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Peter Pan Crime 14




 艶やかな悲鳴をあげながらカクンと落ちた頭を掌で受け止め、快斗は自身も荒くなった呼吸を整えようと深呼吸を繰り返した。
 怪我を負った体で無茶を強いられた工藤は終には意識を失い、快斗にその体を預けて眠りの海に沈んでしまった。それを申し訳なく思う一方で、快斗は言葉にできない喜びを噛み締めてもいた。

 工藤を無理やり抱いた。どんな言い訳を挙げ連ねようと、それが強姦だという自覚はあった。
 だけど今、工藤の両腕は快斗の背中へと回され、その足は快斗の腰へと絡みついている。誰も触れたことのない奥深くへと受け入れながら、その体を快斗へと委ねている。まだなにも答えてもらえてはいなかったけれど、たったそれだけのことがどうしようもなく嬉しかった。

 向かい合った姿勢で工藤と繋がっていた快斗は、工藤の体をそっと横たえると、ゆっくりとその中から退いた。散々に吐き出した己の精液が溢れ、工藤の太腿を汚している。それを看病のために用意していたタオルで拭いながら、ふと吸い寄せられるままその白い肌に唇を寄せて、ひとつ、紅い花を咲かせた。
 誰にも、彼自身にも見えない場所に、証をひとつ。小さな、けれど確かな独占欲。

 その時、カタンと、扉の外で音がした。
 快斗は眠る工藤の顔を見下ろすと、涙に濡れて火照った頬をするりと撫で、冷えないようにとしっかりカバーをかけてからベッドを降りた。寛げていたジーンズを履き直し、ベッド下に放り出していたシャツを羽織って扉へと向かう。

 寝室を出れば、廊下には寺井が立っていた。その表情が硬く、どこか青褪めてすら見えるのも仕方ないだろう。
 工藤の治療が一段落してすぐ、「お二人があの場にいた痕跡を消して参ります」と言ってここを飛び出した彼が戻って来ていたことに気づいていた快斗だが、途中で止まれるはずもなく、そのまま工藤を抱き続けた。事の最中に踏み込むわけにもいかず、寺井は行為が終わるまでずっとここで待っていたのだろう。

「……坊ちゃま……」

 呼びかけたものの、なんと言っていいのか分からず口ごもってしまった寺井。
 彼に多大な心配をかけてしまった自覚のある快斗は、素直に謝った。

「ごめんな、寺井ちゃん。ずっとここで待っててくれたんだろ? とりあえずここで話すのもなんだから、座って話そう」

 快斗の提案を受け入れた寺井は、リビングへと場所を移した。



「それで、俺は事情を聞かせてもらえるのか?」

 リビングのテーブルで向かい合って座ったところで、快斗がそう切り出した。
 キッドの現場に足を踏み入れて、危ない連中に襲われて。怪我を負った工藤を治療するのに必死で、結局今までそのことを聞けずにいた。自分こそがキッドであり、記憶のない二年の間に活動していたことを最早快斗は疑っていなかったが、なぜ自分がキッドの名を継いだのか、そしてなぜそれを秘密にされていたのか、その理由を、事情を知る者の口からきっちり聞いておきたかった。

 すると寺井は、突然、深々と頭を下げた。

「――申し訳ございませんでした」

 そうして語ってくれた。消えた怪盗が、再びこの世に降り立ったその経緯を。
 八年の沈黙を破って復活したキッドは、寺井だったこと。かつて仕えた男を死に追いやった連中の尻尾を掴むため、復讐の鬼として蘇ったこと。今夜のようにキッドの現場に現れた快斗に事情を知られてしまい、快斗がキッドを継いだこと。
 そして――突然の事故。
 記憶を失った快斗の代わりに、寺井と工藤がキッドを演じていたこと。なぜ探偵である工藤がそんなものを引き受けたのか、怪盗と探偵として対峙したことがあることしか知らない寺井には分からないが、今日まで怪盗の正体が快斗だと明かされずに済んだのは、間違いなく彼のおかげであること。
 クラスメートである白馬に疑われていることも充分に厄介だったが、なにより工藤が危惧したのは――組織の存在だった。ただでさえ一度命を狙われ殺された黒羽盗一の息子という、あまりにも近すぎる接点。快斗が彼らの殺人のリストに載っていないとも限らない。そこへ、その息子が事故に遭った途端キッドの活動がなくなれば、勘のいい者になら気づかれてしまうかも知れない。
 だから寺井も工藤の計画に乗った。快斗というかけがえのない存在を守るために。

「……でも、だったらなんで俺の体が治ったときに話してくれなかったんだ?」

 確かに記憶はないかも知れない。けれど記憶がなくても、知識や技術を失ったわけじゃない。現に快斗は確保不能の怪盗の尻尾を捕まえることができた。実際は、その正体は工藤だったわけだが。
 怪我が完治したときに話してくれていたら、今夜工藤が撃たれることもなかったかも知れない。だからそう聞いた快斗だったが、寺井は沈痛な面持ちで項垂れた。

「寺井は……できることなら、坊ちゃまに真っ当な人生を送ってもらえたらと、思ってしまったのです。その私の弱さのせいで、工藤様を巻き込んでしまいました……本当に申し訳ありません」
「真っ当な人生、って……」
「貴方は、本当ならこのような重荷を背負うことなく、誰にもなにも疚しいことなどなく、マジシャンとして大成できたはずの方です。思い出すのならば、それも天命。ですが思い出さないなら、このまま日の光の下を歩んで欲しいと……そんな夢を、見てしまったのです」

