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空色の国 2




「大佐! 大門にモヴェールの戦士が迫ってます! 如何致しましょうか?」

  ばたばたと忙しない足音を響かせながらノックも忘れて駆け込んでしまった部下は、後になってその非礼に気付き深く頭を下げる。
  が、扉の向かいに置かれた豪勢なワークデスクにゆったりと足を組みながら凭れていた大佐は、特に気にした様子もない。
  手にしていた書類をそっと置くと、無表情のまま尋ねた。

 「どのくらいの人数かわかるか?」
 「はい! 向かいの砂漠地帯にうまく体を隠しておりますが、見張り塔から数えたところ、三十近い人数かと…」
 「三十…随分と多いな」

  目前で顎に手をかけ思案に耽る大佐に、報告にやってきた中尉は緊急事態にも拘わらず思わず見とれてしまった。
  光の加減で紫紺の輝きを放つ不思議な瞳。
  ここ第十四支部の最高責任者の大佐でありながら、彼には怖々としたイメージは欠片もない。
  愛想の良い、屈託のない笑顔が部下に与えるのは好印象である。
  ふわふわの少し茶色がかった癖毛は、今はしっかりと軍帽の下に仕舞い込まれている。
  大佐と呼ばれる男は、目の前で畏まる中尉よりも十は若い様子だ。
  あまりの若さに周囲から反感を買いそうなものだが、その実力と統率力は誰もが認めているため、誰も文句を言う者はいなかった。
  漆黒に純白のラインがひかれた、鍛え上げられた体にとてもよく映える軍服。
  その左腕の腕章には木の葉をあしらった紋章が縫いつけられていた。
  そう、この国、ヴェルト国の紋章が。

 「それで、彼らがなぜ迫ってきたのか、その原因はわかっているのか?」
 「それが…未だわからないので、只今全力で事情を知る者を捜索しております」
 「できるだけ早急に頼む。或いは穏便に対処できるかも知れない」
 「はっ」

  モヴェールは人間側から手を出さない限り、あまり戦いを吹きかけるようなことはしない。
  人間は彼らを獰猛と呼ぶが、それは人間が争いを仕掛けたために彼らからの報復を受けたまでのこと。
  元来争いは好まない者たちなのだ。
  そう、どちらかと言えば、争いを好むのは人間の方……

「とにかく、俺も向かおう。騎馬隊を準備させてくれ」
 「畏まりました、黒羽大佐!」



  夕暮れ差迫る時。
  北東の大門の前は、待機させられた騎馬隊がひしめいていた。
  それぞれが軍服に銀の鎧をつけ、腰には長剣を携え、自慢の馬に跨っている。
  それらを不安そうに見守っているのは、ヴェルトの一般市民であった。
  モヴェールが襲ってくることなどそうそうない。
  大戦以来、彼らとの争いは両手の指に余るほどしかないのだ。
  けれど今、平穏な生活を破って押し寄せてきた彼らに、市民は不安を隠せないでいた。

  ふと、民衆の間からざわめきが波紋のように広がる。
  中心部から末端までそのざわめきが浸透した時、大門の左右に儲けられた見張り塔の上に漸く到着した大佐が顔を出した。
  民衆は口々に歓声を上げる。
  若い大佐は彼らから絶対の支持を得ていた。
  しかしその歓声にも顔色ひとつ変えることはない。
  報告に駆けつけてきた中尉が畏まって膝をつき、声高々に言い放った。

 「ご報告致します。只今事情を知る者をこちらに連れて参りました、黒羽大佐!」
 「ご苦労だった、高木中尉。その者は?」
 「こちらです!」

  二人の兵士に囲まれて連れてこられたのは、褐色の肌のすっきりとした容貌を持つ一等兵。
  大佐の前だというのに少しも臆した様子もなく、素早く敬礼する。

 「申し上げます。友人と二人で大門周辺の見回りをしていたところ、数人の子供に痛めつけられたモヴェールの子供を発見しました」
 「…つまり、復讐ということか。非はこちらにあるようだな」
 「し、しかし、大佐! このままではモヴェールの軍勢に大門を破られてしまいますよっ!」

  そうなっては、こちらが悪いなどと申している場合ではありません!
  この第十四支部は、四つある大門のうちのひとつを任されているのだ。
  ひいては国を守るため。
  ここを突破されては、ヴェルト国の存亡にも関わってしまう。
  どうしても彼らの侵入を許すわけにはいかないのだ。

