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黒い花嫁 3


 新一が駆け出す瞬間、快斗も突き刺すような殺気を感じ、ばっと後ろを振り返った。
 どこにいるかわからない相手の、自分以外の誰かに向けられた、思わず手に汗を握ってしまうほどの殺気。
 視界の端に客をかきわけて走る新一の姿を捉えた。一瞬のうちにステージへと上がり込み、新婦の腕を引っ張った新一は、そのまま庇うように彼女の前に立ちふさがる。
 微かに聞こえる銃声、そして悲鳴を合図に混乱に陥る客たち。
 更にその混乱を煽るかのように、会場から全ての灯りが消された。天井で眩しいほどに輝いていたシャンデリアにも今やひとつも灯りが点いていない。会場に差し込むのは大きく造られた窓から差し込む月光のみ。
 そして、その窓のひとつに影が映った。真っ黒い影が新一の足下にまで伸びて、得も言われぬ恐ろしさを与える。
 その輪郭のはっきりしない相手を新一はきつく睨み付けた。
 新一は、その男に見覚えがあった。顔は見えないけれどその気配に覚えがあるのだ。
 長身で逞しい体つきをしたその男は、全身黒で統一された格好をしている。動きやすさを重視したぴたりとしたズボンにぴたりとしたシャツ、黒の手袋、そしてライフル。誰から見てもこの男が発砲したのは明らかだ。
 彼はたった一発の銃弾と暗闇によって、一瞬にして会場を自分の空気で包み込んでしまった。パニックに陥っていた客も、堂々と現われたこの男に逆に吸い寄せられるよう見入っている。先ほどの叫び声が嘘のように今はしんと静まりかえっていた。
 未だ背に新婦をかばったまま新一が呟いた。

「あんたは…」

 新一の声に、男は微かに笑ったようだった。
 相変わらず窓枠に手をかけ桟に立ったまま男が口を開く。

「よぉ、また会ったな」
「…できれば二度と会いたくなかったけどな」

 新一は、数日前に自分を連れ去ってくれた男を睨み付けた。
 名前も知らない、雇われの殺し屋。蒼い瞳の伝説に拘る者に依頼されたと言っていた。
 もしかしてまた連れに来たのだろうかと考え、けれどそれはないと考え直した。自分は今日白馬に誘われてたまたまこの場に来たのだし、仮にもしそうであれば、彼女が狙われるはずがない。

「あんたほどの男が何の用だ」
「安心しろ。用があるのはその女だ」
「彼女に何の用事がある?」
「ふん、俺にそれを聞くのかよ」

 確かに馬鹿げた質問だ。殺し屋がライフルを持って世間話に来るはずもない。

「渡して貰おうか。じゃないとおまえも死ぬぜ」
「冗談、誰が渡すか。俺の前でみすみす殺させたりしない」
「無理はするもんじゃないぜ。俺に敵うと思うのか」

 喉の奥でくくくと笑う男に、新一は一層きつい一瞥を向けた。まるでこの状況すらも楽しんでいるような態度がひどく腹立たしい。
 殺しを楽しもうとする者の心理なんて新一にわかるはずがないし、わかりたいとも思わなかった。

「…敵うか敵わないかは問題じゃない。屈するか屈しないかだ。あんたに彼女を渡す気はない」

 精一杯の強がりを込めて、新一は不適に笑う。
 男も笑ったようだった。
 新一はふと視線を巡らせ、白馬が今どこにいるかを確かめた。幸い彼は突然無言で席を立った新一を不思議に思ってその後を追いかけてきていたため、ステージのすぐ側に立っている。静寂に包まれた暗闇の中、ライフルを持った男と平然と会話していた新一を茫然と眺めていた。
 それを確かめて叫ぶと同時に、新一は背に庇っていた新婦を白馬に向かって突き落とした。

「彼女を頼む、白馬!」
「く、工藤君っ?」

 か細い悲鳴を上げながら新婦は落とされるままにステージから飛び降り、咄嗟に伸ばされた白馬の腕に縋り付いた。
 白馬は言われたとおりに彼女を支えると、今度は自分の後ろに庇うように立たせる。

