隠恋慕
天体観測
ある日の深夜。
夜遅くまで地下の研究室にこもって研究に没頭していた志保は、気分転換でもしようと自分で煎れたコーヒーを手に庭に出て、奇妙な光景を見た。
「…工藤君?」
呼び掛ければ、彼はすぐにこちらに気付いた。
「よお。こんな時間に珍しいな」
「…一体そんなところで何をしてるのか、聞いてもいいかしら?」
と言うのも、新一は工藤邸の屋根の上に毛布一枚引っ張り出して、寝間着姿のまま座り込んでいた。
風邪を引くでしょうなんて叱るよりも、こんな住宅街でそんな不審な行動をしている探偵の頭の方がよっぽど心配になってしまう。
むしろ、とうとう常識を捨てたのかと疑っていたのだが。
「天体観測」
なんて言葉が返ってきて、志保はちょっと驚いた。
天体観測と言っても、双眼鏡も何も手にしていない新一はただぼんやり空を見上げているだけだ。
今夜は確かに良く晴れていて、東都の夜空にも肉眼で見えるほど綺麗な星が出ている。
だが、見えるか見えないか以前の問題で、この男の口からはたしてそんなロマンチックな言葉が出てくるとは思わなかったのだ。
この、究極のリアリストの口から。
「…宮野。言いたいことがあるなら口で言え」
思わず、何か胡散臭いものでも見るように半眼で見上げていた志保に、新一は口元を引きつらせながらそう言った。
「別に、凶器と血と人の死体が大好きな探偵さんが、急に星を愛でるようになったからと言って、私に迷惑さえかけなければ何だっていいわよ」
もとより、この探偵や彼の恋人である怪盗の奇行にいちいち付き合っていたら、身体がいくつあっても足りやしない。
そう言う自身も充分奇人である自覚など、もちろん志保には欠片もなかった。
「で、甲斐甲斐しい貴方の奥さんはどうしたの?」
小うるさい小姑みたいな(失礼)あの男が、新一をこんな薄着で寒空の下に放り出しておくはずがない。
すると、
「夜のオシゴト」
と言って、新一はまたぼんやりと空を見上げた。
ああ。
そう言えば昼間、テレビから流れるニュースがあの怪盗の名を連呼していたような気がする。
研究の邪魔だからと、まだ見たがる阿笠が抗議するのも無視して電源を切ってやったことを思い出した。
なるほど、それで天体観測かと、志保は呆れたように溜息を吐いた。
全く、本当に、このばかっぷるに付き合わされるのはとても疲れる。
「…大丈夫よ」
ほんの少し冷めてしまったコーヒーを飲みながら、志保は冷たい声で、それでも暖かい言葉を紡いだ。
「大丈夫。貴方が平気なら、何も心配することはないわ」
だから、星になんか願わなくたって、絶対に大丈夫よ。
思わず顔を歪めた新一が、今にも俯いてしまいそうになった時、唐突に彼の携帯が鳴った。
慌てて通話に出る彼の口から、怒りと安堵の怒声が飛び出すのを、苦笑を浮かべながら見守った。
全く、本当に、――放っておけないから、疲れる。
連日「怪盗キッド、狙撃」のニュースを流していたテレビを憎たらしく思いながら、何より二日も連絡を寄越さなかった怪盗本人に、「帰ってきたらしっかりお灸を据えておかなきゃね…」と、志保は底意地の悪い笑みを浮かべた。
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