忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

月の欠片 8


 まず視界に飛び込んできたのは、大事な人の顔。白すぎるその顔色に驚く間もなく、一面に広がった深紅に言葉を失った。今しも滴り、新たな血溜まりを作っていく。流れ出た血のおびただしいその量に、キッドは自分が遅すぎたことを悟った。
 固く閉ざされた瞼からあの綺麗な蒼が覗くことはなく、キッドの裡に言いようのない恐怖が渦巻く。それは、怪盗キッドを継ぐと決めた時から覚悟していたものだ。いつかは己の身に、或いは別の誰かに降りかかるかも知れないと思っていた。それなのに、今はそれが怖かった。――「死」と言うものが。
 彼が死んでしまうのだと思ったら…
 恐怖が体を戒めて、なかなかそこから動き出すことができない。
 彼の体から流れ出た赤に身を染めた色白の殺し屋が、ゆっくりと振り返る。人形のように無表情だったその顔に、歓喜の色が浮かぶ。途端、キッドの中の何かが爆音を響かせながら吹き飛んだ。

「自分から来てくれるとは、呼び出す手間が省けたよ」

 恐怖の次に湧き出てきたのは、激しい殺意だった。
 彼の色に染まった殺し屋。苦しいほどに貴く美しいその色は、こんな下衆には似合わない。

「…どう言うことです」
「ふん? この探偵さんから聞いてないのか?」
「何も」
「呆れたね。自分は追跡装置なんぞ埋め込まれておきながら、共犯者には何も言わなかったってわけだ、こいつ」

 力無く床に転がった新一の体を、ジュネヴァが靴先で軽く蹴る。その行為がキッドの怒りを煽っているとも知らないで。

「俺はこいつをスカウトしに来たのさ。組織を潰せる程の力を持つ奴を、こちらに引き込めたらいいなと思ってね。まあ、生憎この探偵さんはあんまりにも強情だから、こうして消えて貰うことになったんだけど。最後まで頷かないんだぜ。全く頭堅いよなあ。ま、まだあんたがいるからいいけどね」
「…私もその『スカウト』の対象だと?」
「そうさ。なあ、怪盗キッド。それだけの力を持ってるのに、ただの怪盗なんて勿体ないぜ?」

 ジュネヴァの戯れ言など完全に無視して、キッドは自分の愚かさに唇を噛み締めた。
 護衛だ何だと豪語しておいて、いったいこの様は何だ。守られたのは自分の方ではないか。新一は面倒なものを体内に埋め込まれながら、それでもジュネヴァの狙いがキッドでもあると知っていたから、このことをキッドに打ち明けようとしなかったのだ。そして自分の力だけで解決しようとした。…何という様だろう。

「…殺したんですか」
「さあねえ。どっちみち死ぬだろうけど」

 そんなことより返事をしろと、ジュネヴァが詰め寄る。血まみれの新一を目の前にしても少しも動揺した様子が感じられないキッドを、自分に近い人間だとでも思ったのだろう。キッドは哀しいまでのポーカーフェイスで平静を装っているだけだと言うのに。
 けれど、それを見破ることのできる唯一の瞳は、今は白い瞼に隠されていてどうすることも叶わない。