「ここで会ったのも何かの縁だろ? まずは俺と決着をつけようぜ」

 明らかに自分より上手の相手に、緊張のためか煩く高鳴る心臓を無視して新一はわざと挑発してみせた。
 なんとかしてここからこの男を離したい。彼女はもちろん、他の客にまで気を配っている余裕など新一にはなかった。

「ははっ! おまえのその目は俺を楽しませてくれると思ってたぜ…ッ」

 吹き出すようにして笑った男は、次の瞬間、窓を蹴ってステージの上へと飛び降りた。重力をものともしない軽々しさで着地する。
 新一は退きそうになる体を必死で保った。

(このままどうにか外まで連れ出したい…っ)

 月明かりを真っ向から受けるようにして立った男の顔は、やはり数日前に会った男のものだった。
 こめかみに二筋の傷。シャツの合間から覗く腕にもいくつもの傷がある。殺し屋だと名乗るくせに素顔を隠そうともしない。薄い栗色の短髪、そして灰色の剣呑とした光を放つ瞳の、冷たい輝き。

「おまえの話はしばらく保留にしてもらった。他の奴から調べていこうと思ってな」
「…何が言いたい?」
「おまえに興味がわいた。だから、しばらくはおまえを構って遊ぶことにした」

 ふざけるな――
 そう怒鳴りそうになった声を必死に抑えて、新一は無表情のまま片眉をぴくりと動かすだけに留めた。けれど目の前の男はそんな僅かな変化すら見逃さず、満足そうににやりと笑う。
 間近で仰ぐ男の顔は整っていた。おそらく女には不自由していないだろう、普通にしていれば二枚目の域だ。ただその笑みだけが危険な色を帯びている。

「…傍迷惑な話だな」
「そう言うなよ。この俺に気に入られる人間なんてそうそういないぜ? アレスって言やぁ残虐非道で名が売れてるわけだしな」

 新一の体がびくりと跳ねる。その名前には聞き覚えがあった。

(…やっぱりこの男は、五指に数えられる奴か…!)

 アレスと言えば残虐非道で気分屋の、自分の気に入らない者なら鼻歌交じりに殺せるような男だ。噂に違わず腕は確実で、狙撃から格闘までジャンルを問わずに何でもこなす。ひとつの技術が特化しやすい殺し屋にしては珍しい。
 依頼は確実にこなす男だけれど、ひとたび彼の機嫌を損ねようものなら、依頼主ですら平気で手にかける。彼にとって仕事とは金を手にするための手段ではなく、一種の娯楽なのだ。
 そんな男を自分は目の前にしているのだと、新一はごくりと唾を飲み込む。渇いた喉に少し痛かった。

「あんたが…アレスか…」
「知っててもらえて光栄だぜ、名探偵?」

 ざわりと肌が戦慄する。

「驚きだな、こんなガキが探偵とは。しかも警察も頼りきりときた。その自信はいったいどこから来る? 迷宮なしの頭脳からか?」

 アレスは明らかに挑発していた。けれど矛先が彼女から自分へと移ったのだと新一は内心で安堵した。だがそう喜んでもいられない。

「そんなものであんたに敵うと思うほど俺が馬鹿に見えるか」
「いいや、見えない。だからこその興味だろう?」

 そう言ったアレスが一歩一歩と新一へ歩み寄ってくる。
 新一は逃げなかった。ただギリギリの状態で必死に思考を巡らせる。
 アレスをここから遠ざけるにはどうすればいいだろうか。ここは会場の最奧であり、ステージのど真ん中だ。出入り口に向かうには大勢の客がひしめいているこの会場内を突き抜けなければならないが、そんな危険な行為をするわけにはいかない。だからと言って他に出口と言えば窓ぐらいのものだ。その窓も随分高い位置に設置されたもので、とても届きそうにない。
 そうこう思考を巡らせる間に、アレスは新一のすぐ目の前に立っていた。その腕がすっと新一の首元へ伸ばされる。

