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夜明け前 2

ガヤガヤと、耳障りな喧騒が鼓膜を苛む。
 笑い声、話し声、食器の擦れる金属音、そしてそれら全てを飲み込む音楽との不協和音。

 トニーは現在、久方ぶりのパーティーに出席していた。
 アフガニスタンでの事件以来、自分が主催する以外のパーティーへの出席をぱたりと止めていたトニーが、今日ここにいる理由はただひとつ。
 今夜のパーティーの主催者が、今後のアベンジャーズの活動と関わりがあるからだった。
 NYでの戦い以降、アベンジャーズの活動には常に賛否両論があった。
 それ自体は当然のことで、万人が認める組織などこの世に存在しないことをトニーは理解していたが、しかしだからと言って認められる努力をしないわけにはいかない。
 宇宙の脅威に立ち向かうにはアベンジャーズは必要不可欠だし、地球を守るためにその身を削って戦う者たちをこうして表舞台に立つことで守れるのは、自分しかいないのだ。
 だからトニーは向かない気を無理やり向けて、今夜ここに立っている。

 この喧騒を、疎ましく思うようになったのはいつからだろうか。
 いやそもそも、トニーが最も大切にしている時間は、誰もいないひとりきりのラボで愛する息子たちと向き合う静かな時間だった。
 人と関わるのは面倒だし、愛想笑いも、腹の底で見え隠れする欲望も、なにもかもが煩わしい。
 それでも人恋しさに穴蔵を這い出ては、人肌を求めた。
 トニーはただ、寂しかったのだ。
 人の愛に、餓えていた。
 それがたとえ一夜の幻と分かっていても、縋らずにはいられなかった。

 けれど今のトニーはもう、愛がなんたるかを知っている。
 ハッピーを、ローディを、こんな自分を見捨てずにいてくれたペッパーを愛している。
 可愛げはないが、自分の信念を貫く強い志を持ったロマノフを。トニーに負けず皮肉屋で、けれど仲間を大切にするバートンを。ちょっぴり脳筋が過ぎる神様だって、屈託なく笑いかけてくるその純粋さを愛しく思う。
 大き過ぎる苦悩を抱えながら、たった独りで抱え込もうとするバナーの寂しくも強く優しい愛を、知っている。

 そして――頑固で石頭で融通が効かなくて、なにもかもが自分とは正反対で衝突ばかりしているのに、けれど真っ直ぐで曇りのない愛を向けてくる――スティーブ・ロジャースを。

 二階席の手摺に腕をかけてシャンパンを舐めていたトニーのもとへと駆けてくる男を、トニーはぼんやりと眺めていた。

「スターク! 勝手にいなくなるな」
「悪いな。キャプテンはご婦人方に囲まれて忙しそうだったから、ちょっとシャンパンを取りに」
「……こういう席は慣れてないんだ。君が助けてくれてもいいんだぞ」
「そんなことをしたら、私が彼女たちに恨まれる」

 実際今もスティーブに注がれる熱視線の数々は、流石はキャプテン・アメリカだと、その人気ぶりを賞賛したくなるほどだ。
 もちろんトニーに向けられる視線も数えきれないほどあるのだが、見られることに慣れたトニーがそれを気にすることはなかった。

 そんなパーティーなどというものとは縁遠いスティーブがなぜこの場にいるのかと言うと、他ならぬトニー・スタークの護衛のためだった。
 護衛と言っても、黒服を着てサングラスをかけているわけではない。本職の者たちは会場の外や隅で目を光らせている。
 しかしこの場にいるその他大勢の富豪たちはそれで十分かも知れないが、トニー・スタークはアベンジャーズの顔なのだ。
 ヒドラを始め、テロリスト、マフィアと、敵を数え上げればキリがない。
 だからトニーがパーティーに参加すると言い出した時、スティーブは自ら護衛を名乗り出た。
 しかし護衛対象であるトニーと離されては意味がないからと、スティーブもまた慣れないスーツを着てこの場に立つことにしたのだ。

「それで、例の男とは話せたのか?」
「ああ、君がご婦人方と戯れている間にな。なんのことはない。わざわざ名指しで呼び出してきたからなにかと思えば、我が社との提携を優遇しろと――ああ今はペッパーの会社だが――そういう話だったよ」
「……大丈夫なのか?」
「そう難しい話でもない。まあ最終判断はペッパーに任せるが」

 あまりアベンジャーズとの関わりに良い顔をしないペッパーだが――他ならぬ現在の別居の理由が、トニーのアベンジャーズのスポンサーとしての活動なのだが――仕事に私情を差し挟むほど感情的な人ではない。
 だからこそ、スターク・インダストリーズを彼女に預けたのだ。

「そんなことより、ベタベタ触られることの方が不快だ。あの狸親父め、ここぞとばかりに呼び出したりして、私がなんのために今まで避け続けていたと、」
「――スターク?」

 握った手を引き寄せられて抱きしめられた背中の、撫でられた腰の気持ち悪さを思い出して顔を顰めていると、不意に名前を呼ばれ、視線を向けた。
 どうやら公正で潔癖なキャプテン・アメリカの耳に入れるべき話題ではなかったようだ。
 その仏頂面に向けて、トニーはひょいと肩を竦めてみせた。

