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川原の土手で




「あ、工藤君」

 そう言って立ち止まった後輩刑事につられるように、佐藤美和子も足を止めた。
 聞き込み帰りに二人してまったりと川原沿いの道を歩いていた高木が、佐藤を通り越して遠くの方を眺めている。
 聞き慣れた名前に振り返って見れば、そこには警視庁お抱えの救世主さまが、何とも楽しげに走り回っている姿があった。

「あら、珍しいわね」

 事件のない日は本にかじり付いている本の虫なのに。
 佐藤の偽りない口振りに高木は苦笑する。

「一緒にいるのって、黒羽君ですかね」

「そうみたいね。有名人二人がこんなところで何してんだろ」

 一方は高校生探偵として、もう一方は新進気鋭の若手マジシャンとして、どちらも全国区、世界レベルでファンを持っちゃってる有名人なのだが。
 当の彼らにはあんまり自覚がないらしく、行く先々で挙がる黄色い声にもまるで頓着していないようで。
 今度はいったい何をしているのかと見てみれば、探偵とマジシャンは川原の土手でひとつのサッカーボールをまるで子供のように追いかけ回していた。

 探偵の足先で生き物のように跳ね回るボールを、マジシャンが負けじと奪い取る。
 それを蹴り転がしながら、どこがゴールかも分からない土手を縦横無尽に駆け回る。
 するとマジシャンの後にぴたりとついていた探偵が隙を見てボールを奪い返し、今度は逆方向へと走り出す。

 蹴って、走って、追いかけて。
 奪って、蹴って、また走って。

 子供のように無邪気に駆け回るその姿に、二人の刑事は思わず笑みをこぼした。
 普段、非日常的な場面で出くわすことの多い彼らだが、こうして見てみればまるでどこにでもいる普通の高校生だ。
 時折「しまった!」やら「このやろー!」なんて声が聞こえてくるのもご愛敬。

「そういえば工藤君て、確かプロから声を掛けられるくらいサッカーがうまいんじゃなかったかな」

「えっ、プロから?凄いじゃない!」

「はい。でも、僕がなりたいのは探偵だからって断っちゃったそうですよ」

「勿体ない…でも、工藤君らしいわね」

 サッカーはあくまで体力をつけるため、とか言いそうよね。
 まさにその通りなのだが、もちろん佐藤はそんなことは知らなかった。

「でも、じゃあ、その工藤君といい勝負してる黒羽君もかなりうまいってこと?」

 言われてみれば、お遊びにしては結構高度な気もする。
 サッカーについては、ワールドカップの時ににわかファンになるぐらいの知識しか持ってない佐藤だが、そう言えば探偵はそのワールドカップを彷彿とさせるような、なかなかの動きをしている。
 それについていけるマジシャンがさすがなのか。
 けれど、

「あ…」

 と再び声を挙げた高木に促され彼らを見遣ると。

「え?」

 何やら、おかしな方向に動き出すサッカーボール。
 しまった、とあからさまな表情を浮かべるマジシャン。

「てんめー、快斗っ、この俺を騙そうとはいい度胸じゃねーか!」

「あはは、ごめーんv」

 いつの間にか二人は、ボールをそっちのけで追い駆けっこをしていた。
 頭から湯気を出しながらマジシャンを追いかける探偵と、へらへらとしまりのない笑みを浮かべながら探偵に追いかけられているマジシャンと。

「「…」」

 思わず無言でその様子を傍観していた二人の刑事は、揃って微妙な笑みを浮かべた。

 絶対、今のはわざとだ。
 騙そうと思えば本気で騙せる技量をマジシャンが持ってることも、見破ろうと思えば本気で見破れる慧眼を探偵が持っていることも、二人はよく知っている。
 要するに、マジシャンが探偵をからかっていたのだ。
 一瞬でも探偵が騙されたと言うことは、普通にプレーしても遜色ないほど、マジシャンのサッカーの腕もいいということだろう。

 気付けば探偵に追いつかれたマジシャンがのし掛かった探偵に押しつぶされている。
 土まみれになりながら、そんなことなど気にもしない彼らは、まるでじゃれ合う二匹の子猫のようだった。

「ほんと仲いいんだから、あの二人」

 くすくす笑いながら、佐藤は「行くわよ、高木君」と高木に声を掛け歩き出す。
 その後ろに続こうとした高木は、けれど。

「――!?」

 踏み出した足が固まる。
 吃驚しすぎてそのまま転けそうになったが、何とか踏みとどまった。

「高木君?何してんの、置いてっちゃうわよ」

 その声に慌てて後を追うが、不審そうな佐藤に高木は曖昧な笑みを向けただけだった。
 尚も訝しげな佐藤を誤魔化しつつ、高木は懸命に背後を振り返らないよう努めた。

 ――見て、しまった。
 逃げ回り、追いつかれ、探偵に捕まったマジシャンが。

 探偵に、キス、するのを。

「…!」

 ぼっ、と高木の顔が赤くなる。

 引き寄せられ、目を閉じた探偵。
 顔を上げた瞬間の、微笑み。

 ああ、どうしよう。
 気付いちゃったよ、工藤君。

 いつも君がその笑みを向けていたのは、黒羽君だったんだね。



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