隠恋慕
ご機嫌な名探偵と不機嫌な魔術師
「一度やってみたかったんだよな♪」
満面の笑みを浮かべ、黒装束に身を包んだ子供がご機嫌な声を上げる。
「……だから嫌だったんだ」
その子供を腕に抱きしめ、悠々と夜空を羽ばたきながら、白い魔術師は不機嫌な声を上げる。
天上の星と地上の星が、そんな二人を静かに照らしていた。
その作戦を言い出したのは、コナンだった。
「今度の犯行には俺も参加するから」
「――は?」
あまりに唐突に掛けられた言葉に、流石のキッドも咄嗟に答えられなかった。
思わず、と言った感じに漏れた言葉に、「ったく、一度で聞けよなー」とコナンがぼやく。
「だから、今度の犯行には俺も参加するから」
「……なに、毛利探偵も呼ばれたのか?」
普段なら「窃盗は管轄外」と容赦なく言い捨ててくれる子供が、自ら参加宣言するなんて珍しい。
なんだか嫌な予感を覚えながらも、質問というよりは確認のつもりでそう聞き返したキッドだったが。
「いや、お前のサポートとして」
なんて突拍子もない答えが返ってきて、盛大に顔をしかめた。
「んだよ。この俺の目の前で予告状作っておきながら、今更関係ないとか言うなよ?」
「馬鹿言うな。遊びじゃねーんだぞ。いつ奴らが現れるとも知れねーんだ」
「んなもん、言われるまでもねえ」
パソコンを弄っていた手を止め、キッドがコナンへ向き直る。
二人とも何気なく会話をしているが、それぞれに組織壊滅のための重要なプログラムを構築している最中だ。これが組織のネットワークに侵入している時ともなれば、流石に顔を引き締める彼らだが、互いに信頼しきったパートナーとともにいる時は、たとえそれがどんなに切羽詰まった状況であっても、決して余裕を失わない。
その相棒が、わざわざ手を止めて真剣な顔で見つめている。それがどういうことか、もちろんコナンにも分かっている。
けれど。
「分かってんだろ、怪盗キッド?」
コナンも手を止めて向き直れば、情けなく歪んだ怪盗の顔。
ポーカーフェイスをどこかに置き忘れてきてしまったらしい怪盗に、コナンは尚も意地悪く言うのだ。
「法だなんだと拘るのは俺やお前の役目じゃねえ。ジョーカーはジョーカーらしく、掟破りでいこうじゃねーか」
――できることなら、その手を罪に染めることなく。
そんな優しい怪盗に、探偵はただ不敵に笑った。
「カウント10秒前。…5、4、3、2、1、」
――ゼロ。
その声と同時に一斉にビルの照明が消え、暗闇に支配された現場が一気に慌ただしくなる。
視界を奪うのが怪盗キッドの常套手段だが、今頃警察はパニック状態に陥っているに違いない。
なにせ――
「防犯システムへの侵入、占拠完了。五分はこっちで相手してやるから、思う存分遊んでこい」
そんな名探偵の心強い励ましを、耳に嵌めたインカムから受けたキッドは、苦笑を微笑に変えて彼のステージへと飛び出した。
手元のパソコンでカタカタと忙しなくキーを打ち込むコナンは、防犯システムを復旧しようと四苦八苦する警備の方たちを相手に鬼ごっこ中だ。あれやこれやと弄する策のその全てを瞬時に見抜き、対抗するプログラムを物凄い速度で打ち込んでいく。おかげで全く使い物にならない防犯システムに頼るわけにもいかず、警察は自らの足と勘を頼りにキッドを追いつめなければならなかった。
しかも、照明は未だに復旧しない。それというのも、予告されたビルの設計図から電力経路まで何から何まで手元に揃えたコナンが、隣接するビルに設けた一室を拠点に、三台のモバイルパソコンでそれらを全て操作しているからだった。
「寺井さん、警察の動きはどうですか?」
「はい……予定通り、ダミーのひとつに向かっています」
「OK」
ニッ、と口角を吊り上げ、コナンは再びプログラムを打ち込み始める。
そろそろ五分が経つ頃だ。復旧の妨害を止めたコナンは、ビルのあちこちに仕掛けた罠の発動に専念した。
その横でコナンの補佐を行っていた寺井は、そのあまりの手腕に終始驚かされっぱなしだった。
――今度のシゴト、こいつもサポートにつくから。
そう言って紹介されたのがつい二日前。
初めは表の仕事のことを言っているのだろうと思った寺井だったが、それが裏のシゴトのことだと聞かされた時は、いったいなんの冗談かと思った。こんな子供になにができるのか。いや、それ以前に、黒羽快斗が怪盗キッドであるというトップシークレットをこんな子供にばらすなど、この若い主はいったいなにを考えているのか、と。
けれど、子供はその異常性をすぐに顕した。