  中尉は敵の多さに狼狽しきっている。
  けれど大佐は慌てた様子もなく、見張り塔の上から眺めていたモヴェールの勢に目を細めた。

 「仕方ない、騎馬隊に出動命令を出す。中尉、準備はできてるな?」
 「はい、もち――」


 「大佐、俺が出る。騎馬隊は待機していてくれ」


  勿論です、と続くはずだった彼の言葉は、しかし突然割り込んできた透き通るような声に先を奪われた。

  冬の海を、春の風を、連想させるような凛とした声。
  特に声を荒げたわけでもないそれが、門扉周辺に集まった人垣を飛び越えて響き渡る。
  突然の乱入者にその場にいた兵や民衆達はまず目を瞠り、継いで彼ならばと歓声が上がった。
  そう、彼なら…この事態をも見事治めてくれるだろう。

  大佐にも負けぬ絶対の信頼を得るその人物は、全身を、黒を基調とした軍服に包んでいる。
  その顔もまた黒の仮面によって隠されている。
  しかし、彼らにはそれが誰であるかわかっていた。
  現われてからまだ三ヶ月。
  しかしその腕の程は、すでに伝説と言われるほどの驚異である。

 「工藤少尉か。良いだろう、お前に任せる」
 「了解。くれぐれも騎馬隊には手出しさせるなよ」

  用意された馬に素早く跨ると、軽く体を叩いて歩ませる。
  大門の目の前まで来て一旦止まると、少尉は見張り塔にいる少年兵に向かって声をかけた。

 「服部、あの子が目を覚ましたなら連れてきてくれるか?」
 「任しとき、工藤! やない、お任せ下さい、工藤少尉!」

  慌てた彼にくすりと笑って、少尉は大佐へと視線を向ける。
  不適な笑みを浮かべた大佐は、行って来いとばかりに顎を動かしただけだった。
  それに無言で応じて少尉は大門をくぐる。
  彼が通った後、すぐさま扉は閉められた。



  大門を出た途端、凄まじい殺気を一身に吹きかけられた。
  軍勢はおよそ三十と聞いていた。
  おそらく、その三十人全てが新一に向けて殺気を放っている。
  それほどまでに彼らは怒っているのだ、少女を傷つけられて。
  が、新一はそれら全てを綺麗に受け流すと、砂漠の合間に身を潜めている彼らをぐるりと見渡した。
  姿こそ見えなくともその気配で、正確な位置は把握できる。

  彼らから微妙に間を取って、新一は跨っていた馬からふわりと飛び降りた。
  身軽な動きに、砂はさらりと舞っただけである。
  赤褐色の毛並み美しい名馬の背を軽く撫でぽんと叩くと、この場から遠ざかるよう促した。

 「危ないから離れてろ」

  馬は促されるまま大門へ向かって歩き出し、新一から数メートル離れたところに立ち止まると、主人を心配しているのか、振り返った。
  すでに新一は前方を見据えている。
  けれど全てを見ていようとでも言うのか、馬はその場に留まったままだった。

  新一は長剣を鞘からするりと引き抜いた。
  柄に細やかな彫刻が施された、まるで戦場に似つかわしくない芸術的な剣。
  銀の光を弾くその先には漆黒の刃が妖しく光る。
  漆黒の騎士の剣はその刀身までが漆黒だった。
  ゆっくりと、しかし隙のない動作でそれを前方にかちりと構える。
  その時を見計らったかのように、砂漠に身を潜めていたモヴェールの戦士達は、次々と姿を現した。
  手にはそれぞれ長剣や短剣が握られている。
  屈強な体つきから見て、おそらく少女を取り返すために腕の立つ者たちを選んだのだろう。
  その中で最も体つきの良い、多分に頭である男が口を開いた。

 『我らが愛し子を還してもらおう』

  すると、それまで黙っていた者も口々に叫びだした。
  それらは全て人間に対する――この状況では新一に対する罵倒の言葉ばかりである。
  けれど新一はそれにただ無言で答え、彼らの声が落ち着いてきた頃、漸く口を開いた。

 「あの子なら無事だ。もうしばらくしたら還るだろう。それまで大人しく待って貰いたい」
 『ふざけるな! お前らの言葉などどうして信用できる? アユミを、あの可哀想な子を還せ!』

  頭格の男の横に立った、彼より幾分か脆弱である男が叫んだ。
  脆弱と言っても新一よりはずっと屈強である。
  おそらく彼があの子の父親なのだろうと新一は考え、しかしこれ以上何を言っても聞き入れてはくれないだろうと結論付けた。
  もとより期待などしていなかったけれど。

