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First contact 4


 ボーン…ボーン…
 間近で響く鐘の音はまるで鼓膜を劈くようだったが、快斗はぴくりとも動かない。ただ、いつ人目につくとも知れない場所で、ポケットに両手を突っ込んだぞんざいな態度でもうひとりの怪盗が現われる時を待っていた。
 この高さでは風力が地上の倍以上に感じられたが、快斗は風にマントを好きなように遊ばせながら鐘の音をカウントする。

 nine……ten……eleven……

 十二回目の鐘が鳴ったその瞬間、数日前に聞いたばかりのあの凛とした涼やかな声が聞こえてきた。

「 Although Cinderella's magic solves with the sound of the bell at twelve…」

 ふと見上げれば、快斗に背を向け手すりに立った怪盗Rが月を見上げていた。いつ落ちてもおかしくない危うさ。けれどRはその危うさをまるで楽しんでいるかのようだった。月の光を弾く蒼いコートが彼を淡く儚く彩っている。

「――おまえは、十二時になれば魔法を見せてくれるんだろう?」

 時間通りに現れたRはコートをはためかせながら手すりを飛び降りた。コツコツと革靴の音を響かせ、警戒心もなく快斗へ歩み寄る。風に舞う漆黒の髪、顔の半分を覆うサングラス。
 こうして並んでみると、快斗より僅かに背が低いようだった。

「…お望みとあらば、ご覧に入れますが?」

 快斗は内心の高鳴る鼓動をポーカーフェイスで覆い隠し、気障な仕草で腰を折って見せた。
 けれど相手は口元を笑みに歪ませただけで。

「いや、やめとこう。都会の夜は物騒だからな。…嫌な客に来られると興ざめだ」

 不意に興味が失せたようにぷいと背を向ける。その背中越しに一度だけ振り向いたRが小さく、ついて来いよ、と言った。
 躊躇ったのは一瞬で、快斗は臆することなくRの後へと続いた。けれど、快斗が何とはなしにさりげなく視線を流した瞬間。

「ああ、連れの奴も来るといい。そんなとこにいたら風邪引いちまうぞ」

 快斗は驚きに目を瞠った。まさかバレているとは思わなかったのだ。彼は優秀だし、Rが来る何時間も前からそこに隠れていた。気配を断ち、息を殺し、視線すら向けずに様子を窺っていたというのに。

「びびることねぇぜ。危害を加えるつもりはないし、そっちも二人なら安心だろ?」
「…分かりました。白馬探偵、行きましょう」
「…はい」

 暗がりからすっと姿を現わした白馬は、怪訝そうに顔を歪めていた。それを振り向きもせず確かめ、Rは歩き出す。
 やがて時計台の整備室へと入った時、

「紅。頼む」

 どこへともなくRが話しかけたかと思うと、それまでなかったはずの魔法陣が床に浮かび上がった。円を中心に象形文字やラテン語など、快斗や白馬には全く理解できない幾何学的な文字の羅列が紅い光を放つ。
 思わず身構えた二人に、Rは楽しげに笑って言った。

「俺の協力者は心配性でさ。大丈夫だよ。俺が最も信頼してる奴のひとりなんだ」

 気付いた時、彼らは知らないビルの屋上へと飛ばされていた。と言っても浮遊感も着地した感覚もなく、まるで足下だけが入れ替わったような感覚だ。
 二人が不思議そうに辺りを見渡していると、不意にもうひとつ人影が現われた。

「今晩は。白馬君に、怪盗キッド」
「あ…なたは、小泉さん!」
「…」
「へぇ? おまえら知り合いだったのか」

 赤魔女の正装をした紅子に白馬は驚いていた。快斗は以前にも何度か見たことがあるせいか、特に驚くこともなく無言を保っている。もとより、魔術で転移した時点で紅子が出てくることは予想していた。
 紅子はひとりのんびりと意外そうな声をあげたRに歩み寄ると、その手をぎゅっと握って安堵に顔を歪めた。

「ご無事で何より…蒼さま」
「ん。サンキュな、紅」
「いいえ。貴方に信頼してもらえて、私、すごく嬉しいですわ」

 先ほどのRの言葉を言っているのだろう、紅子はひどく嬉しそうな笑みを浮かべている。
 それから快斗と茫然と佇む白馬へと向き直った。

「貴方たちをここにお呼びしたのは私です。怪盗キッド…貴方の傍迷惑な予告状で、蒼さまを危険に曝すわけにはいきませんので」

 話を振られ、じっと傍観していた快斗が口を開く。

「…その、貴方の仰る『危険』とは何なのですか?」
「怪盗の貴方がそれを聞くのかしら?」
「――紅!」
「いいえ、言わせて貰いますわ。二度とあんな馬鹿な真似をしないように…!」