あらかじめキッドが寺井とともに立てていた計画に眉を寄せたかと思うと、すぐに警備センターへの侵入経路を割り出し、そのプログラムを解読し。既に手元にあったビルの設計図に、罠を仕掛けるポイントと警備が重点的に行われるだろうポイントを何倍も詳しく書き込んだ。その上モバイルパソコンを三台も用意したかと思うと、それぞれに別々の画面を繋ぎ、それを同時に操作するなどと言い出して。
そもそも、キッドの犯行におけるサポートとは、寺井の能力値によって組み立てられており、IQ400などという規格外の天才であるキッドの能力に頼っている範囲が広い。それは寺井も理解しているし、その上で協力しているのだ。
だから、キッドと同じではないにしても、限りなくそれに近い能力値を持ったサポーターがつけば、キッドの犯行がより高度で安全なものになるのは当然のことだ。そしてこの子供は、その能力を持っているのだ。
「A―4、起動。G―1、起動。……ヘリがおよそ1.5キロ離れたら離陸しろ。警察がダミーに気付く頃には、お前の影すら見つけられねーよ」
『了解』
短い返事に、コナンは満足そうに笑った。
「寺井さん、すみませんが、ここの片付けをお願いします。僕は隣の仕掛けを回収してきます」
「はい、ですが、……その、大丈夫ですか?」
寺井の問いかけに、きょと、とコナンが瞬く。
けれどすぐに彼がなにを言いたいのかに気づき、苦笑を浮かべた。
「ご心配なく。俺もあいつと同じで、裏方より現場向きですから」
そして身を翻すと、コナンは音もなく暗闇に溶けるように消えてしまった。
「……なんて、子供たちでしょうね……」
獣のように気配を絶ち、じわじわと追いつめ、獲物を仕留めるその天才的なセンス。
頼もしいような、……哀しいような。
寺井は複雑な溜息を吐く。
今はただ、過酷な現実を生き抜く術を、逞しくも強かに身につけた彼らが無事生き抜くことができるるよう、静かに願うばかりだった。
『……まだそこにいるのか?』
闇に紛れ、人目を避けながらビルを駆けていたコナンは、不意にインカムから聞こえてきた声に思わず笑みを零した。
彼にこの計画は話していない。それでも違わず自分の行動を読んでくれるとは、本当に頼もしい相棒だ。
実を言えば無理に仕掛けを回収しなくても、そこからキッドの正体がばれるようなことがないことは分かっていた。
それでもこうしてコナンが仕掛けを回収したのは、万が一への備えであり、そして、
――これからの戦いへの、準備。
これから自分たちは、こんな状況など比較にならないほど過酷な状況に陥っていくだろう。そしてその状況を、自分たちの存在を示す痕跡を一切残さず、巧みに、狡猾に、切り抜けていかなければならない。
そう、これは演習なのだ。
コナンは今回、防犯システムを占拠するという暴挙に出た。けれどただひとつの痕跡も残さなかったそれを、まさかキッドではなくこんな小学生が行っていたとは、誰も思いもしないだろう。しかも一時的にだが、プログラムを改竄し、修復を行ったりもしたのだが、未だになんのアクションもないところを見ると、誰も気付いていないのだろう。
怪盗キッドというその特異な存在が、江戸川コナンを、否――工藤新一という存在を見事に覆い隠してくれている。
「……今、二十五階の東階段だ」
『迎えに行くから待ってろ』
「了解」
コナンはすぐ近くの窓へ飛び上がると、鍵を開けて桟に足をかけた。眼下には目が眩むほどの光が溢れている。一歩間違えれば落下してしまうようなこの場所で、けれど恐怖のひとつも感じずに立っていられるのは、こちらへ近づいてくる白い鳥の凛とした気配を感じるから。
ビルまであと数メートルという距離にキッドが近づいた時、コナンは躊躇いなく桟を蹴った。小さな体が空に投げ出される。それを怪盗の腕がしっかりと受け止め、二人は悠々と夜の東都を駆けた。
天には星が、地には夜景が、二人を包み込むように光で溢れている。
「一度やってみたかったんだよな、コレ♪」
「……だから嫌だったんだ」
楽しげな声を上げる子供に、怪盗は不満そうな声を上げた。
それでも、子供を抱き締める怪盗の腕は緩まない。怪盗の首に回された子供の腕も、緩まない。
そうしてひとしきり騒いだ後。
「……キッド」
「……なに?」
子供の口から、ふ、と吐息が漏れた。
「……お前もいつも、こんな気持ちだったのかな……」
黙ってしまった子供に、怪盗は今一度、「だから嫌だったんだ」と呟いた。
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