「なんだ、意外か? あの男は私が会社を継いだ頃からずっとああだぞ」

 彼だけじゃないが、とは口にしなかった。
 若い頃はそれこそ絶世の美少年と持て囃され、社長職を継いだ直後など、老若男女が挙ってトニーを籠絡しようとあの手この手で迫られたものだが、そうしたものからトニーを守ってくれたのは、今では苦い思い出となったオバディアだった。
 あれから二十余年が過ぎ、そうした輩は随分減ったが、たまに今日の男のように未だに執着を抱いている者もいる。
 大抵の場合は相手にしないのだが、それが交渉の材料となるのなら話は別だった。

「……トニー。アベンジャーズの活動は大事だが、君がそんなことをする必要はない」
「そんなことって? ……高潔なキャプテンの目には、私が体を売る娼婦にでも見えるとでも?」

 まるで子供を諭すような口調にカチンときて、思わず喧嘩腰で返してしまう。
 いつもそうだ。彼はトニーを苛つかせるのが得意だし、トニーもまた彼を怒らせる天才だ。
 けれど今夜は、スティーブはトニーの挑発に乗らなかった。

「トニー。君に嫌な思いをさせて手にするようなものに、価値なんてないんだ。大事なのは、君だ」

 どこまでも真っ直ぐな青い目がじっと見つめてくる。
 そこに映る自分を見ていられなくて、トニーは目を逸らした。

 スティーブの言っていることは正しい。
 たとえば彼や他の仲間たちが同じことをしていたなら、きっとトニーも彼と同じことを言っただろう。
 けれど、組織はそれでは回らない。
 そして汚れ役をやるなら、自分でなければ嫌だった。
 これは善意などではない。ただの我儘なのだ。

「心配するな、キャプテン。ただ愛想笑いを浮かべて握手して、くだらない話に相槌を打つだけさ。あんたが大戦中に国債を売るためにやってたことと似たようなもんだ。私のことよりも、ほら、あっちでご婦人方が君を待ってるぞ。君こそ、彼女たちに食われないよう気をつけろよ」

 ほら、とその背を押すと、スティーブは困ったように眉を下げ、主人に見捨てられた犬のような目でトニーを見上げた。
 あれを計算でされては堪ったものじゃないが、きっと無意識なのだろう。
 思わず助けてやりたくなるのをぐっと堪え、トニーは戦場へとスティーブを送り出した。
 なぜならトニーの戦いもまだ終わってはいないからだ。
 今夜のパーティーの主催者は、一時的に席を外していたに過ぎない。
 そうでなければ、パーティーと言う名の狩場に解き放たれた肉食獣どもが、トニー・スタークという極上の獲物を放っておくはずもなかった。

 トニーは残っていたシャンパンを一気に煽ると、階下の喧騒にくるりと背を向けた。
 そして自分の戦場へと向けて歩き出した。

 *

 姦しい女性たちの鈴を転がすような笑い声とお喋りをなんとかやり過ごしていたスティーブは、いつの間にかトニーの姿がないことに気づいた。
 ぐるりとホールを見渡すが、どこにも見当たらない。

「ちょっと失礼」

 挨拶もそこそこに彼女たちの輪から離れれば、背後からは名残を惜しむような声がいくつも投げられたが、その全てをスティーブは無視した。
 そもそもトニーの護衛としてこんな場所までついてきたのだ。
 この中にヒドラやテロリストやマフィアがいるとは思わないが、もっと別の心配もある。
 彼とともにパーティーの主催者の姿が見えないことも気にかかる。

 スティーブは人混みを掻き分けながらあちこちに視線を飛ばした。
 どこか人目につかないような死角はないか。或いはどこかへ繋がる扉はないか。
 そうして視線を止めたのは、二階席から外のテラスへと通じる窓だった。
 警備員らしき男が数人立っているが、先程トニーが立っていた場所からも程近い。
 なによりスティーブの直感がざわついている。
 スティーブはほとんど駆け上がる勢いで階段を登った。

 テラスの窓には、カーテンがかかっていた。
 普通、こういう解放的なパーティー会場では夜景を見せるために開けられているそれが、今はぴしゃりと閉められている。
 スティーブは窓のひとつに近寄ると、警備の男が止めに入るよりも先にカーテンを引いた。

 テラスには、男が二人立っていた。
 ひとりは上等なスーツに身を包んだ、やや小柄ながらもすらりと引き締まった体躯の男――トニー・スターク。
 そしてもうひとりは、トニーの腰に回した手であろうことか臀部を撫で、もう片方の手で彼の顎を掴んだ中年の優男。
 誰がどう見ても「ただ話している」様子には見えなかった。
 その上トニーは抗うように中年男の腕を掴んで押し返そうとしている。

 一瞬にして、スティーブの頭に血が上った。
 何事か喚く警備員の腕を振りほどき、スティーブはテラスの窓を勢いよく押し開けた。
 その騒音に、二人の男が一斉にこちらを振り返る。
 驚きに目を見開く中年男の腕の中で、トニーは苦み走った表情を浮かべた。

