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Second kiss 3




 12月31日――――――怪盗キッドの犯行日。

 連日雪が降り続いていたにも関わらず、今夜は珍しくも快晴となった。
 これもあの怪盗の魅せる奇跡なのかと思うと、いつもなら皮肉のひとつでも口をついてしまう白馬だが、今日は不適な笑みを口許に掃くだけだった。

 今夜は自分の持つ力全てを持って、キッドと真っ向から勝負をするのだ。
 負けることは決して赦されない。
 なぜなら、あの大胆不敵な怪盗から、その犯行理由を聞き出さなければならないのだから……

「…今夜も、万全の体勢で臨みましょう、警部。」
「言われるまでもない!」

 既に臨戦態勢万端の中森は白馬に向かって頼もしい笑みを向けると、てきぱきと警備配置の指示を始める。
 その何度負けようとも決して屈することのない強かさがなければ、キッドを何十年も追い続けることなどできないのだろう。
 そう思って、白馬が笑みを濃くしたとき。

「そうだ、白馬くん。今夜はもうひとり探偵が来るから、そのつもりでいてくれ。」
「?…もうひとり、ですか?」
「ああ、彼は一課の方で活躍しているんだが――――――」

 言いかけて中森が口を噤む。
 ザワリ、と野次馬の間にざわめきが起こったからだ。
 数人の警官たちが必死で押し留める向こうから、ざわめきがまるでさざ波のように広がっていく。
 何事かとそちらへ向かおうとした中森だったが、警官のひとりの報告の声で悟った。

「警部、工藤さんが着きました!」
「ああ、工藤くんか。」

 それならこの騒ぎも仕方ない、と中森は思わず渋面になる。
 一時期―――今ではもう滅多にないのだが―――キッドの現場に現われていた探偵は、それはもうすごい人気ぶりだった。
 毎度飽きもせず蟻のように現われる野次馬はもちろん、職務中の警官ですら浮き足立ってしまう。
 自分の娘と同じ年の子供相手に騒げるはずのない中森をのぞき、彼の探偵は警官の間ではほぼアイドルと化している。
 まあ、本人がそれを楽しがってるようにも見えないので(実際気にしてないだけ)、放っているのだ。

 が、もちろんそのあたりの事情を倫敦にいた白馬が知る由もなく。

(工藤くん!?彼が、なぜここへ…?)

 思わず驚きに目を見開いてしまった白馬に、中森が説明した。

「君も名前ぐらいは知ってるだろう?さっき言った探偵が工藤くんだ。
 彼は君が倫敦に居る間、二課の方にも手を貸してくれててな。やはり救世主と言われるだけの腕を持っとる。
 何せ、キッドの奴を追いつめたことも一度や二度ではないし、キッドはターゲットを奪えずに尻尾を巻いて逃げることもある。」

 中森は長年キッドを追いかけているため愛着もあるが、それ以上にやはり出し抜かれれば悔しい思いをする。
 それに自分が警官である以上私情は二の次で、警察の威信も守らなければならない。
 初めは白馬同様「こんな子供…」と思っていた中森だが、その手腕の鮮やかさに、今では貪欲にそれを吸収しようと努力する姿勢が見られる。
 そのため、今回の新一の遠征を、警部は特に反対するでもなく受け入れたのだった。

 けれど白馬は初めて聞かされる話に驚くばかりだ。
 あの工藤新一が、自分が倫敦に行っている間キッドの事件に深く関わっていたのだと言う。
 あの、黒羽快斗と同居している、工藤新一が。
 そこに何らかの繋がりがあるのではと、考えてしまうのは至って自然なことである。

「今晩は、中森警部。それに、白馬探偵。」

 と、その思考を遮るように新一の声が聞こえた。
 なんとか野次馬を掻き分けてここまで辿り着いたのだ。
 が、その後ろのもうひとりの存在に気付き、中森が怪訝そうに眉を寄せる。
 けれど新一は気にすることなく説明した。

「こっちは大阪の探偵で、服部平次です。」
「ああ、服部本部長の息子さんか…」
「どうも、おおきに♪」
「それで、どうしてもキッドの現場を見学したいって言うんで…」

 連れて来ちゃったんですけど、駄目でしょうか?