「――ふざけるな。誰が誰の仲間だと? …反吐が出る。あいつが…名探偵が頑なに貫き通した意志を、この俺が裏切るはずないだろう!」

 激変したキッドの気配に狼狽え、ジュネヴァはすぐに反応することができなかった。その隙をキッドが見逃すはずもなく、白いマントが妖しく舞った。

 相手の武器はおそらくナイフだろうと、哀しいほどに冴え渡った高すぎる知能が冷静に状況を判断する。新一の体にまざまざと刻まれている無数の傷痕は、ナイフによる刀傷だ。殺しを愉しむタイプの人間は、殺しをすると言う最も重要な場面では、自然と自身が最も得意とする獲物を使用する。
 何か鋭利な刃物で切り裂かれた新一の体。ジュネヴァの手にあるのは銀色に輝くナイフ。――あれが、彼を苦しめたのだ。
 かっ、と血が上る頭の奥で、キッドは彼がもう助からないだろうことを悟っていた。たとえ今ここで呼吸があったとしても、小さな主治医のもとへ彼を運ぶ時間があるかどうか。何より流れ出た血液が、生命を維持するには明らかに不足している。
 だが、たとえそうだとしても、決して諦めるわけにはいかない。諦めてしまうには、失ってしまうには、キッドの中で工藤新一と言う存在は大きくなりすぎた。
 キッドはどこからかトランプ銃を取り出すと、直ぐさま構えて躊躇うことなく撃ち放った。特殊加工されたトランプが切っ先鋭くジュネヴァを狙う。一瞬の隙につけ込んだトランプは、遠慮もなく殺し屋の首を薄皮一枚切り裂いて向かいの壁へと突き刺さった。
 トランプと言えど、危険の付きまとうキッドの仕事用にと加工された特殊なものだ。銃やナイフと比べて殺傷能力は劣るが、当たり所が悪ければ平気で命を奪えるような代物だ。
 けれど、普段は威嚇のためだけに使われるそれを、キッドは今、命を奪うつもりで撃っている。たかが殺し屋ひとりの命など気に掛けてはいられないのだ。さっさと片づけて、一刻も早く彼を医者の元へと連れて行かなければならない。たとえもう間に合わなかったとしても、ほんの少しの可能性でもいい、縋らずには、願わずにはいられなかった。

「やってくれるね…っ」

 咄嗟に横へと飛び退いてトランプの第一撃を躱したジュネヴァは、忌々しげにそう吐き捨てると、両手にナイフを三本ずつ構えた。
 新一の動きは装置のおかげで封じることができたが、キッドはそうはいかない。なんのハンデもない、真っ向勝負だ。その上キッドは、新一を傷つけられた怒りで手加減などと言う単語は頭の中から綺麗に削除されている。ジュネヴァを生きて帰すつもりなど欠片もない。
 キッドが銃を構え直したのを合図にその場から駆け出したジュネヴァは、右手に構えたナイフを三本同時に投げつけた。一見無造作に見えるが、その動きには一切の無駄がない。仮にも裏の世界で殺し屋を名乗るだけの実力は充分備えている。「ジンには遠く及ばない」と言った新一だが、あれはジンが別格だと言う意味であり、決してジュネヴァが弱いと言ったわけではない。
 しかし、ジュネヴァが投げたナイフはどれひとつとしてキッドの体を傷つけること叶わず、向こうの壁に深々と突き刺さった。

「組織に引き込むだと…? それは何とも馬鹿げたことを思いついたもんだな」

 余裕の動きでナイフを避けながら、キッドは憤りのためか、徐々に思考が冴えてくるのを感じた。危険な状況下であって尚、否、危険になればなるほど正確無比に機能する、脅威的な知能。

「俺たちが組織を潰した理由こそ知らなくても…たかが二人の人間が裏の世界に戦いを挑んだんだ。そこにどれほどの意志が、どれほどの意味があったか、考えなかったのか?」
「…ちょこまかと!」
「下らない正義感なんかで仕掛けるほど、俺もあいつも馬鹿じゃねえ。俺たちは命を懸けるほど真剣だった。おまえらを潰すために」

 そう、まさしく命懸けで組織を潰しに掛かったと言うのに。

「その俺たちをスカウトとは、本当に馬鹿げてる。万が一にも頷くとでも思ったのか? 脅しをかければ屈すると?」

 ひと言喋る毎に激昂していくキッドの攻撃は、けれど鋭さを増すばかりだ。僅かな隙も見逃さず、油断なく発射されるトランプ銃。急所ぎりぎりを通過するそれを忌々しく思いながらも、ジュネヴァは避けるだけで精一杯だった。明らかにキッドに分がある。
 大して広くもない物置のような一室で、ふたつの影が絶え間なく蠢いていた。時折響くのは、コンクリートを削るような硬質な音だけ。激しい激突を続けていながら、しかし彼らの足音はごく僅かにしか響かない。そして部屋の隅に横たえられ、数え切れない傷から赤い血を流し続けている、血の気のない青白い肌をした少年は生きているのかいないのか、ぶつかり合う激しい攻防の中では、呼吸をしているかどうかも知ることは叶わなかった。
 と、ジュネヴァの投げたナイフがようやくキッドへと届いた。キッドの右肩深く、一本のナイフが突き刺さっている。けれど刺された本人はそれを少しも気に留めず、眉ひとつ動かさずに銃を構え、撃ち続けた。
 ジュネヴァは目の前の怪盗に初めて恐怖を覚えた。人を傷つけない紳士を自称しながら、けれどここに居るのはそれを厭わない氷のような冷たい子供だ。そこで漸く気付いた。手を出していい相手ではなかったのだと。そもそも、自分とは次元が違うのだ。