 スティーブは二人に近づくと、トニーの腰に回されていた男の腕を問答無用で捻り上げた。

「いっ、痛い痛い痛い! なにをするんだ!」
「それはこちらの台詞だ。彼に、なにをしようとしていた」
「ただ話してただけだ!」
「話していただけ?」

 子供騙しにもならない嘘に、スティーブは捻る腕に更に力を込めた。
 みしりと、骨の軋む嫌な音がする。

「わっ、分かった! 分かったから、離してくれ! 腕が折れる!」

 喚く男を解放してやれば、男は転がるようにスティーブから距離を取った。
 そして痛む腕をもう片方の手で抱えながら、涙の滲んだ顔を真っ赤にさせて怒鳴った。

「なんて男だ! Mr.スターク、悪いが今回の話は全てなかったことにして貰うぞ!」
「……お好きなように」

 トニーはどこか疲れた声で、両手を広げてみせた。
 男はバタバタと騒々しくテラスを出ていった。

 残ったトニーは一度天を仰いで深々と溜息を吐くと、くるりとスティーブに背を向けてテラスの欄干に体を預けた。

「……お陰様で、今回の話は全て白紙になった。全く、私がなんのためにこんなところまで来たと思ってるんだ……」

 恨み言を吐くトニーに、けれどスティーブはなにも言うことができない。
 君こそなにをしていたんだと、あの男になにをさせるつもりだったのかと、怒って詰って詰め寄ってやりたいのに、言葉が喉奥に引っかかったまま出てこない。
 ただ、たった今目の前で見せられた光景に、脳髄が沸騰している。

「キャプテン?」

 なにも言わないスティーブを不審に思い、トニーが振り返った。
 俯くスティーブの前に立ち、あの星を砕いたチョコレートブラウンの瞳で見上げてくる。

「どうした、キャプテン。怒ってるのか?」

 ああ、怒っている。どうしようもなく怒っている。
 けれどそれ以上にこの胸の内を渦巻いている感情のせいで、言葉にならない。
 黙り続けるスティーブの頬に、トニーの手がそっと触れた。
 そうして無理やり視線を合わせたかと思うと、あの柔らかい眼差しで射抜くのだ。

「……もしかして、妬いたか?」

 ――ああ。
 もう、降参するしかない。

 トニーに頬を包まれたまま、スティーブはきつく目を閉じた。
 それは彼の言葉を肯定するには十分な態度だったが、ふ、と吐息で笑う男は、それで納得するつもりはないらしい。

「言ってみろ、スティーブ。ちゃんと言えたら、ご褒美をやるぞ」

 ほら、と言って笑う男が憎い。
 どうせ、この手を取る気はくせに。
 スティーブではない、別の誰かを選ぶくせに。
 一時の夢を与えてやろうと、甘い囁きで誑かすこの男が、とても憎い。

 それでもその誘惑に抗う術を、スティーブは持たなかった。
 スティーブは目を開くと、トニーの瞳を強く見つめ返しながらきっぱりと告げた。

「君に、僕以外の誰かが触れるのが、嫌だ」

 どうしようもない独占欲を言葉にすれば、トニーはふわりと花が綻ぶように微笑んで――唇にそっとキスをした。

 身長差を埋めるように伸び上がり、押し当てるだけの幼いキスをひとつ。
 すぐに離れた唇は、けれど二度、三度と重ねられ、まるで小鳥に啄まれているみたいだと思っていると、ちゅうと、下唇を吸われた。
 途端、唇に触れた粘膜の熱さに思わず慄く。
 その隙を狙ったかのように熱い舌が潜り込んできて、スティーブの足が蹈鞴を踏んだ。
 それを追うようにトニーの腕がスティーブの首に絡みつき、より一層近くなった距離で深く唇を合わせながら、スティーブの意識は軽く酩酊した。

 舌が絡み合う。唾液が混じり合う。吐息までもを飲み込み合う。
 スティーブの腕は、気づけばトニーの腰に回されていた。
 ほんの少しの隙間も我慢できないとばかりにきつく抱き寄せ、胸と胸、足と足とを擦り合わせる。
 必然的に密着した下半身はどちらも熱を帯び始めていて、そこが擦れると熟れた脳味噌が更に溶かされるようだった。

 合わさった唇の端から飲み込みきれない唾液が溢れても、どちらも止めることができずにいた。
 後戻りはしたくない。けれど先に進んでいいのかも分からない。
 それならまだもう少し、あと少しだけでも、この熱に灼かれていたい。

 それでも、いずれ終わりは来るものだ。
 先に限界が訪れたのは、キスに夢中になったスーパーソルジャーに吐息ごと飲み込まれ、呼吸困難に陥ったトニーだった。

「ん、は、ぁ……、も、むり……」

 赤く熟れた舌の先から銀糸を引きながら、トニーは終に唇を離した。
 すっかり上気し赤く染まった顔も、今にも零れ落ちそうな涙に潤んだ大きな瞳も、なにもかもが目の毒だ。
 口淫で腫れた唇をすぐにでも追いかけて再び塞いでしまいたい衝動に駆られながら、スティーブはぐっと我慢した。
 これ以上は、本当にまずい。
 ここがどこかも、なんのためにここにいるのかも、なにもかもを放り出して目の前の男を求めてしまいそうだ。
 ――だと言うのに。