 申し訳なさそうにそう問いかけた新一に、中森は一瞬複雑そうな顔をする。
 いくら探偵とはいえまだ高校生、しかも一般人だ。
 軽々しく現場に足を踏み入れさせるわけにはいかない。
 が、本部長の息子というならその辺りの意識はしっかりしているだろうとも思う。
 それになにより……

 この、顔が。
 隣人の亡き友人の息子の顔とどうしてもダブる。
 そう言えば快斗くんは、工藤くんと同居しているらしいと娘から聞いたなぁ、などと関係ないことを考えていると。

「警部さんらの邪魔はせーへんから、見学さしてもろてもええやろ?東京警察の手腕っちゅーのを見てみたいんやv」

 愛嬌の良い笑顔を浮かべながら、あくまで下手で服部が言う。
 新一はその奧のしたり顔が見えているだけに何も言えないでいると、気をよくしたらしい警部が笑顔で言った。

「なに、そういうことならぜひ見学していきなさい!」
「ホンマ?おおきに!話わかるわ、警部さんv」
「だが邪魔はせんように。いいな?」
「もちろんや!」

 こうしていとも簡単に警部に了承を得た服部は、新一に向き直るとニッカリと笑って見せた。
 それには新一も乾いた笑みしか返せない。

 と、突然―――予想はしていたが―――ふたりは白馬から声を掛けられた。

「…今晩は、工藤くん、服部くん。」
「…ああ。」

 ほんの少し間を置いて返事をすると、意外にも白馬は申し訳なさそうに謝ったのだった。

「先日は失礼しました。」
「え?」
「あまり良い態度とは言えない上、夜分にお邪魔したというのに何のお詫びもせずに…」
「…いや、そんなのは良いんだけどさ。」

 新一は気が抜けた、とでも言った様子で頬をぽりぽりと掻く。
 あの最後の挑むような視線から、てっきりもっと突っかかってこられるかと思ったのだが。
 白馬は新一の返事に「良かった」と言って安心した顔をしている。
 予想していたものと違って、新一は躊躇いながらも言った。

「…お前、俺のこと嫌いじゃねぇの?」
「なぜです?」
「いや…だって……お前、俺のこと睨んでた、し。」

 本当は別の理由だと判っているけれど、さすがにここで口にするには躊躇われると思い、そう答えると。

「あれは、…すみませんでした。本当に。ただの八つ当たりだったんです。僕自身何が何だか判らなくて、君に当たってしまった。」

 そう謝った白馬は本当に申し訳なさそうな顔をしていて、ほんの3日前に感じたような嫉妬はどこかへ飛んでいってしまった。
 それどころか、第一印象よりずっと誠実らしいその態度に好意すら持ってしまって。

「気にすんなよ。俺も気にしてないからさ。」

 な?と言って、新一は服部や快斗に魅せるような、本当に心を許した者にだけ向ける笑顔を浮かべた。
 ほんの3日前には荒んでいた気分が驚くほど晴れている。
 白馬が快斗を好きだろうという事実は変わらなくとも、白馬探という人物に、新一は素直に好意を持てた。

 が、心穏やかではなかったのは白馬の方で。

(――――――っ!!!)

 思わず、と言った仕草で口許を押さえる。
 向けられた笑顔に、なぜか鼓動が跳ね上がるのを感じた。
 それはどこか快斗と似た顔が見たこともない笑みを浮かべたからなのか、それとも…

「じゃあ服部、俺、警部のとこ行ってくるから。」
「ほんなら俺もどっかそのへんおるわ。」

 じゃあ、と言って新一と服部は別れる。
 白馬は慌てて新一の後を追ったが、その後ろ姿を眺める服部の視線には気付かなかった。





「ここ、警官を3名ほど配備出来ますか?」

 仮設されたデスクの上に広げられた図面を指しながら、新一は中森に問う。
 新一が示したそこは、この指令本部の部屋の直ぐ隣にある通風口だ。
 館内のあらゆるところに通風口はあり、中森は侵入されやすそうな死角には警官を配備させていたが……
 この、いかにも安全と思われる場所こそが死角だと新一は言うのだ。

「いくらなんでも、警官だらけのここから来ることはないんじゃ…」
「…お忘れですか?相手は、あの大胆不敵な怪盗キッドですよ。」
「!」

 確かに一理ある、と中森は頷く。

「白馬もそう思うだろ?」
「ええ。それか、地下の防犯センサーを潜ってくるか…」
「それもそうだな。出入り口にも警官を数名、マスクをつけた人たちを配備した方が良いな。」
「では、展示室の警備から人数を少し割こう。展示室にはワシが着く。」
「なら僕は、万一の場合に備えて屋上で待機します。」