 寺井は最早自分の膝に額を押しつける勢いで頭を下げていた。
 この数ヶ月間、ただの高校生として過ごす快斗の様子を伝え聞き、やはりこの方をこの道に引きこんでしまったのは間違いだったのだろうと、己を悔いた。けれど同時に、今その道に立つ少年を巻き込んでしまったことを、ずっと後悔していた。
 寺井は、己の行いに信念を持っている。だから後悔はない。それはきっと目の前の彼も、そしてあの少年も同じだろう。それを勝手に悔いるのは間違いかも知れない。
 それでもやはり、彼らの優しさを痛いほど知っているからこそ、願わずにはいられなかった――子供たちの、未来を。

「顔あげてよ、寺井ちゃん」

 最早見せる顔がないとでも言うように頭を下げたきり起き上がる素振りのない寺井に、快斗は穏やかに声をかけた。罵られるとは言わないが、少なからず彼の怒りを買うことを覚悟していた寺井は、戸惑いつつもそっと顔をあげた。
 快斗は寺井の目を真っ直ぐ見つめ返すと、ひどく真面目な声で言った。

「心配かけて、ごめん」

 そうして今度は快斗に頭を下げられ、寺井は慌てて立ち上がった。

「な……っ、おやめください! 坊ちゃまが謝ることなどなにも、」
「――ごめん。だけどキッドの衣装は、寺井ちゃんにも工藤にも譲れないんだ」

 再び顔を上げた快斗の瞳の強さに、寺井は息を呑んだ。そして悟った。
 この方は、自分が思うよりもずっとしなやかで強い人なのだ、と。

 寺井にはずっと、盗一に対する負い目があった。彼の息子である快斗に彼が「泥棒」であることを知られてしまったこと。そして父の後を継いで、彼もまた「泥棒」となってしまったこと。それはかつての主である盗一の息子を、犯罪者へと堕としてしまったことに対する罪悪感だった。
 けれどそうではないのだ。確かにきっかけは寺井だったかも知れない。しかしこれほど強く望む彼からキッドという存在を奪うことは、「守りたい」という大義名分を掲げた己のエゴなのだと、気づかされた。

「……本当に、申し訳ございませんでした」

 顔つきを改め、寺井は三度頭を下げた。

「謝らないでくれよ。寺井ちゃんは悪くないんだから」
「いいえ。私の勝手な判断で工藤様を巻き込んでしまいました」
「それこそ、寺井ちゃんのせいじゃないよ。工藤って頑固なところあるし、言い出したら聞かないもんな。――そういうとこも全部、大好きなんだけど」

 囁くように続けられた最後の言葉に、寺井は思わず顔をあげた。
 後始末から戻ってみれば、寝室からとんでもない声が聞こえて、本当に心臓が止まりそうなほど驚いたのだ。ただでさえ重傷を負った人になにをしているのかと、本来なら飛び込んででも諌めるべきだったのだろう。
 けれど寺井はそうしなかった。いや、できなかった。
 行為の間中、何度も何度も「好きだ」と囁き続ける快斗の真剣な思いを、あんな風に見せつけられては。

「坊ちゃまは、その……本気で工藤様のことを……?」

 同性であることを否定するわけではないが、決して楽な道ではないだろう。まして快斗はキッドという大役を背負っているし、その上今は過去の記憶もない。
 記憶が戻ったとき、もしも彼らが傷つくようなことがあれば――それではあまりに報われない。

 寺井の心配は、もちろん快斗も理解していた。それでもと、優しく案じてくれる目の前の老人に、快斗は力強く笑ってみせた。

「前の俺がどうだったかなんて知らないけど、もしも工藤に惹かれなかったっていうなら、よっぽど見る目がなかったんだろうな」

 茶化して言っているが、快斗は本気だった。記憶がないからと言って人格が変わったわけではないのだから、工藤が工藤で、快斗が快斗であれば、惹かれない道理がない。もしも工藤と出会わなければ、別の誰かに恋していたかも知れないが――たとえ再び今の記憶が消えてしまったとしても、自分ならまた彼に恋をするだろう。

 そんな本気を見せられては、寺井にはもうなにも言えることはなかった。ただ自分の命よりも大事な主と、その人を命懸けで守ってくれた彼が、幸福であることを願うだけだった。

「分かりました。寺井はもう、なにも言いません。ただ坊ちゃまを、工藤様を、全力でお支えいたします」

 自分の本気を受け止めてくれた寺井に、快斗は破顔しながら「ありがとう」と礼を言った。

「それで、今後はどのように?」
「とりあえず、寺井ちゃんは工藤の看病を頼むよ。怪我も怪我だし、無理させちまったから、まだ暫くは動けないだろうから」
「それはもちろん、お任せください」

 快斗ほどではないが、寺井もその辺りの知識には明るい。そもそも人事不省に陥るかも知れない快斗のために拵えた隠れ家だ。その治療を行えるとしたら、寺井しかいない。
 だが、快斗にとってなにより大事だろう人を他人に預けて、彼はいったいなにをするつもりなのか。

「坊ちゃまはどうなさるおつもりなのですか?」

 純粋な疑問と、多分の心配をこめて寺井は尋ねた。
 すると快斗は、なんとも不敵に笑いながら言うのだ。

「そりゃあもちろん、工藤を傷つけた報い――きっちり受けてもらわねーとな」



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