のままに無謀な攻撃を仕掛けてしまった。
 けれど新一はあくまで平常心を、冷静さを保っていた。

 元来新一はあまり体力がある訳ではない。
 常人よりはあるが、それでもキッドや白牙やアレスなどと比べれば劣っている。
 その部分のハンデを補うためには、自分の体格と頭脳を生かした的確な行動が必要だった。
 つまり、頭脳による体術。
 どう動けば最も効果的か、それらを瞬時に弾き出すためには常に平静を保っていなければならない。
 そのため普段から平常心を保つことには長けているのだ。
 その証が、瞳。
 深い群青色をした瞳の中に炎は見られなかった。

「別に甘く見ちゃいないが、何の邪魔もなくお前と手を合わせたのは初めてだからなぁ」

 くく、と愉しげな笑みがこぼれる。
 耳障りなそれに眉を寄せた新一だったが……

「だがそれもここまでだな。どうやら時間がない。さっさと終わらせようか!」

 すぐ近くで鳴りやんだサイレンが、警察と消防隊の到着を告げた。
 アレスは言うなり新一の蹴りを避けるようにして地面を転がる。
 起きあがった彼の手の中には、吹き飛ばされたはずの銃があった。
 それを取るためにわざと転がったのだと気付いても、もう遅い。
 長時間に渡る激しい運動のため、新一の呼吸は完璧に上がってしまっている。
 加えて、傷口の発熱。
 新一の思考を徐々に侵していく。

 ガチリと起きあがる、撃鉄。
 照準は――ぴたりと、額へと据えられる。

 キツク唇を噛みしめる。
 肩の怪我がなければ、などというレベルではない。
 やはり、彼にとっては遊びでしかなかったのだ。
 そうして負けたのは、新一。

「あばよ、名探偵。結構愉しかったぜ……?」


 ガァンと響いた銃声と、視界一面の、白。

「クッ……!」

 何が起きたのか瞬時に理解出来なかったは、けれど呻き声に目を瞠る。
 声はもちろん自分のものではない。
 体に新たな痛みはなく、けれどのし掛かる人の重み。

「二度も、新一を撃たせたりしねぇよ…!」

 覆い被さるのがキッドだと、呻くのがキッドだと、……撃たれたのがキッドだ、と。
 次に新一の視界を染めたのは、燃えるような蒼だった。

 ぎゅっと、強く強く瞳を閉じる。
 炎が揺らめく。
 常に強靱な精神で封印している炎が、怒りで燃え上がっていた。
 発作の痛みで現われることがあっても、怒りでそれが現われたことなど一度もなかった。
 だというのに、今ソレは新一の理性を食い破り、憎悪で燃え上がる炎がありありと瞳の中に揺らめいている。

 既にもう、新一に抑えきれるものではなかった。

「……アレス」

 キッドの体をきつく抱き締めながら、新一はそっと瞳を開いた。
 群青の瞳が蒼く、その中には炎が揺らめく。
 アレスが驚きに目を瞠るのが見えた。

「これで満足か……?」

 キッドの脇腹からどくどくと流れ出る血が、純白の衣装を紅く紅く染めていく。
 新一は強く押さえながら、静かな口調で言った。

「俺を、こいつを、弄んで。お前の自己満足のために、何人もの人間を引き裂いて」
「し、新一……っ!?」

 新一の瞳の変化に気付いたキッドが声を掛けるが、新一は答えなかった。
 ただ、燃えさかる炎を宿した双眸でアレスを見据えながら静かに続ける。


「満足か? ――俺が、お前の捜してる“蒼い瞳”だ!!」


 もう隠しようがない。
 理性ではコントロールできない感情。
 蒼々と命の炎が揺らめく瞳は、忘れようと思っても忘れられないだろう。

「俺が目当てなんだろう!? なら奪え! 俺を奪えば良い! 俺だけを狙えば良いんだ! 他のヤツを、……こいつを巻き込むな……!!!」

 ぼろりと、涙がこぼれ出す。
 止まらない血が、彼を失ってしまうかも知れないという恐怖を植えつけた。
 折れた手で、それでも抱き締めてくるキッド。
 新一を護るように、強く、強く。

「馬鹿野郎……っ」

 ばらしちまいやがって……!

 そう言ったキッドの熱い息が耳にかかる。
 新一の涙は止まらなかった。
 涙を流し、キッドの体を抱き締めながら、睨み上げるようにアレスを見据える。
 アレスは暫く茫然とその瞳に魅入っていたが、やがて騒がしくなってきた周囲に気付くと、踵を返して炎の中へと姿を眩ました。



 殺し屋のいなくなった空間に、彼と同様に茫然とふたりを見遣る白馬とレオナルド、そして静かに見守るベルモット。
 キッドと新一は全ての存在を忘れ、ただ抱き合っていた。

「……泣くなよ、新一……」
「うるせぇ……止まんねぇんだよ……」

 マジシャンにとって腕の骨折は致命的で。
 更には、キッドの場合は筋肉や神経まで断絶されている。

 あの魔法が。
 二度と見れなくなるなんて。

 笑顔を向けられた彼の幸せそうな笑みを。
 二度と、見られなくなるなんて。

「……ぃと……っ」

 唇を噛みしめながら名前を呼ぶ探偵の涙を、怪盗は愛しげに、優しく唇で拭った。



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