 制止するRを振り切り、紅子は続けた。

「なぜ、私が貴方たちをここへ呼んだか分かるかしら?」

 貴方たちと言いながらも、紅子の瞳は快斗を睨み付けている。
 快斗はふぅと小さく吐息した。

「…嫌な客、か」

 先ほどのRの言葉を思い起こし、ぽつりと呟く。紅子が何に怒っていたのか、その理由が途端に理解でき、快斗は後悔を滲ませた声で言った。

「あんたも組織の連中に狙われてるのか…」

 怪盗キッドを付け狙う巨大な犯罪組織。彼らは初代キッドを殺し、二代目である快斗を初代と勘違いしたまま追い続けている。
 時には死を覚悟するほどの致命傷を負ったこともあった。白馬に拾われた時がまさにそれだ。突っぱねてはいたが、あの時白馬に拾われていなければ快斗は確実に死んでいただろう。この道がどれほど危険なものか、キッドである快斗が一番よく知っている。

「時間と場所。それを指定してしまえば、狙い撃ちにされるってことだな」

 怪盗キッドが敵対している組織は積極的にキッドを殺そうとしているわけではない。隙があれば遠慮無く殺されるだろうが、今は泳がされているような状態だ。キッドがパンドラを見つけたならそれを奪えばいい、と考えている節が見られる。
 しかしRの敵対する組織が快斗の敵対する組織と同じとは限らない。それほどの危険を与えてしまったのだと、後悔に唇を噛みしめた快斗だったが……

「それだけならまだいいわよ」
「…何?」

 吐き捨てるような紅子の言い方が引っかかり、直ぐさま問い返した快斗だったが。

「俺のことはもういい。それよりおまえらが聞きたいのはもっと他のことだろう。違うか? …二代目、怪盗キッド」

 言い当てられ、やはり知っているのだと快斗は舌打ちした。あちらの情報は全く知らないと言うのに、こちらの情報は極秘情報までがだだ漏れだ。

「ここからは灰姫の話をしようじゃないか」

 静かに口元だけを歪めて笑いかけるRに、快斗も腹を括る。

「いいだろう。初めから俺の用件はこっちだからな」

 いつの間にか装うことをやめた快斗にRは楽しげに笑った。
 白馬は心配そうな顔で、紅子はRの一歩後ろで静かに二人を見守っている。
 望まずして愚かな夢に巻き込まれた二人の怪盗が、真っ向から向かい合った。



「初めに言っておく。灰姫には手を出すな」

 Rはまずそう切り出した。その口調が以前より厳しさを増していて、快斗は眉を寄せた。

「…まず順序ってもんがあるだろ? こっちはあんたについてほとんど何も知らないんだ」

 暗にこちらの情報はほぼ知っているのだろうと仄めかせば、Rは思考するように形のいい顎に指をかけた。
 手を伸ばせばその顔を覆うサングラスを取り去ることもできるだろうが、それはきっと紅子が許さない。何もせずに観察する外ないと、快斗と白馬はこの謎の男を瞬きすら忘れて観察していたのだが……
 初めにも思ったことだが、どうにもこの男には緊張感というものがない。多くを知るがゆえの余裕とも取れるが、どちらかと言うと、全てにおいて冷めていると言った方が的を射ている気がする。今も、まるで今夜の献立でものんびり考えているような仕草である。

「じゃ、こうしよう。最初に聞きたいことを全部ざっと並べてくれ。答えられるものには答えてやるよ」

 漸く考えが纏まったのか、Rがにやりと笑う。途端にその気配は冷涼なものへと変化し、快斗は自然と心が高揚するのを止められなかった。
 己の纏う気配をこんなにも鮮やかに操り相手を威圧するなど、一体どれほどの人ができるだろうか。自然、快斗の口許にも不適な笑みが浮かぶ。

「OK。俺がまず聞きたいのは、パンドラについてあんたが知ってること。宝石についてはもちろん、それにまつわる逸話や組織の情報でもいい。それからあんたがなぜ俺に忠告するのか、その理由も知りたい。できれば魔女殿との関係もな。今後俺の敵となるか否かを見極めなくちゃならないんでね。
 ――あんたについても聞きたいことはたくさんあるけど、答える気はないんだろ?」
「もちろん」

 あっさり肯定され、快斗は思い切り肩を落とした。せっかく昂揚していた気分も何だか台無しだ。快斗は脅しの意味合いも込めて声も低く尋ねたと言うのに、この男ときたら何の気負いもなく受け流してしまう。まるで快斗を剛と称すならRはそれを制する柔だ。