「――J.A.R.V.I.S.」
「はい、トニー様。最上階のフロアを手配済みです」
「いい子だ」

 トニーが常に持ち歩いている端末から電脳執事の声がしたかと思うと、彼はスティーブの首に腕を絡めたまま、睫の先が触れそうな距離でスティーブを見上げながら囁いた。

「さあどうする、スティーブ・ロジャース? このままここで引き返すか――それとも、私と一緒にこの先の世界を見てみるか?」

 選ばせてやる、なんて嘯きながら、その目が求めている答えはひとつだけだ。

 きっと、痛い目を見る。
 安易な欲に目が眩んで、取り返しのつかない傷を自分でつけようとしている。
 それでも、どうせ傷つくのなら、死んでも忘れられないくらい深く抉っていって欲しい、なんて。
 馬鹿げていると、自分でも分かっているけれど。

「……君の世界を、僕に見せて」

 いっそ震える声でそう告げれば、トニーはとびきり綺麗に微笑んだ。

 *

 パーティー会場を離れ、最上階フロアへと続くエレベーターに乗り込んだ途端、トニーは再びスティーブの首に腕を回して引き寄せた。
 自分だって余裕はないくせに人目を気にして慌てる男に、カメラはJ.A.R.V.I.S.が誤魔化してくれる、と口早に告げてその唇を塞いだ。
 色事に慣れていないらしい男はそれでも気を散らしていたが、トニーの舌がきつく絡みつき縮こまる舌を吸い上げてやれば、すぐに陥落した。

 まるで我慢の効かないティーンだ。
 自分で自分を嗤い、けれど込み上げる衝動に逆らうことができない。
 辛うじて残った理性が服に伸びそうになる手をどうにか押しとどめているが、あのキャプテン・アメリカとキスをしているという事実に、トニーはどうしようもなく興奮していた。

 トニーにとってもこの状況は、想定外だった。
 自分がいろんな意味であらゆる方面の者たちに対して魅力的だという自覚はあるが、まさかキャプテン・アメリカをも魅了するほどまでとは夢にも思わなかった。
 けれどスティーブはトニーに迫る男の腕を突然捻り上げて追い払ったかと思うと、見たこともないほど不機嫌な顔で黙り込んでしまった。
 極めつけは、あれだ。
 君に僕以外の誰かが触れるのが嫌だ――なんて。
 あんな恐ろしいまでの口説き文句に心揺らがない者はいないだろう。
 少なくとも、トニーは揺らいだ。揺らぐどころか殴られ、撃ち抜かれ、突き落とされた。
 プレイボーイのトニー・スタークが、こんな初心なチェリーボーイに。

「は、…スティ、…」

 スーツの上から体をまさぐられ、声が震える。
 技巧もなにもあったものじゃないのに、欲しいと、ただそれだけを無心に伝えてくる掌に、馬鹿みたいに体が熱くなる。
 まだか、まだ着かないのかと、スティーブの唇に噛みつきながら茹だる思考の中でじりじりしていると、不意に抱き上げられ、足が地面から浮いた。
 太股の裏を掬い上げるように掴まれ、不安定な姿勢に思わず足を相手の腰へと回してしがみつく。
 なんて格好だ。今の姿をスクープされたら、恥ずかしさで死ねる。
 羞恥を覚えながらも唇を離せずにいると、スティーブはトニーを抱き上げたまま移動し始めた。
 そこでようやくエレベーターが到着していたことに気づいた。

 最上階フロアは所謂スイートルームで、つまりワンフロアをまるまる貸し切っている。
 誰の目も気にする必要はないという事実が、トニーから理性の箍を引き剥がしていた。
 スティーブに抱き上げられたまま、何度も何度も口づけながら、早く、早く、と戯言のように繰り返す。
 スティーブもまたスーパーソルジャーとは思えない足取りでよろよろと進みながら、キスの合間に熱すぎる吐息を零している。

 ようやくベッドルームに辿り着くと、二人は縺れるようにベッドに転がり込んだ。
 正しくは、トニーをベッドに下ろそうとしたスティーブをトニーが引きずり込んだ、のだが。

「シャワー、は、」

 すっかり荒くなった呼吸の合間、どろどろに溶けた目で見つめながらもそんなことを言うスティーブは、いじらしいほど健気な紳士だ。
 けれどもう、一分、一秒だって待てやしない。

「いい、あんたの匂いがするほうが、興奮する」

 彼の首に腕を絡めたまま鼻先が触れ合う距離で彼を見上げながら、もう散々に唾液を交わし、すっかり彼の味と匂いを覚えた唇でそう答えれば、スティーブの眉が辛そうにぎゅっと寄せられた。
 苦しいのは、スラックスの奥で押さえつけられた彼の下半身だろう。
 トニーのそこも、もうずっと苦しがっている。

「スティーブ、はやく、触って、」

 唇を啄みながらその彫像のような体をわざとゆっくりと撫で下ろし、すっかり熱を持った彼のそこへと指を這わせる。
 スラックスの上から形を確かめるように辿っただけで、びくりと震えた腰が逃げようとするのを、ぐっと自らの腰を押しつけることで更に煽った。
 芯を持ったそこが擦れ合うだけで頭がじんと痺れ、吐息に熱がこもる。
 けれど感じたいのは、こんな焦れったい快感ではない。
 もっと直接的で、もっと生々しい、我を忘れるほどの熱が欲しい。

