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輝石乱舞 1

 人の波で溢れかえる空港内をさして苦労することなく進む人影がふたつ。
  ひとつは人波を突き抜ける長身の男、そしてもうひとつは細身の端正な顔をした少年だった。
  男は肩にカメラバックとスポーツバックを提げているが、対する少年は荷物らしい荷物といえば小さな鞄がひとつだけという軽装だ。
  旅行者にしては珍しい組合わせである。
  それもそのはずで、彼らは観光客とはかけ離れた目的でこの中国へとやって来たのだった。

 「やぁ、ケイゴ。良く来たね、待ってたよ」

  と、銀縁の丸眼鏡を掛けた優男がにこやかに話しかけてきた。
  それへ男――七瀬啓吾こと白牙は、少年――快斗の背を押し出すようにして向き合った。

 「乱気流でちょっと到着が遅れてな。紹介するよ、こいつは俺の助手の黒羽快斗だ」
 「宜しく、伍警部殿」

  そう言って礼儀正しく右手を差し出した快斗に伍は胡散臭そうな顔を向けた。

 「本当に彼がそうなのか?」
 「お疑いならパフォーマンスのひとつやふたつ、披露してみせますが?」
 「……いや、ケイゴの連れを疑うつもりはない。ただ、どうもその変装がしっくり来なくてね。どうして少年なんだ?」

  不思議そうに首を傾げる伍に快斗はくすりと笑みを漏らす。
  まさかこれが怪盗キッドの素顔などとは誰も想像つかないだろう。
  それはこの中国の敏腕警部も同様らしい。

 「警部殿のご想像にお任せしますよ」

  その笑みに老成されたものを感じた伍は、やはりこの少年もまた白牙のように、そこらの犯罪者とは比べようもないほどクセのある人物なのだろうと思った。

 「とにかく場所を移そう」

  と、それまでにやにやと楽しげに笑っていた白牙が急に表情を改めた。
  快斗に向き合っていた伍もああと頷く。

 「そうだな。ケイゴの話とやらを聞かなきゃならん」
 「あんたにとっても悪い話じゃないぜ?」

  ただ、ちょっとばかり、秘密を共有してもらうことになるけどな。



 * * *

「伍。本当に奴に任せて大丈夫なんだろうな?」
 「ええ、本件は彼の援助なしで解決することはできないでしょう」

  多分な、と心中にだけ呟きをもらし、伍は小さく溜息を吐く。

 「私はまだ奴を信用してはおらん。充分注意を払え」
 「了解」

  それきりブツリと切れた携帯を放り出し、伍は薄暗い路地裏に止めた車の中から一方方向をじっと目を凝らして見つめる。
  予定ではそろそろドンパチが始まってもおかしくないのだが……
 そう思った時、まるでタイミングを計ったかのようにひとつの銃声が高々と鳴り響いた。
  それを合図に無数の銃声が響き始める。
  それによって友人が怪我を負うことなど全く心配していないが、友人によって怪我を負わされる人間が何人いるのか、そちらの方が心配になってしまう伍だ。
  それだけの実力を彼、白牙が備えていることを知っているし、白牙の連れである大怪盗もまた計り知れない実力を有していることも知っていた。

 「大体、そんな大物怪盗とどこで親しくなったんだか……」

  ふぅ、と明らかな疲労を滲ませた溜息をもらす伍だが、もういい加減慣れ始めてもいた。
  なにせ白牙という男は何もかもが掟破りの男だが、元はと言えばその白牙を紹介した友人が元凶だ。
  あの工藤優作を友人にしてしまった時点で掟破りも何もないのだろう。



  二日前、突然ふらりと故郷へと帰ってきたかと思えば、白牙はとんでもない話を持ち掛けてきた。

 「怪盗キッドと共同戦線を引かねぇか?」

  ひと言で言えばその通りなのだが、中国警察の警部である伍にその話を持ち掛ける時点で何かが間違っている。
  大体にして、自身も未だ世界警察にその身を追われる犯罪者だということを自覚しているのだろうか。
  ――否、白牙の場合、たとえ自覚していたところで何が変わるはずもないのだが。

  とにかく、そうして話を持ち掛けられた伍は当然の如く快諾などできるはずもなく。
  一体どうしてそんな話になるのかと説明を求めれば、夏前のあの騒動が発端だと言うではないか。

  夏前。
  日本へと逃げ込んだ指名手配中の臓器密売人、黒星を伍が追いかけていた時のことだ。
  黒星は逃亡中だというのにその先々で犯罪を繰り返していた。
  伍は手続き云々のロスを省くため日本政府には無許可で入国し、単身その男を追跡していた。
  その時、ちょうど日本に滞在中だった白牙に援助を求めたのだ。
  公にはできないが、白牙は中国警察の特殊機動部隊に所属している。
  それは警察でも上部の、それも一部の者しか与り知らぬことだ。
  そして伍は白牙とふたりで黒星の追跡を開始したのだが……