 「どちらにしても今すぐは無理だ」
 『それなら力尽くで奪ってやる!』

  そうだそうだ、とモヴェールたちの士気が高まっていく。
  新一は短く息を吐いた。
  そうして、仮面の奧でゆっくりと瞬いて。

 「なら、俺も力尽くで黙らせて貰うっ!」

  モヴェールの軍勢が一気に新一へと飛びかかった。
  四方八方から数人のモヴェールに取り囲まれ、絶体絶命の危機である。
  ……普通、ならば。

  新一はさらりと第一陣をすり抜けると、身をかがめて剣を盾に中心から離れる。
  長剣が翻り、モヴェールの脇腹へ、鳩尾へ、首元へと打ち込まれる。
  強烈な一撃が次々と加わり、なぜかひとりだけであるはずの敵に何の抵抗もできぬまま、モヴェールたちは砂へと身を沈ませていった。
  まるで重力を感じさせない、舞い散る花びらのように掴み所のない動きに、彼らは為す術もない。
  黄色く乾いているはずの砂地に、赤い飛沫が彩りを加えた。
  点々としたそれは、モヴェールたちの体から滴る鮮血。
  血を含んだ黒刀が剣呑な輝きを放っていた。
  彼らが動くたびに砂漠の砂塵が巻き上がり、途端に視界が悪くなる。
  しかしもともとマスク越しに見ていた新一には何の不自由もなかった。

 『クソ…ッ!』

  かけ声とともにひとりのモヴェールが突っ込んでくる。
  それは、少女の父親でだろうと思われた男だった。
  短剣を握った手を前に、体当たりのように新一へと突っ込んでくるが、あと一歩のところでひらりと避けられた。
  しかし、その刀はうっすらと新一の軍服を裂くことができた。
  うっすら、ほんの薄皮一枚。
  それ以上は、誰ひとりとして新一に傷を負わせることができず、全員が地へと伏したのだった。

  砂塵が漸く風によって払われた時、そこには新一以外に立つ者はいなかった。
  新一は剣を振り払い血を拭うと、静かに鞘へとおさめた。
  新一の足下に転がった頭と思われた大柄な男は、地に伏しながらも視線だけで新一を睨み付けながら、苦々しげに言い放つ。

 『…く、…殺せッ!』

  途端、マスクの下に隠れて見えない新一の瞳が一瞬、哀しげに揺れた。
  けれど新一は纏った気配は冷たいままにその男のもとへとしゃがみ込んで顔を近づけると。

 「なんで俺がお前の言うことを聞かなきゃなんねーんだ」
 『もとより、我々は死も覚悟で来たんだ…ッ』

  玉砕覚悟で奇襲に来た。
  それを、こんな人間ひとりに全滅させられたのだ。
  子供を取り戻すことも叶わず、あとは死を待つだけの体なのだから……

「今は死ぬほど痛いだろうけど、死ねる怪我じゃないぜ」
 『な、に…?』
 「だからさ。あの子の意識が戻ったら連れてくるから。ちゃんと連れて還ってやってくれ」

  何を言ってるのかわからない、という顔の男。
  それへ、マスクに隠れてわからないが、新一は哀しげな苦笑を浮かべた。

 「それと、ここにいる奴全員死んじゃいねーから、こいつらも連れて帰れよ」

  すっと立ち上がると、新一はもうそのまま振り返りもせずにずかずかと歩いていく。
  途中立ち止まったかと思うと、ヒュッと短い指笛を吹いた。
  その音に惹かれるようにして、遠くで待っていた馬が足早に駆け寄って来た。
  主人のもとへ帰ってきた馬は、愛しげに頬をすり寄せながら尾を振った。

 「よしよし、イイコだ。それじゃ戻ろうぜ」

  身軽に馬に跨った新一は、そのまま颯爽とその場を去った。
  馬は静かな足取りで進んでいく。
  呼吸ひとつ乱していない彼に戦慄を覚えながらも、その後ろ姿を男は茫然と見送っていた。
  痛みで動かない体をそのままに。





 志保の正確な治療によって、痛めつけられたモヴェールの子供は無事目を覚ますことができた。
  その頃には外はもうすでに暗くなっていたため、大門の外の様子はうかがえなかったが、ひとりじゃ危険だと言う服部をなんとか宥めて新一は夜中にこっそりと門を抜け出した。