「屈するはずがない。闇を知る俺ならともかく、真実しか語らない、この稀有な魂を持った探偵が」

 不意にキッドが足を止め、それに倣うようにジュネヴァもまた足を止めた。
 無言の睨み合いの中、キッドは手にしたトランプ銃に何事か細工をする。銃口に取り付けられていた特殊なトランプ発射装置が取り除かれると、それは普通の拳銃へと様変わりした。安全装置を外すかちりと言う音が奇妙に響く。

「…一気に片をつけようって?」
「時間がないんでな」

 冷えた瞳と、疲労に霞んだ瞳がぶつかり合う。
 ジュネヴァは悟った。こいつは自分を殺すつもりなのだ、と。
 失敗は即ち死だ。それは、この世界では暗黙のルール。
 それならば、せめて相打ちくらいには持ち込んでやろうと、先ほどとは比べようのない素早さで走り出した。

「あんたも道連れだ…!」

 ジンの兄貴への、せめてもの手向けに!
 振り下ろしたナイフが拳銃を弾き、その勢いでナイフは折れ、両者に武器はなくなった。残るのは、自らの体のみ。考えるよりも先に体が動いて、二人は殴りかかるように組み合った。
 的確に急所を狙ってくるジュネヴァの攻撃を防いだり食らったりしながらキッドも反撃を加える。強かな拳がジュネヴァの鼻先を掠め、風圧だけで頬に擦れるような痛みを、僅かに目を細めただけでやり過ごせば、そこへ遠慮のないキッドの足払いが入り、バランスを崩し駆けた鳩尾に今度は膝がめり込んだ。ギシギシと、聞き慣れた不快な音が響き、それが自分の骨の折れた音だと認識した時には、ジュネヴァは床に伏していた。軽く肋を二、三本折られたのだろう。衝撃に頭が眩んで、立ち上がることすら叶わない。

(ちぃ…相打ちすら、無理だってか…)

 無言で歩み寄る白装束の男が、まるで死刑執行に来た死神のように見える。今更それを恐れるのかと、ジュネヴァは自嘲した。何度となく危険な橋を渡った。その橋が落ちるのが、たまたま今回だっただけだ。
 ジュネヴァはずるずると壁に凭れながら何とか立ち上がると、視線をキッドへと据えた。
 キッドは己の肩に突き刺さっていたジュネヴァのナイフを引き抜くと、ぴたりとその喉元に押し当てた。塞き止められていた血が溢れ出すが、キッドの表情に変化はない。
 ジュネヴァは慣れたナイフの冷たさに微かに口元を緩め、次に来るだろう衝撃に構えて歯を食いしばった。この先にあるのは紛れもない「死」だ。かつて名前もろくに知らないような相手に何度となくその「死」を与えてきた自分が、今度はこの男に与えられようとしている。だが、仮にも紳士を自称してきた男の瞳に自分と同じ闇色を灯すことができたのだと、所詮はこの男も自ら言ったような「下衆」に過ぎないのだと、歪んだ嗤いが込み上げる。
 その喉を引き裂こうと、ナイフを持つ手が動いた瞬間…


「――やめろ」


 こつ、と。キッドのこめかみに冷たい塊が押しつけられた。
 見れば、ジュネヴァがどこかへ飛ばしたはずの銃を、新一がキッドに向けて構えていた。

「名、探偵…生きてたんだ…」

 信じられないものを見るかのように凝視するキッドを、けれど新一は眼光鋭く睨み付けたまま、低く告げた。

「やめろ」

 顎の先、ブレザーの裾、持ち上げられた腕からも、ぽたりぽたりと血が滴となって流れ落ちる。それでも銃口は迷うことなくキッドへと向けられている。
 キッドの瞳に再び剣呑な色が戻った。