 戸惑う男を待ちきれず、トニーはスティーブのシャツを掴むと、ぐいとたくし上げてスラックスから引き抜いた。
 そのままガチャガチャと、やや乱暴な手つきでベルトに手をかけ、ボタンとホックを外す。
 しかしいざファスナーを引き下ろそうとしたところで、突然スティーブの手がトニーの急所を鷲掴んだ。

「――あッ」

 唐突すぎる攻撃に、トニーは腰を浮かして小さく叫んだ。
 そのままぐにぐにと揉みしだかれ、トニーは喉を反らしてシーツを掴むと、腰から背筋を駆け上がっていく激流をどうにかやり過ごそうと熱い息を零した。

「……ッく、…のばか、もっと、やさし、く…ッ」
「……トニー、すまない、トニー…ッ」

 愛撫と呼ぶには強すぎる刺激にどうにか抗議するが、呼吸を荒らげた男は何度も謝りながら、それでもトニーの性器を扱く手は止めずに、仰け反るトニーの顎を掴んで無理やり戻すと唇を塞いだ。
 呼吸の自由さえ奪われたトニーは喉の奥で唸りながら、強すぎる快楽に抵抗しようと試みた。
 まだスラックスも下着も履いたままだ。このままでは中で暴発してしまう。
 けれどスティーブにマウントを取られたトニーがどれだけ暴れても、スーパーソルジャーの体はびくともしなかった。

「ん、はあ…ッ、待て、スティ…ッ、脱ぐ、脱ぐから、」

 キスを解き必死に訴えるが、全く耳にも入らないのか、スティーブはトニーの首筋に顔を埋めるとそこに舌を這わし、時に甘く吸いつきながら、空いた片手で胸を撫で、トニーの性器を扱き続けた。
 ただでさえ、いつもとまるで勝手が違うのだ。
 女性を組み敷くのではなく男に組み敷かれ、滑らかな肢体に愛撫を施すのではなく、あの不破の盾を振りまわすキャプテン・アメリカの大きく無骨な手で体をまさぐられながらペニスを扱かれている。
 トニーの興奮もひとしおで、駄目だと分かっているのに、限界はもうすぐそこまで来ていた。
 じわりと先走りが下着に染みを作り、すっかり立ち上がったペニスが布を押し上げ、扱かれる度にスラックスの下でぐちぐちと嫌な音を立てている。

「あ、ぁ、も、いく、」

 ぶるぶると腰が震え出し、トニーは涙を滲ませた目をきつく瞑りながら何度も小刻みに首を振った。
 トニーの限界に気づいたスティーブは項を舐めまわしていた顔を上げると、愛撫の手は止めることなく、興奮に上気しきった顔でトニーを見下ろした。
 己の痴態を見下ろす視線も知らず、トニーは赤くなった唇で喘ぐようにスティーブの名を呼び続ける。

「あ、スティ、スティーブ…ッ、…あ…ッ」
「いって、トニー」
「あ、やッ、あッ、あ――ッ」

 先端に突き立てた親指に亀頭を潰され、トニーはか細い悲鳴とともに射精していた。
 ぐっ、と体が強張り、生温かい液体が下着の中に広がっていく。
 やがて解放の余韻が引いていくのに合わせて詰めていた息を吐き出すと、トニーはぐったりと体の力を抜いてベッドに沈み込んだ。
 自分で上り詰めるのではなく他人に齎される強烈な絶頂は、ただのペッティングだというのにまるでハードなセックスの後のような気怠さがあった。

「トニー……?」

 なかなか息の整わないトニーを心配するように、スティーブが殊勝な声で名前を呼ぶ。
 トニーは涙で潤む目でスティーブを睨みつけた。

「……あんたのせいで、中がぐちゃぐちゃだ。脱ぐって言ったのに」
「ごめん……君を見てたら、我慢できなくて」

 言いながら濡れた前を撫で上げられ、トニーは息を詰めて体を震わせた。
 ――この男、全然反省してないな!
 思わず蹴り飛ばしそうになるが、行儀の悪い足が飛び出す前にスティーブが再びトニーのペニスを刺激し始めたので、トニーは慌ててその手を掴んだ。

「や、めろ! このままは嫌だ!」

 そもそも二人とも、スラックスどころか背広も靴も脱いでいない。
 一度熱を解放してやや冷静になったトニーは、自分はどれだけガッツいていたのかと、ほんの少し反省した。

 トニーはスティーブを押し退けると、まずは靴を脱いでポイとベッドの下に放り投げた。
 それから背広を、ネクタイを外し、同じように床に投げ捨てる。
 そしてシャツのボタンに手をかけたところで、じっとこちらを見つめる熱のこもった視線に気づいた。
 思えば、スティーブによって極めさせられたトニーだが、スティーブ自身はまだ解放していない。
 その証拠に、トニーを見るスティーブの眼差しは、ぐずぐずと熱に炙られ、溶かされ、煮えきった色をしている。
 その下で息づく熱芯をちらと見遣り、トニーは目を伏せるとぽそりと呟いた。

