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雨宿り




 近頃、梅雨でもないのに雨の日が多い。
 別に雨が嫌いというわけではないが、出掛けなければならない用事がある日は、できることなら晴れてもらいたいと思う。
 でも、今日ばかりは雨でよかったと快斗は心底思った。
 もしも天に神さまがいて、涙を流していると言うのなら、もう暫く彼のために泣いてあげて欲しい。

 ――なんて、傲慢な願いだと思うけれど。



「…あれ。いつからそこにいたの?」

 頭から足の先まで、まるで水に浸かったようにびしょ濡れの快斗は、ぽかんと口を開けながら間抜けな声を上げた。
 別にザーザー降りというわけでもないのに、たっぷり水を含んだ髪は重く彼の肌に貼り付いている。
 似たような格好で、新一は苦笑を噛み殺しながら溜息を吐いた。

「ばーろ。おまえが気付かなかっただけで、ずっとここにいたよ」

 吃驚眼が泣き笑いのような顔になる。
 そっか。
 小さな呟きがどうにも切なかった。

「親父が死んだ日も、こんな雨の日だった」

「ああ」

「命の重さは、…変わらないんだね」

「…ああ」

 泥で汚れた手の中には色とりどりの花が握られている。
 それは、今日、永遠の眠りについた小さな小鳩のための手向けの花だ。
 彼は卵から孵った時から病弱だった。
 そう遠くもないいつか、死んでしまうことは分かっていた。
 それでも。
 たった二週間の命でしかなかったけど、それでも。

「…寂しいね」

「…そうだな」

 新一は快斗のびしゃびしゃの髪をくしゃりと撫でた。

 今日が雨でよかった。
 別に泣き顔を見られたくないとか、そういうことじゃなく。
 雨はきっと、道標だから。
 空と地上を繋ぐ、道標だから。
 だからこんなにも悲しく、こんなにも優しいのだ。

 快斗は持っていた花を小さなお墓の上にそっと供えた。

「新一、びしょ濡れだね」

「おまえもな」

「俺、傘持って来てないし、風邪引いちゃうよ。どっかで雨宿りしよう」

 ここは快斗が毎日にようにあの小鳩を連れてきた公園だ。
 きょろ、と見渡せばすぐ側に小さな休憩所があった。
 けれど、歩きだそうとした快斗を引き留めるように、新一が手を引いた。

「?しん、」

 ――いち。
 言いかけた言葉を、新一の唇が奪い去る。
 白くけぶる小雨の中、唐突に仕掛けられた口付けに驚いた快斗は、気付けば新一の胸に抱かれていた。

「どこかじゃ駄目だ。ココじゃなきゃ許さねえ」

 どういう意味だろう、と快斗は首を傾げる。
 けれど、ふと、押し付けられた頬に新一の熱を感じた。
 それだけじゃない、鼻先を掠める匂いも、目に映る見慣れた制服も、何もかもが新一のものだ。
 それだけで、ジンと滲みてゆく何か。

「――…っ」

 嗚咽を噛み殺すように、快斗は新一の腕の中で泣いていた。
 本当はずっと我慢していたのだと、自分でさえ気付いていなかったのに、彼はいつから気付いていたのだろう。

 今までに多くの相棒を失ってきた。
 父親でさえも、失った。
 それなのに、何度この場面を迎えようと、決して慣れることはないのだ。
 そして思い知らされる。
 自分がどれほど多くの命に関わりながら生きているのかと。

「新一は、…いてね。ずっとここにいてね。俺が死ぬまで、…死んでも。ずっとずっと一緒にいてね…」

 ――なんて、馬鹿な願いだと思うけれど。

「いるさ。俺はずっとここにいて、全ての悲しみからおまえを守ってやる」

 だから、泣きたくなったら、ここにおいで。
 そんな風に言うものだから。

 今日が雨でよかった。
 雨はきっと、人の流す涙なのだ。
 涙はきっと、悲しみを流す雨なのだ。
 だから涙はこんなにも悲しく、雨はこんなにも優しいのだ。



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