「…断わる」
「やめろ。ナイフを下ろせ、キッド」
「今殺っとかないと、いつまた馬鹿な考え起こすか分かんねーぜ?」

 お互い退くつもりはないのだと、真剣な眼差しがぶつかり合う。
 動けないジュネヴァはただふたりの遣り取りを眺めていたが、痺れが切れたように口を開いた。

「そいつの言うとおりだ。同情なら御免だよ、探偵さん」

 けれど新一はジュネヴァの言葉を綺麗に無視して、ただひたすらキッドを睨み付けた。そうしてまた「やめろ」とだけ繰り返す。安全装置を解除する音が、やけに重たく冷たく室内に響いた。

「…おまえにそれが撃てんのか?」
「撃てるさ。俺は警官でも、まして正義の味方でもない。探偵だからな」
「…自分のために罪を犯すな、なんて言うんじゃないだろうな」
「当たり前だ。俺なんかのためにおまえがそんなことすると思うほど自惚れちゃいねーよ。おまえはおまえのためにしか動かない男だろ?」

 我侭な〝キッド〟さん?

「俺が言いたいのはひとつだけ。おまえはキッドだ。そしてキッドには信念があるはずだ。大事な人から受け継いだ、人を傷つけないという信念が」

 それは、罪に手を汚しながらも、魂までは汚れまいと自らに課した戒め。言いわけだと言われても構わないから、人を傷つけることだけはしないと決めたのだと笑ったのはキッドだ。大好きだった父親のその信念を自分も貫いてみせるんだと、そう言ったのは他ならぬキッド自身。

「おまえがその信念を破ると言うなら、俺は遠慮無くこの鉛玉を撃ち込んでやるよ。おまえがおまえの中の真実を見失って闇に呑まれると言うなら、その前に俺が殺してやる。一生、おまえの命を背負って生きてやるよ。
 …それが、俺の見つけた真実だから」

 おまえの本心が殺しを望んでいないことを知っているのは、俺だから。
 そう言った探偵に、キッドはそれまで身を包んでいた、触れれば切れんばかりに張りつめていた空気を和らげた。

「名、探偵…」
「おまえがそう言ったんだぜ? 俺のこの瞳は、たったひとつの真実を見抜くって」

 おまえがそれを疑うのかと、新一は不敵に笑った。血の滴る顔で、揺るぎない眼差しで。この世の誰よりも何よりも綺麗な魂が、消え入りそうに儚く、けれど激しく強く輝いて。その瞳には、蒼々と炎が揺らめいていた。
 キッドは言葉を返すこともできず、自然とナイフを持つ手を下ろしていた。その目には既にあの狂気の昏い色はない。その様子に安堵して、新一は再びゆっくりと瞼を閉じた。稀有な輝きが隠れる瞬間、小さな呟きが漏れる。

 ――そっちの目の方が、ずっとおまえに合ってる…。

 そうして倒れ込んできた華奢な体を、キッドは慌てて抱き留めた。手にしていたナイフを放り捨て、夢中で新一を抱き締める。

「名探偵!」

 愛しげに、まるで壊れ物を扱うように、大事に大事に抱き締めながら、何度も何度も呼びかける。しかしその瞳が開けられることはない。

「名、探偵…っ、目を開けろよっ」

 微かに微笑んで見える顔はひどく白く、とても生きている者のそれとは思えない顔色にキッドは絶句する。

「嫌だ…目ぇ開けろって…!」

 新一ぃ――!
 そう、名前を叫んだ瞬間。凄まじい爆発音が響き、続く衝撃にビルが激しく揺れ動いた。ズズズ…という低い音がして、天井からぱらぱらと小さなコンクリートの欠片が降ってくる。ビルは、崩れようとしていた。
 それでもキッドは新一を抱き締めたまま、名前を呼び続けたまま、その場から動こうとはしなかった。だって、新一が目を覚まさないのだ。抱き締めた体がひどく冷たいのだ。彼がこのままこの目を開けないのなら、どうしてここから逃げ出す意味があるだろう…?