 〝服部、俺を誰だと思ってんだよ?〟

  そう新一ににっこり笑いながら言われてしまえば、服部には言い返せる言葉がないのだ。
  確かに新一は強いのだから、おそらく自分がついていったところで邪魔になるだけだろう。
  十四支部において実際に黒羽大佐に継ぐ実力を持っているのは、新一なのだから。

  案の定、大門を抜ければすでに戦意を消失したモヴェールたちがひっそりと留まっていた。
  あの地獄のような痛みも漸くおさまったのか、全員が無事起きあがれていることに新一はこっそり安堵した。
  戦うつもりのない彼らに、新一は自らも警戒心を少しも持たずに向き合った。
  何の言葉も交わさず、ただ抱きかかえるようにして前に乗せていた少女を馬から下ろし、そっと地面に立たせて。
  父親の姿を認めた少女は自ら走り出し、その胸へと飛び込んでいった。
  そして無言のまま新一はその場を去ったのだった。

  無事あの子が還ったからと言って彼らの怒りが消えるわけではない。
  憎悪の対象である人間はさっさとこの場を退散するべきだと判断したのだ。
  彼らも新一の後を追うでもなく森へと引き返していき、無事この争いは一旦の解決を迎えたと言えるだろう。
  つまり、たったひとりの兵士によって見事幕は引かれたのだ。



 「また誰も殺さなかったんだろ」
 「悪ぃか。お前の知ったことじゃねぇよ」

  ふん、と鼻を鳴らして新一はそっぽを向いてしまう。
  そんな新一に苦笑して、快斗は綺麗に筋の入ってしまった新一の脇腹へと消毒液をかけた。

  ここは大佐の私室。
  一等兵や少佐のものとは比べ物にならないぐらいに広く豪華な部屋だ。
  けれど妙にこの男にはこの部屋が合っているような気がする。
  人の上に立つことをまるで義務づけられているかのようだと、新一は思った。

  その部屋で、すでに私服へと様変わりした新一は、ベッドの上に大の字になって寝ころんでいる。
  その横には同じく私服を着込んだ大佐こと黒羽快斗が腰掛けている。
  今、新一は出兵した際にたった一カ所だけ受けてしまった傷を快斗に治療してもらっているところだった。
  快斗の手が腹部の傷に触れ、新一の体が微かに跳ねる。
  決して深くはない、浅い傷。
  だと言うのにじわりと滲む血はなかなか止まらず、痛みもずきずきと結構なものだった。

 「まぁ~たわざと切られたんだろ。工藤少尉はお優しいね」
 「バーロ、この俺がんなことするわけねーだろ」
 「どうだか」

  新一は顔だけ起こすと、遠慮もなく快斗をぎろりと睨み付けた。
  けれど快斗はそれに肩をひょいと竦めてみせただけで、再び治療に取りかかった。

 「…本当にそんなんじゃねぇんだ。ただアレは、あの子の父親の憎しみの力っての? かわしきれなかったんだよ…」
 「ふぅん」
 「その証拠に、大した傷じゃねぇくせに酷く痛みやがるぜ」

  念の込められた傷は酷くなくても痛むもの。
  おまけに治りも遅い。
  それだけあの子のことを心配し、それだけあの子に危害を加えた人間を恨んだのだろう。

 「でもそれをお前が受けるのっておかしくないか?」

  だってあの子を傷つけたのはお前じゃないのに。
  その言葉に、新一は答えを返せなかった。
  別に他人の過ちを自分が変わりに償ってあげよう、なんてそんなことは思わない。
  そんなものは優しさじゃないと知っている。
  ただ、やり場のない怒りを宿した瞳を前に、一瞬でも動きが鈍ったのは自分の責任であって誰の責任でもないのだ。
  けれどそれを巧く伝える言葉が浮かばずに黙っていると、快斗は不機嫌そうに続けた。

 「それにどっちかって言ったら感謝されるべきだろ。あの子を見つけたのは見回りしてたお前だし、言ってみりゃ恩人じゃねぇか」
 「いちいち助けた相手に恩売るなんて面倒くさいマネする気ねーよ」
 「…面倒くさい、ね」

  面倒くさいでこんな怪我を負ってたら、この先この人はどうするんだろうか。
  快斗はそう思いながら、痛みを食いしばる顔を隠すために置かれていた新一の手を取って、その稀有な瞳を見つめた。
  蒼く蒼く、どこまでも蒼い瞳が快斗を映している。
  その手をとって、甲に軽く口付けた。
  途端に新一は眉を寄せると、嫌そうに手を振りほどいて体を起こす。