 当然と言えば当然、自国で起こった犯罪を日本警察が黙って見過ごすはずがなく、一時は救世主とまで騒がれたひとりの探偵に捜査協力を願い出た。
  探偵の名前は工藤新一。
  まだ高校三年生の、けれど日本では誰よりも名の知れ渡った名探偵だ。
  そして何の因果か、その探偵は白牙にとって己の命よりも大事な存在なのだと言う。

 〝大事な宝石〟

  白牙がそう称する所以を未だ知らない伍だが、その存在はもう随分昔から知っていた。
  多分、始めて顔を合わせた時――白牙が十五歳の時――から言っていたと思う。
  なぜ捕まるかも知れないリスクを犯してまで正体を明かすのかと聞いた伍に、白牙は笑って答えた。

 〝あの宝石を守るためには、命ぐらい懸ける覚悟が必要なんだよ〟

  黒星が日本に来た目的は中国政府から逃れるためではない。
  ひとつは彼が所属する中国の巨大組織から白牙暗殺の依頼を受けたため、そしてもうひとつは――〝蒼い目の天使〟を捜すため。

  〝蒼い目の天使〟が誰を指すのか、伍は知らない。
  けれど白牙が大事にする新一の目もまた蒼いことは知っていた。
  黒星は新一を脅かす厄の芽だ。
  早めに摘むに限る。

  そして。

 「彼は私にとっても失えない存在なので」

  そう言った怪盗の目は、少年に変装していたにも拘わらず白牙にも負けない危うさを孕んでいた。



 「優作の息子であることを差し引いても、工藤新一はミステリアスな存在だな……」

  初めの銃声が聞こえてから一分と経っていないが、既に銃声は鳴りやんでいる。
  結果は……予測するのも馬鹿らしい。
  なんせひとりは十歳にも満たない幼さで裏社会を生き抜いてきた殺し屋と、もうひとりはその殺し屋に徹底的に鍛え上げられた怪盗なのだから。
  案ずるまでもない。

 「信用に足る男かどうかの小手調べだったんだが、相手が弱すぎたか」

  これじゃあ資料にもなりやしないと、伍はまたひとつ溜息を吐いた。



 * * *

 大きな硝子窓に額を押付けながら、快斗は真下に広がる目が眩むほどの夜景を見下ろしていた。
 ぶらぶらと足を揺らしている様はどこか幼いのに、眼下を見据える双眸の鋭さは無垢な子供にはないものだった。

  今、快斗をこの地へと連れてきた相棒は昔馴染みの警部のもとへと出払っている。
 そのためまだ高校生の己には見合わない高級ホテルで、快斗はひとりきりで延々と下らないことを考えさせられるはめになった。

 〝――躊躇うな〟

  白牙はそう言った。
  快斗自身、それは言われるまでもなく己の弱点だと気付いていたことではあるが、実際に行動に移してみて実感させられた。
 それが快斗にとって唯一で、最大の弱点なのだと。

  怪盗キッドは人を傷付けない。
 それは父親から受け継いだモットーであると同時に、快斗の弱さでもあった。
  父親を奪った連中のようにはならないという強い思いの裏にある、命を奪うことへの――奪われたことのある者にしかわからない、恐怖。
 それが、たとえ死ぬか生きるかの瀬戸際であろうと快斗の心を躊躇わせる原因であった。

 「……わかってるさ。お前はこう言いたいんだろ――虎になれ、って」

  野生の獣が生きる世界は弱肉強食の世界だ。
  生き死にに卑怯も何もない。
  弱ければ餌になり、強ければ喰らう。
  日々が命を懸けた死闘となるのが定石だ。

 そして、言うなれば自分たちは野生の獣と変わらない世界で生きている。
  負けることは死を意味するのだ。
 その中で自分は人間だと主張してみても大した意味はない。
 それならば、いっそ自らも虎となって強者となればいい。
  白牙はそのために快斗をこの地へと連れてきたのだ。

 だが、腐っても〝怪盗キッド〟は世界政府が捕えたがっている大怪盗だ。
  白牙のように警察の上部しか認知していない最高機密扱いにしたところで、キッドを警察の手先として操ることは難しいだろう。
 もとより快斗自身が警察と手を組むことを拒絶している。
 だから白牙は昔馴染みで誰よりも信頼できる警部、伍にだけ事情を話したのだ――怪盗キッドは中国警察が長年追い続けている組織と因縁がある、だから組織の逮捕に影から援助する、と。
  間違ってはいないが決して真実でもない。
 しかし、伍はもちろん納得した様子ではなかったけれど、なんとかキッドの協力に首を縦に振ってくれたのだった。


  強くならなければと、思う。
 それは体の強さだけでなく、心の強さでもある。
  躊躇うのは人の心。
  情けや慈しみは人である証。

 けれど今己に求められているのは、人の心ではなく――獣の心だ。
  人を、己を殺すことのできる、覚悟。

  命を奪うということはそういうことだ。
 それでも、己を殺してでも、守るべきものがあるから。

 「俺たちが生きてくには、もうこの手の浄、不浄に構ってらんねぇんだ、新一……」
 
 
 
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