「何をしてる。さっさとここから脱出するぞ、キッド」

 突然響いた聞き覚えのある声に、キッドは弾かれたように顔を上げた。そう、この声は、ことある毎に助言のようなことを囁いては姿も見せずに消えていった、あの男のものだ。
 視線の先に立っていたのは、どこにでもいるようなスーツ姿の青年。崩壊しかけているビルにはかなり不釣り合いなその男に見覚えがあるような気がして、キッドは頭脳をフル回転させて記憶を辿った。

「あんた…」

 昨日、会場にいた…?
 確か紹介ではカメラマンだと言っていなかっただろうか。そう、名前は――七瀬啓吾と言ったか。

「呆けてる暇も問答してる暇もない。新一はまだ生きてる。早くドクターの元へ連れて行け、キッド」
「なんであんたは俺やこいつのことを知ってるんだ…?」
「言ったはずだが? 暇はないんだ。ビルに爆弾を仕掛けた。直にここも崩れる。心配するな、新一は死なない。ただ、おまえが死んだらドクターの元に行けなくなる。俺の正体が気になるなら…」

 記憶力が落ちたんじゃないのか?
 そう言ってニヤリと笑った意地の悪い笑顔には、嫌すぎるほど覚えがあって。キッドは思わず叫んでいた。

「白牙ぁ!?」
「そう言うことだ、分かったらさっさと行け!」

 キッドは「分かった」と小さく頷くと新一を抱きかかえたまま部屋を飛び出し、窓を蹴り割って、躊躇うことなく飛び立った。途中、肩に鈍い痛みを覚えて、そう言えばナイフで刺されたんだった、と顔をしかめる。更に悪いことに、そこはアレスに撃ち抜かれ場所でもあって、実は結構痛かったりするのだが。事態の急な展開にキッドはそれどころじゃなく、新一を早く哀のもとへ連れて行くことで頭がいっぱいで、少しも気にならなかった。
 そう、謎の男もあの男ならば納得できるのだ。キッドより一枚も二枚も上手な男。世界最強、裏の世界の最高峰に居座り続ける超一級の殺し屋。獲物を捕らえる鋭利で強靱な白い牙が如き、あの、白牙だというのなら。



「さて、若者もいなくなったことだし」

 おまえの始末、どうにかしなきゃならねーなあ。
 壁に凭れたまま、もう身動きひとつできずに座り込んでいるジュネヴァを見遣り、崩壊し始めたビルの中で白牙はのんびりそう呟いた。
 ジュネヴァはと言うと、世界最強とまで言われた殺し屋が目の前にいることに驚きを隠せずにいた。その殺し屋とキッドに面識があることについても。この男と知り合いだと言うのなら、キッドのあの強さも頷けると言うものだ。

「…殺すんだろう?」
「ああ、もちろん」

 にっこり笑った瞳が底なしに冷たく、ジュネヴァは鳥肌が立つのを感じた。
 ここまで、ここまで違うものなのか、と。この男なら意識すれば視線だけで人を殺せるのではないか、と。そう思わずにはいられない。

「新一を傷つけた代償は、死を持って償って貰う」

 安いもんだろ?と男が嘯く。実際、死ぬより辛い苦痛などこの世にいくらでも存在するのだ。ジュネヴァの口元にも笑みが浮かんだ。

「嬉しいね…世界最強と言われた男に直々に殺して貰えるとは」

 普通ならば会うことすら叶わないのだ。なぜなら、この男に狙われれば、その姿を拝む間もなくあの世に逝ってしまうのだから。

(ああでも…できるならジンの兄貴に殺されたかった…)

 誰より尊敬し、敬愛するあの方に…

「おまえも愚かな奴だな。本当は新一やキッドに言われるまでもなく分かっていたんだろう?」
「…諦めきれないものってのがあってもいいんじゃないか?」
「ジン、ね。そこまで一殺し屋を骨抜きにするとは、なかなか侮れない」
「あの方なら、もしかしたらあんたとも対等に渡り合えるかも知れないよ」

 それほどまでに強い方だから。そう言って妖艶な笑みを浮かべたジュネヴァは、眉間に銃弾を食らい、笑ったまま呼吸を止めた。
 白牙の手にはいつの間に取り出したのか、銃口から白い煙を吹く銃が握られていた。何事もなかったかのようにそれを懐に仕舞い込む。

「組織の跡地であるこのビルと共に眠るといい」

 そうして室内に放置してあった携帯型パソコンを素早く掴むと、白牙はビルから飛び出し、手元に用意してあった遠隔操作のリモコンで跡形もなく崩れ去るようビルを爆破した。



BACK * TOP * NEXT

PR