「ま、サクサク答えていこうか」

 そんな快斗に気付いているのかいないのか、Rは相変わらず緊張感のない声で、言葉通り淀みなく答え始めた。

「パンドラ――俺は灰姫って呼んでるんだけど。姫はご存知の通り、永遠の命を与えてくれる宝石ってわけだ。その宝石の中にある紅い涙を飲めば不死を得られる。…愚かな石だ。姫は人を惑わせる。いくらでも甘い誘いを掛け、どんな聖人君子も姫の誘いの前には屈しちまう。厄介なことに姫は解放されがってるし…」
「解放されがってる?」
「――こっちの話だ」

 つい口を挟んだ快斗を、Rは失言だとばかりに切り捨てる。

「とにかく姫は不死を与えるが、それは人間の望むようなものじゃない。姫の意識は強すぎるんだ。姫は不死と引き替えに宿主の精神を乗っ取る。つまり、不死は得られても既にそれは人間じゃない、姫の――石のバケモノさ」

 Rの重くのし掛かるような声に、快斗は知らず息を呑んでいた。
 快斗はパンドラについて、ビッグジュエルであることと月に翳せば内包する赤い石が光るということぐらいしか知らなかったが、それも全て組織から入手した情報に過ぎない。なぜなら、いくら調べてもそんな伝説はどこにもなく、その他の情報を仕入れることができなかったのだ。だから、パンドラはただ永遠の命を与えてくれる夢の――愚かしい夢の石だと思っていた、のに。

「石の、バケモノ…」

 その呟きに答えるようにRは続けた。

「そうさ。彼女の意識にはたとえおまえでも、…俺だろうと敵わない。姫に関わるということはつまり、バケモノになる覚悟が必要ってことだ」
「…あんたにはその覚悟があるのか?」
「俺は、…覚悟とか、そういう以前の問題だ。仕方ないんだよ」

 そう言ってRはつまらなさそうに肩を竦める。その様子があの邂逅した時の様子とデジャヴュして、快斗は微かに目を細めた。
 とにかくRは自分のことについては一切話したがらないし、ひどくつまらなさそうに言う。それはどこか諦めにも似た投げ遣りな態度に見えた。まるで、あのビルの上でいつ落ちるとも知れないスリルを楽しんでいたように。
 快斗がそんなことを考えていると、不意にRが口調を厳しくして言った。

「覚悟がないなら関わるな。だが、そんな覚悟はするもんじゃねえ」

 先ほどの投げ遣りな口調とは裏腹なそれに、快斗は分からないと首を傾げた。

「姫の居場所は…まだ誰にも分かってない。だから姫を欲する馬鹿が這いずり回ってる。奴らとは接触したんだろ?」
「ああ。銃刀法違反なんて言葉、知ってもなさそうな奴らとな」
「そんなのはまだ序の口さ。下手したら変な薬を使って完全犯罪をやり遂げようなんて奴らもいるからな」

 へぇ…と快斗が目を眇めるが、Rはそれに気付かなかった。

「姫を求める者は多い。群れて徒党を組んでる奴もいれば、個人の財力にものを言わせている奴もいる。周りは全て敵だと思え。この世界には心底信頼できる味方なんざ砂粒程度にしかいないんだ。それを見つけるのは不可能に近い」

 それは、真実味を帯びた重い台詞だった。おそらくRはそれを実際に体験してきたのだ。怪盗Rとは何世紀にも渡ってその世界で名を轟かせてきた一族である。Rが紅子と出会えたことも、或いは奇跡のようなものだったのだろう。
 けれど。

「――でも、あんたは敵じゃないだろ?」

 Rが吃驚したように息を呑む。しかし快斗は気付いてしまった。なぜRがわざわざ忠告してきたかということに。
 彼は不老不死を望むような愚か者ではない。パンドラの実態を知り、その上でこの世界から抜け出せないなんらかの戒めを持っているのだ。そして同じようにパンドラに戒められた快斗に、危険だから引き返せと忠告してくれているのだろう。他のことには一切緊張感のない男がその口調を厳しくするのは、パンドラに関わるなと快斗に忠告する時だけだ。だから気付いてしまった――怪盗Rは快斗の身を案じているのだと。
 快斗は紅子を心底苦手としているが、決して敵だとは思っていない。それは以前に助けて貰ったからなんて陳腐な理由ではなく、彼女から、真に自分を案じてくれている思いを感じるからだ。それが愛情と呼ばれる類のものであることも知っている。それでも快斗が知らぬ顔をするのは、彼女に応えられないことも知っているからだ。
 そしてRは、そんな紅子が快斗に向けるのと同じように直向きな思いを向ける人間である。そんな男を、快斗は敵だとは思えなかった。
 けれどRは不機嫌そうに唇を引き結ぶと、快斗から視線を逸らすように俯いた。