 「気色悪いことしてんじゃねーよ」
 「良いじゃん、治療代」
 「アホか。んじゃな、サンキュ」

  乱していた服をきちんと着直して、新一は上着を手に取るとさっさと部屋を出て行ってしまった。
  ぱたん、と扉の閉まる虚しい音が響いて、快斗はばったりとベッドの上に寝ころがる。
  そうして新一がしていたように大の字になって目を閉じた。

 (冗談なんかじゃないのに)

  本気で、あの蒼い輝きに惚れているのに。
  鈍いあの人は少しも自分の気持ちに気付いてくれないのだ。
  いつまでたっても二人の仲は進展しない。
  気持ちを伝えれば話は早いのだろう。
  知って欲しいと思う。
  そして、知って欲しくないとも思う。
  先を知るのは正直少し怖かった。

 「この俺がこんだけ惚れてんのに、全く自覚ナシなんだから…困ったね」





『アユミ!』
『アユミちゃん!』

  突然ひょっこりと顔を表した、自分と同じように包帯をあちこちに巻いた少年たちに、アユミと呼ばれた少女は目をぱちぱちさせる。
  声をかけてきた少年はゲンタとミツヒコ。
  アユミといつも三人で遊んでいて、最近では少年探検団なんていうものを結成していたりした。

 『ゲンタ君、ミツヒコ君! …心配かけちゃってごめんね?』
 『何言ってんだよ、アユミ!』
 『そうですよ、僕たちの方こそすみませんでした!』

  必死で謝る二人に、アユミはゲンタ君たちのせいじゃないよとにっこりと笑った。
  いつものように砂漠へと探検に出た三人は、途中ではぐれてしまったのだ。
  まだ幼い子供である彼らは、人間の世界というものをよく知らない。
  大人達はただ〝危険〟だとか〝汚らしい〟と言って嫌っているけれど、好奇心旺盛な子供たちにしてみれば興味の対象でしかないのだ。
  ゲンタとミツヒコと別れてしまったアユミは、目の前にあらわれたぐるりと囲むような柵に、それが人間の世界であることを知った。

 〝砂漠の向こうに住む人間は、自分たちの世界を大きな門とたくさんの柵で囲っているのよ〟

  そう聞いていたからすぐにわかった。
  そして商人の出入りの際に開けられた大門にこっそり忍び込んで、初めて見る人間の世界に感激していたのだ。
  だから、近づく危険に気付くことができなかった。

  モヴェールと人間の装いは全く異なったものである。
  作りこそ酷似しているが、生活や文化が全く違うので装飾品などは異なるのだ。
  だから、一目見ればそれが人間かモヴェールかはすぐにわかってしまう。
  悪戯盛りの加減を知らない愚かな人間の子供が、格好の餌食とばかりにアユミに襲いかかってしまったのだ。
  そしてその結果、酷い怪我を負うこととなった。

  ゲンタとミツヒコは、途中ではぐれてしまったアユミを必死で捜し回った。
  どんなに捜しても見つからなくて、もしかしたら森に戻ったのかも知れないと思って森の中も捜し回った。
  けれど結局見つからなくて、そのうえ転んだりして彼ら自身も怪我を負ってしまって。
  どうしようもなくなり途方に暮れていたところを、大人達に保護されたのだ。
  ゲンタとミツヒコから事情を聞いた大人達がアユミを捜しに行き、人間の国、五つあるそれらのうちのヴェルトにいると判明した。
  そして大人達はすぐさま選りすぐりの戦士達をひきつれて、アユミを救出に向かった。

 『ゲンタ君もミツヒコ君も、アユミは無事に帰って来れたから心配いらないよ』
 『無事で良かったです~!』
 『ごめんなぁ、アユミィ!』

  号泣する二人の頭を、アユミの父親であるユウキはそっと撫でた。
  彼らは同族には底なしに優しいのだ。

 『二人の所為じゃないよ。だが、今後は探検も少し控えなさい。怪我が治るまでは外出禁止だぞ』
 『わかりました!』
 『はーい!』
 『おう!』

  三者三様の元気の良い返事を返す彼らに、ユウキは安堵の溜息をこぼした。
  本当に一時はどうなることかと思ったのだ。
  大事な愛娘が、危険な人間なんかに…と。
  そんなユウキの心情を察したのか、ミツヒコの父親であるアキヒコは、そっとユウキに話しかける。