「……私の裸を見て萎えたりしたら、あんたの大事なところを噛み千切ってやるからな」

 物騒な台詞は、トニーの無けなしのプライドだ。
 トニーは男で、決して若くもない。
 超人兵士と比べれば肉体だって見劣りするし、胸には醜い手術痕が残っている。
 容姿に自信がないとは言わないが、それだって彼の麗しきペギー・カーターには到底敵うまい。
 それでも今更引き返せないし、引き返したくもない。

 もしかしたらスティーブはトニーの体を見たくないから脱がさなかったのかも知れないな、なんて自虐的な思考を振り払うように再びボタンに手をかけるが、それはスティーブの手に腕を掴まれることで阻まれてしまった。
 瞬間、ちくり、と心臓に痛みが走るが、スティーブはトニーの体を横たえると、トニーの代わりにボタンを外しながら囁き返した。

「君は綺麗だ」

 ぷつりぷつりとひとつずつボタンを外していきながら、晒されていく肌にスティーブが感嘆の息を吐く。
 そこには柔らかい乳房もなければ、生々しい傷痕だって刻まれているのに、自分を見るその目にその声に嘘がないことは、彼の顔を見れば分かってしまった。
 だと言うのに、すっかり前を寛げておきながら、スティーブはトニーの胸に恐る恐る伸ばした手を、触れる寸前でぴたりと止めた。

「……君に、直に触れるのが、怖いんだ」

 戻れなくなりそうで、と。
 呟く男は、とっくに帰り道を見失った迷子の顔をしていた。
 だけれど、彼は勘違いをしている。
 そんなものは、トニーだとて同じなのだ。
 もうとっくに戻れない。
 それは彼にキスをした時から分かっていた。
 戻れない道に踏み込んでしまった、だからもう、突き進むしかない、と。

「――スティーブ」

 トニーはスティーブの手を取ると、その手を握りしめながら自分の胸へと押し当てた。
 そして今にも泣きそうな顔を浮かべる男の頬にもう一方の手を伸ばすと。

「君が望むなら、このまま戻れなくてもいい……僕の、キャプテン・アメリカ」

 ゆらりと揺らぐ青い瞳に微笑いかけながら、そっと優しく唇を重ねた。



 ぐち、と、あらぬ場所から響く水音に心乱されながらも、トニーは無心で指を動かした。
 一糸纏わず横たわるスティーブの体を跨いで両膝をつき、シャツ一枚の姿で押し倒すように彼に覆い被さりながら、後ろに回した右手の指を排泄口へと突っ込んでいる。
 膝の横にはローションのボトルが転がり、時折我慢が切れたようにスティーブの掌がトニーの太股を彷徨う。

 どうして自分がこんなことをと、擡げる自尊心を意地でねじ伏せて、トニーは後孔に捩じ込んだ中指と人差し指を動かし続けた。
 こんな行為が気持ちいいはずもなかったが、痛みと羞恥で歪む唇をシャツの襟に噛みつくことで誤魔化した。

 仕方ないのだ。
 相手はおよそ百年もののヴィンテージチェリーなのだから、プレイボーイの自分が引き受けて然るべきなのだ。
 無い孔に突っ込みたければ、一方に孔を開けるしかない。
 トップとボトム、どちらの負担が軽いかなど、火を見るよりも明らかだ。
 それだから、ボトムを引き受けるのはトニーの優しさだった。
 そうでなければ、スティーブの初めての記憶が苦痛で塗り潰されてしまう。
 そんなことは我慢できない。プレイボーイの矜恃にかけて。

 しかし実際、後ろで交われることは知っていても解し方など知らないトニーは、ただローションでぬめりを帯びた指をそこに突っ込むことしかできなかった。
 それでもなんとか二本目を飲み込むことはできたが、そろそろ体勢的にも辛くなってきた。

 ――ああもう、いっそのこと切れる覚悟でさっさと突っ込ませてしまおうか。
 どうせそこで快楽を拾えないのなら、多少の痛みは経験で誤魔化してしまえばいい。

 そんなヤケクソな考えまで浮かび出した頃、ずっと太股を彷徨っていたスティーブの手がするりと臀部を撫で、指先が啄くように後ろの孔に触れた。
 ぴくんと体を震わせながら視線を向けると、唇の端を噛み締めたスティーブが、ふっ、ふっ、と短い息を吐きながら余裕のない目で見返した。

「僕も、触れていい……?」

 くちくちと粘着質な音を立てながら、指先が入口を擽る。
 ぞくりと背筋が痺れるその感触に、まるで誘い込むようにひくりと孔が収縮するのが分かった。
 躊躇いながらも頷くと、内腿を伝うローションを指で掬い取ったスティーブが、トニーの指が入ったままの穴につぷりと指先を埋め込んだ。