「…なぜそんなことが分かる?」
「だって敵なら、わざわざ親切にもパンドラの情報を教えたり、俺の心配したりしないだろ?」
「…」
「あんたは敵じゃない。俺と同じくパンドラの滅亡を望んでるんじゃないのか? それなら俺たちは――仲間になれるんじゃないか?」

 Rが驚いたように顔を上げる。それほど意外なことを言っただろうかと思いながら、快斗は彼の反応を待った。
 快斗にはどうしてもRが敵だとは思えないのだ。それは初めて逢った時からだった。あの時、得体の知れないこの男を前に、快斗はあまり警戒しなかった。或いは本能で感じ取っていたのかも知れない。快斗を射抜いた真っ直ぐな視線が、欲に溺れた愚か者とは似ても似つかないことを。
 けれどRは皮肉げに口端を持ち上げると、嘲るように言うのだ。

「…冗、談。俺がおまえの仲間だって…? 俺がおまえに姫の情報を渡したのは、おまえが姫の実態を知っても諦めないような馬鹿だとは思わなかったからだよ。それに、俺が姫の滅亡を望んでるなんてのも、冗談じゃねえぜ。誰があんなもんに関わるかってんだ。俺は興味ないね。姫がどうなろうと俺の知ったことじゃない。そんなにバケモノになりたきゃ勝手になってくれて結構だし、壊したければ壊せばいい」

 快斗はRのあまりの変貌振りに目を瞠った。背後では白馬も同じような顔をしている。
 ただ紅子だけが、哀しげに瞳を揺らしていた。

「勘違いするなよ。俺はおまえの仲間になんかならねえ。絶対にな。おまえはその探偵気どりの坊ちゃんと仲良くヒーローごっこでもしてればいいさ」
「な…っ、彼を侮辱することは僕が許しませんよ!」
「へぇ? 許さないなら、俺をどうしてくれるんだ? …殺して、くれるのか?」
「この…っ」

 激昂する白馬を楽しげに眺め、Rはクツクツと笑みを零す。白馬はいいように遊ばれているだけだ。けれど、だからこそ、そのサングラスの奧の表情には誰も気付かない。

「紅。もういい、帰るぞ。こいつらは…放っておけ。勝手に帰るだろ」
「――はい」

 紅子は、ポーカーフェイスを張り付ける。今にも叫び出したいのを必死に堪える。いっそ叫んでしまいたかった――彼の孤独を癒してやってくれ、と。
 けれどそうすることはできず、ただ祈るしかないのだ。己では癒せない彼の傷を、誰かが癒してくれるようにと。
 再び地面には魔法陣が浮かび上がり、紅い光を放つ。紅子はそっとRの手を取った。
そうして快斗と白馬が呆然と見つめる中、二人の影は跡形もなく消え去ったのだった。





 バタバタと、新一にしては珍しく乱暴な仕草で階段を駆け上がり、力任せにドアを押し開けるとベッドへ倒れ込んだ。感情のままに荒くなった呼吸を肩で整えながら、シーツへと強く強く顔を押付ける。誰も見ていないし誰も入ってなど来ないけれど、今にも溢れ出しそうなものを、たとえ空気にだろうと晒したくなかった。

「ちくしょう…っ」

 くぐもった小さな呟きが響く。
 幾度となく罵声を吐き出しながら、新一は先ほどのことを思い返していた。
 声は震えていなかっただろうか。顔はうまく笑えていただろうか。あれが演技だと、バレてはいないだろうか…?

「仲間、なんて…」

 そんなわけ、あるか。
 声に出すこともできない呟きはただシーツの中へと吸い込まれていく。しんと静まりかえったこの空間が、今は何より落ち着かせてくれた。
 ――孤独を、思い知らせてくれる。
 それは決して忘れてはいけないことだ。常に孤独であることを己に課したのは、他でもない新一自身なのだから。
 紅子は共犯者だ。新一の仕事を助けてくれる、共犯者だ。父も母も、あくまで仕事をサポートしてくれる共犯者にすぎない。幼馴染みの蘭もお隣の博士だって、誰ひとり新一の心の内を知る者はいない。
 ただ、駄目なのだ。あの顔がいけない。思い出してはいけない、けれど決して忘れてはいけないあの人を連想させるから。だから、キッドの側にいることはできないのだ――新一がRである以上。
 彼を守らなければと思う。それは己に孤独を課したのと同時に誓ったことだ。彼がもし灰姫に関わるようなことがあるなら、それを全力で阻止することがもうひとつの新一の役目。それが、あの夜の誓い。そして、新一が再び日本へと戻ってきた理由でもある。

「ああそうだ…俺はおまえの敵じゃないよ…」

 けれど決して、仲間でもない。



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