 今日の風は穏やかで、キッドの十八番であるハングライダーを使うにはちょうど良い。
 おまけに天気も良いとあれば、あの気障な怪盗が夜空の散歩を決め込まないとも限らない。
 そう言って自信に満ちた笑みを浮かべる新一に中森も力強く頷いた。

「では、無線の番号はこのままで。僕も常にインカムをつけてますので、何かあればどうぞ。」
「わかった。」

 耳に繋いだ無線を確かめる新一。
 中森は警備配置の変更を伝えるため展示室へと向かった。
 そこで、司令本部には出入り口を固める数人の警官と新一と白馬だけとなった。
 と、同じように無線を確かめながら白馬が口を開く。

「…僕なりに、あのあと考えてみたんです。」
「え?」

 唐突に脈絡のない話を振られ、新一は咄嗟に何のことか判らずに白馬を見返すが、直ぐさま3日前のことを思い起こす。
 白馬が言っているのは、3日前に工藤邸で言っていたこと――――――快斗を捕まえてどうしたいのか、と言うこと。

 が、新一がどう答えて良いか考えあぐねていると。

「捕まえたい、という気持ちは確かにあります。でもそれは、君の言うものとは少し違った…」

 捕まえたい。でも、断罪したいのではない。
 彼を犯罪者として監獄に入れたいわけではなかった。

「僕はいつも、犯人に対して尋ねてしまうことがあります。どうして罪を犯さなければならなかったのか、その理由を。」
「…それで?」
「彼と初めて対峙した時も尋ねましたよ。だが、彼は答えてくれなかった。」

 当たり前だろう、と新一は思う。
 彼の存在理由は軽々しく口に出来るものではないのだ。
 口にしたその先から、その人までをも巻き込んでしまいかねない危険なのだから。
 自分は、この先の全てを共有すると誓い合ったから、その秘密を知ることができただけ。

「彼に言われたんです。“それを捜すのが君の仕事だろう”、と。」
「……キッドらしいな。」

 またそんな挑発するようなことを…と、こっそり頭を抱えながらも新一は白馬の話に耳を傾ける。

「正直、頭を殴られた気分でしたよ。最初は腹が立ちました。でも考えてみればその通りなんです。善悪をつけるのは僕のすべきことじゃない。謎を追究する、それが僕の仕事だった。
 ですから、彼の“理由”を暴いてやろうと躍起になって追いかけました。でも…どうしてもその“理由”は見つからなかった。」

 何十年も前に遡り、行方を眩ます前の怪盗についても調べた。
 狙った獲物、獲物の所持者、犯行日、残された痕跡……
 あらゆる面からメスを入れてみたけれど、それでも怪盗キッドの犯行理由は見えてこない。
 世間で言われるような義賊ではないと思う。
 けれど、ただ思うだけだ。
 そこには確証も根拠もない。

「必死になって捜すうちに……気付けば、彼のことしか頭になかった。」

 新一はそっと目を瞑る。
 自分にも覚えのある感覚だけに、白馬の気持ちは痛いほどわかった。

「僕は彼の“理由”をどうしても知りたい。でもそれは捕まえたいからじゃなく、ただ純粋に……彼の真実を知りたいから、なんです。」

 白馬の声に迷いは感じられなかった。
 この3日で彼なりの答えを見つけたのかも知れない。
 新一は眼を閉じたままそっと笑みを浮かべる。
 不思議と、この間のような嫉妬は沸き起こらなかった。

「…それで良いんじゃねぇか?」

 白馬が新一を振り向く。

「真実を求めて追いかけるのが探偵だろ?…それで良いと思うぜ。」
「工藤くん…」
「俺たちはさ、良くも悪くも探偵なんだ。警官や法律家を選ばなかったのは……そういうことなんじゃねぇ?」

 法律に則られ善悪を裁くのではなく、ただ純粋に真実を追い求めていく。
 そう在りたかったから、探偵の道を選んだのかも知れない。

 緑山に言われても今ひとつ納得できなかったものが、今、わかったような気がした。

「じゃ、俺は屋上にいるから。お前もなんかあったら無線でな。」

 そう言ってぴらぴらと手を振りながら新一は部屋を出ていく。
 その後ろ姿に、白馬は微笑を浮かべながら視線だけで礼をした。



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