「――ッ」

 ツキンと走る痛みと圧迫感に、襟を咥える歯に力がこもる。
 トニーの変化を見逃さず、スティーブはあやす様に背中から尻、太股へと優しく掌を滑らせた。

「う、んん…っ」

 息苦しさに思わず呻けば、スティーブの手がすっかり力を失った前へと伸びる。
 そこを触られたら、余程のことがなければ感じずにはいられないのが男だ。
 後孔を犯すと同時に竿を下から上へと扱かれ、軽く恐慌したトニーは不埒な手から逃れようと腰を振ったが、ローションで滑りの良くなった掌は温かくて柔らかくて、強張った体からは逆に力が抜けていった。
 そうして力が緩んだ隙に根元まで指を埋め込んでしまうと、スティーブはそのままトニーの手を包み込むように掴んで、ゆっくりと抜き差しを始めた。

「うっ、…うぅ、んっ!」

 先程よりも水音が酷い。
 その音に煽られ、しかも自分の意思を伴わない、自分の神経に繋がっていない他人の肉が出入りする感触に、トニーの頭は一気に逆上せあがった。
 体で感じる快感ではない、けれど目の前の男に犯されている事実に脳がぐずぐずと溶けていく。
 気づけば口中に滲む唾液が襟を湿らせ、顎先を伝って滴っていた。
 そんなトニーのどうしようもない痴態を見せられて、スティーブもまた歯を食いしばって衝動に耐えていた。

 スティーブの指が増やされたことも気づかないまま、トニーは次第に自重を支えることもできなくなり、上体をスティーブの胸に預けて尻だけを上げた姿勢でただただ震えていた。
 前と後ろを同時に責められ、虐め抜かれた亀頭の先がひくついている。
 だらだらと汁まで零し出した時、後ろを犯すスティーブの指先が、ついにそこを見つけてしまった。

 ごり、と容赦なく押し潰された前立腺への刺激に、トニーは弓形に背をしならせると、目を見開きながら鳴いていた。

「ひぃあ――ッ」

 ぴゅく、と白濁が微かに迸る。
 噛み締めていた襟も離して甲高く鳴いたトニーに、スティーブは驚いて手を止めた。

「トニー……?」

 気遣うように名前を呼ばれても、トニーは返事をすることができなかった。
 少しでも動けばスティーブの指があの場所に触れてしまう気がして、身動きが取れない。
 けれど偶然か本能か、初心なはずの男はトニーの状態を正確に理解したようで、埋めた指先をそろりと動かし出した。

「うあっ、待ッ、スティーブ…!」
「トニー、さっきの、気持ち良かった…?」
「ちが、いや、違わないが、ちょっと待――やああッ」

 再び、今度は確信を持った動きでしこりを押し潰され、トニーの後孔がきゅっと締まった。

「凄い、吸いついてくる……気持ちいいんだね、トニー」

 上擦った声で恍惚と呟かれ、再び支えを失って沈んだトニーはスティーブの胸に頬を擦り付けながら息も絶え絶えに首を振った。
 もちろんそんな嘘が通用するはずもなく、スティーブは体を起こして体勢を入れ替えると、トニーをベッドシーツに縫い付けた。

「もっと気持ちよくなって、トニー」

 熱に蕩けた目で囁かれ、腰から脳天へと走り抜ける震えにぞわりと肌が粟立つ。
 しかしスティーブの指が激しく動き出し、トニーは悲鳴を上げていた。

「ひッ、やぁ! それ、あッ、スティ、だめ…ッ、アッ! アーッ!」

 トニーの指すら巻き込んで、ぐちゅぐちゅと酷い音を撒き散らしながら、スティーブはトニーの前立腺ばかりを責め立てた。
 まさかそこがそんなにも気持ち良いとは夢にも思わず、トニーは自由な片手でシーツを握りしめ、頭を振り乱しながら、ぴんと伸びた足先で無茶苦茶にシーツを掻き乱した。
 過ぎる感覚に目尻からはぼろぼろと生理的な涙が零れ落ちていく。
 前を虐めていた手はいつの間にか離されていたが、しかし反り返ったそこが力を失うことはなかった。
 心に加え体までもが快楽を拾うようになってしまったら、もうどうしようもない。

「うあ、スティ…! も、い、からッ、…入れろ!」
「でもっ、トニー…ッ」
「はや、く…スティーブ…!」
「ッ、だけどまだ、」

 紳士すぎるのも、ここまでくるとただの拷問だ。
 愚図つくスティーブに、トニーは泣きながら叫んでいた。

「――いやだッ、もう待てない! きみで、きみのでいきたい、スティーブ、ぼくをきみので犯して、今すぐぼくを、――ひアアァ――ッ!」

 ずるりと勢いよく指を引き抜かれた次の瞬間、太くて硬い熱棒で一気に最奥まで貫かれ、トニーは悲鳴をあげながら射精していた。

 チカチカと視界が明滅している。
 あまりの衝撃になにが起きたのか分からず、トニーははくはくと浅い呼吸を繰り返した。
 今日二度目の精が胸や腹を汚したが、そんなものを気にしている余裕などまるでない。
 なぜなら絶頂に打ち震えるトニーの中を、スティーブががつがつと突き上げ始めたからだ。