 『無事で良かった。私からも謝ろう』
 『アキヒコ、あんたがいなきゃ今頃アユミは還ってこなかった。精鋭部隊長に謝らせるつもりなんかないよ』
 『ああ、だが…実際はあまり役に立たなかった』
 『…』

  そう。
  彼はあまりに強すぎた。
  たったひとりで三十人ものモヴェールの精鋭部隊を倒した男。
  漆黒の軍服を纏い、黒の長剣を携えた男。

 『あの男は一体何者だろう?』
 『さぁ、わからんな…』

  わからないと言えばもうひとつ。

 『なぜ、アユミを還してくれたのか。なぜ殺さなかったのか』
 『アユミを殺さなかったのはわかる。彼らにとっても再び大戦を引き起こすのは危険なことだろうから』
 『事を穏便に済ませるために、あの子を還したのかもしれない』
 『だが、ではなぜ我々を殺さなかった?』
 『誰ひとり、怪我こそすれ死んだ者はいなかったな』
 『ああ…』

  それは喜ばしいことではあるが、その真意はなんだろう?
  互いに顔をつきあわせて、ううむと低くうなる。

 『なんとも不思議な男だよ』
 『全くだな』

  結局ここで二人して唸っていたところで、答えなんて見つからないのだ。
  人間の考えることなどわかりたいとも思わないが。
  そんな二人の様子を不思議そうに見遣っていたアユミは、不意に思い出したことを口にした。

 『そうだ! お父さん、アユミ、あの方に会ったよ!』
 『あの方…?』

  見事はもった二人にアユミは楽しそうに笑って。

 『〝光〟に会ったの!』

  無邪気にそう言ったアユミを、二人は驚いたように凝視していた。
  しばらく何の動作も忘れてしまう。

  〝光〟とは、十八年前にこの地より消えてしまった、モヴェールの敬愛する王のこと。
  元来不思議な力を秘めた〝光〟と呼ばれる者を王としてきた彼らだが、十八年前に起こった大戦によって最後の生き残りであった王を失った。
  それ以来モヴェールから〝光〟は消え、現在では〝光〟の親戚にあたる者たちが統治している。

  失われたはずの〝光〟が、もしも再び見つかったら…?
  この地に、正しき王がまた現われるということか。

 『アユミ、それは本当か?』
 『本当だよ! だって、アユミを助けてくれたのが〝光〟だもん』
 『どういうことだ? 〝光〟は人間なのか?』
 『いや、まだそれが本物と決まったわけじゃないだろう?』

  疑り深い父親達に、アユミは憮然として失礼ね! と言う。

 『絶対本物だよ! あんな綺麗な蒼い瞳、見たことないもん!』

  大勢の子供達に蹴られ、転がされ、このまま死ぬんじゃないかと幼いながらに感じて。
  抵抗すれば面白そうに笑ったそのヒト達はとても怖かった。
  けど、そんな時に現われた蒼い瞳をした綺麗な人間。
  一瞬で怖さなんて吹っ飛んでしまった。
  なぜかその目を見てるだけで安心して、これで助かるのだと確信した。
  そして本当に助かったのだ。
  白い部屋に連れて行かれて、白い服を着た綺麗なヒトがにっこり笑って、慰めながら治療してくれた。
  時々滲みる消毒液は痛かったけど、心はみるみる元気になった。
  安心したら眠くなって、白い服を着た綺麗なヒトが頭を撫でてくれたから、そのまま眠ってしまった。
  そして気付いたときには馬に乗っていて、目の前には父親がいたのだ。

 『アユミが還って来れたのは〝光〟のおかげだよ!』

  とっても暖かかった。
  光とともらにいたヒトもまた、暖かかった。

  しばらく無言でそれぞれが思考に沈んでいたユウキとアキヒコだったが、ユウキが優しく頭を撫でながら問いかける。

 『アユミ、その人はいくつぐらいかわかるかい?』
 『うーんとね…キッド様と同じぐらいだったよ!』
 『キッド様…ということは十九だな、ユウキ』
 『ああ。コゴロウが〝光〟を見たのは六年前、その時の〝光〟は十二歳ぐらいだったはずだ。そうなると今は十八…十九のキッド様と同じぐらいなら、つじつまが合うな』

  やはりあれは見間違いではなかったのだ。
  我らの探し求める〝光〟は、どういうわけか人間の中にいるらしい。
  それでは取り戻すのは正当な権利ではないか?
  十八年前に、我らから〝光〟を奪ったのは人間の方なのだから……

 我らが光の王――ユキコ様を殺したのは人間なのだから。



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