「――工藤君っ!」

 白馬の必死の叫び声が聞こえたけれど、新一は微動だにしない。

「白馬、おまえは動くな。彼女を守れ」
「何を言うんですか!」
「人殺しを宣言され、それを防げなくて何が探偵だ。…彼女の側を離れるなよ」

 視線はアレスへときつく見据えたまま、新一は厳かに言い放った。
 静かな、けれど凛としたその声に、白馬は何も言い返すことができなかった。

「ご立派だな。他人のために命を差し出すって? 虫酸が走るぜ」
「勘違いするな。誰も死ぬ気なんてないぜ?」

 強く相手を見据えたまま新一はにやりと笑う。
 別に勝算はなかった。けれど、大人しく死んでやるつもりも毛頭無かった。
 アレスが低く笑い、その手が新一の細い首へと触れ……

 その瞬間、どこからともなく飛んできた一枚のトランプに腕を細く傷つけられ、自分と新一の間に舞い降りた白い魔術師にアレスは片眉をつり上げた。

「――怪盗キッド!」

 ステージ上で対峙する二人の間に突如として現われた第三者。
 マントをなびかせながら新一を背に庇うように二人の間に押し入った人物は、上から下まで白装束の怪盗だった。
 月明かりを弾くスーツ姿に目を見開いた客の間から、口々に叫ぶ声が聞こえてくる。だが驚いたのは客だけではなく、新一もだった。

(怪盗キッド? なんでこんなところに!)

 けれど警戒も緊張も解かず、やはり無表情のままじっとその背中を見つめた。
 先に口を開いたのはアレスだった。

「…よぉ。まさかおまえとも会うとはな」
「先日はどうも」
「やはり連れだしたのはおまえか?」

 アレスの問いにキッドは曖昧にさてね、と戯けただけだった。笑みを浮かべたアレスの眉がぴくりと動く。どうやら彼の気に障ったようだ。
 新一は声を落として、自分を庇ったままこちらを見ようともしないキッドに囁いた。

「なんでおまえがこんなとこにいるんだよ」
「おや、言ったでしょう? 貴方に助力する、と」
「……断わったはずだ」
「別に貴方の許可を求めた覚えはありません」

 しれっと言い放つ怪盗に新一は腹が立ち、文句のひとつでも言ってやろうかと思ったけれど、先の言葉を殺し屋と怪盗に奪われた。

「おまえみたいにふざけたガキは好かねえな」
「名探偵も私も、貴方に好かれたいとは思いませんね」
「…俺は気に入らねえ奴の雑言を聞き流せるほど優しくねえぜ…?」

 アレスは危うい笑みを浮かべたけれど、その瞳は少しも笑ってはいなかった。

「やめろ! あんたは俺に用があるんだろ? だったら余所見してんじゃねえ!」

 新一は慌ててキッドの前に出た。
 彼女から意識を逸らせたいとは思ったが、たとえそれがこの怪盗であっても、他の誰かを犠牲にするつもりなど新一にはなかった。できることなら自分に注意を引かせておきたい。
 そう思って咄嗟に出た言葉だったが、なぜか目の前にいる二人は驚いて目を瞠っていた。

(名探偵ってば…すげー殺し文句…)

 その挑発するような目で、小綺麗な顔に笑顔までつけてそんな台詞を言われたら、アレスじゃなくても驚くだろう。キッドは少しもその辺りの自覚がないだろう新一に嘆息した。
 とにかくこの危険な男から一刻も早く離れたい。そう判断すると、キッドは新一をかっ攫うように横抱きに抱き上げて、窓めがけて跳躍した。
 突然平衡感覚を断たれた新一はあっさりキッドに抱え上げられてしまった。

「な…っ、おいキッド!」
「アレス。ぼおっとしてたら、また私が彼を攫ってしまいますよ?」

 新一の文句はさらりと無視して、キッドは窓枠に足をかけると声を張り上げた。
 案の定、すでに標的に興味をなくしたアレスはあっさりキッドの挑発にのってきた。
 彼もまた跳躍すると、外へ飛び出したキッドを追って窓から飛び降りた。



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