「あっ、スティ…ッ、いってる…っ、いま、いってるっ」

 なにもかもが鋭敏になった体の最も弱いところを容赦なく磨り潰され、押し寄せる快楽の波にぶるぶると体が痙攣を起こす。
 好いを通り越して苦しいぐらいの快感は、最早暴力に近かった。
 逞しい腕で抱えられているせいで足を閉じることもできず、突かれる度にきゅうとスティーブを締め付けながら、揺れる性器の先からとろとろと透明な液を零した。

「あ、んッ…、ぁんん…! スティ……スティ、ブ…ッ」
「ごめん、トニー…ッ、我慢、できない…!」

 トニーの無自覚な言動に散々煽られたスティーブは組み敷く相手への気遣いも手加減も手放し、ただ自らの快感を追うように腰を打ち付けた。
 奥を突く度に締めつける後孔も、引き抜く度に絡みつく蜜壷も。だらだらと零れた雫が茂みを濡らす光景も、きつく目を閉じて快楽を追う男の蕩けきった艶めかしい表情も、なにもかもが、スティーブから理性を剥がして奪っていく。

「トニー、トニー…! トニー…ッ」

 馬鹿のひとつ覚えのように自分の名前を呼び続ける男があんまり愛しくて、トニーはシーツを掴んでいた手を無理やり引き剥がすと、スティーブの首と背中に腕を回して掻き抱いた。
 揺さぶられる度に近づいては遠のいていく唇が寂しくて、涙に濡れた瞳で見上げながら懇願した。

「スティ、キス、キスがしたい…ッ」

 言いながら舌を突き出せば、すぐにぬるりと熱い舌が絡みつく。
 突き上げに合わせて離れては絡みついてくる舌に、トニーは夢中になって吸いついた。
 そうしていると、まるでなにもかもが満たされる気がした。

 きっとこの男以上に自分を満たしてくれる存在はいないのだろうと、スティーブに抱かれながら、トニーは漠然と感じていた。
 あの羊水に包まれるような、静かで穏やかな夜も。
 こうして命を燃やして求め合う、熱く激しい夜も。
 この男の腕の中なら、どんな夜でも安心して眠ることができる。

「トニー…ッ、もう…ッ」

 限界を訴えるスティーブを抱き締めながら、トニーは自分の中にいるスティーブをきゅうと締めつけた。

「いい、出して…スティーブ、ぼくの中に…」

 深く考えず、そう口走っていた。
 注いだところで増えも減りもしない男の体だが、彼のものならこの身で受け止めたかった。

「…ッ、トニー、君は、ほんとに…!」

 スティーブはぎゅっと眉を寄せると、その先の言葉を飲み込むように唇を噛み締めた。
 そしてトニーの足を思い切り割り裂くと、骨が軋むほど強く腰を打ちつけ出した。
 トニーは鳴きながら、必死にスティーブに縋りついた。
 やがてスティーブの腰が震え出し、一際トニーの奥深くを抉ったかと思うと、熱い濁流が最も深い場所に注ぎ込まれた。

「あ、ぁ ぁ……、」

 前で感じる絶頂とは違う、長く尾を引くような快楽の中、トニーもまた細く鳴きながら果てた。
 もう出るものもない陰茎は力なく項垂れていたが、ひくつく先端から滴る液でそこはすっかり濡れそぼっていた。
 トニーの中に全てを注ぎ込んだスティーブは詰めていた息を吐き出すと、トニーを潰さないように気をつけながらトニーの上に覆い被さった。
 その重みが心地よくて、トニーはスティーブの頬や目尻に唇を寄せた。

「……ごめん、トニー。辛くなかった?」

 暫くして呼吸を整えたスティーブは体を起こしてトニーを見下ろした。
 成人男性の四倍の代謝を誇る超人兵士に敵うはずもなく、まだ息の整わないトニーは緩く首を振った。

「あんた、こそ……初めては、悪く、なかった?」
「……すごく、良かった」

 恥ずかしそうにはにかむ男が可愛くて、まだスティーブを食べたままのそこがきゅんと締まった。
 すると目に見えて慌てた男が「ごめんっ、すぐ抜くから」と言って出て行こうとするのを、トニーは腰に足を絡めて阻止した。

「トニー?」
「まだだめだ、スティーブ。まだ、暗い。……夜が明けるまで、ぼくを抱いていてくれるんだろう?」

 目を開けている時、トニー・スタークは鋼の心臓を持つ男――アイアンマンでなければならない。
 けれどこの腕の中にいる時は、トニーはただのひとりの男だ。

「トニー、君は……後悔してない……?」

 スティーブの頬を指先で辿りながら見上げれば、彼はなにかを耐えるようにきつく眉間に皺を寄せた。
 耐えているのは、快楽か、衝動か、それとも。
 自分こそが悔いているかのような男を慰めるように、トニーはそっと頬を撫でた。

「言っただろう? あんたが望むなら、戻れなくてもいいんだ」

 ――君が僕をいらなくなるまで、僕は君の隣にいよう。
 言葉にはせず、キスを強請るようにその唇を見つめながら指先でなぞれば、堪えきれずに引き寄せられた唇が降ってくる。
 次第に深くなっていくキスに溺れながら、このまま朝が来なければいいと、そんな馬鹿なことを思った。

 まだ夜明けは遠い。
 けれど必ず、やってくるのだ。


夜明け前



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