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輝石乱舞 4

「何かありました、伍警部?」

 机の上に散らかっていた書類をトントンとまとめていると不意に背後から声を掛けられた。
 立っていたのは伍によく懐いている刑事、陽巡査部長。
 おそらく二枚目の部類に分けられるだろう陽の顔は正義感に溢れている。
 陽も若者の間に多い、やや短絡に善悪を区別しがちなまだまだひよっこではあるけれど、他人の意見を柔軟に採り入れる姿勢や奇抜な思考力はいずれ大物になるだろうと伍に思わせていた。

「……いや。なんだ、やつれて見えるか?」

 ここ数日でいろいろとありすぎた。
 黒星と組織の動きを見張る一方でメイや白牙やキッドから〝白き衣〟と〝蒼の御子〟について多くの情報を聞き入れた。
 協力すると言った伍を全面的に信頼すると、キッドに至ってはその正体まで明かして見せた。
 予想通りの子供だったことには驚かされたもののそのこと自体は嬉しく思った。
 けれど、一度にいろいろありすぎて正直疲れているのも事実。
 その疲れが顔に出ていたのだろうかと思って尋ねた伍だが、陽は緩く首を横に振った。

「その逆です。なんか生き生きしてるなぁと思いまして。何かいいことでもあったんですか?」
「生き生き……」

 陽の言葉に伍は思わず笑ってしまった。
 こんなややこしい立場に立ってしまったというのに、自分は生き生きして見えるのだと言う。
 今までの自分はそんなにつまらなそうだったのだろうか?

「何笑ってるんですかぁ?」
「いや、俺も大概物好きだと思っただけだ」
「……何の話だかさっぱりわかりませんよ」

 首を傾げる陽が妙に可笑しくてまた伍の笑いを誘うのだが、こればかりは話すわけにはいかない。
 〝白き衣〟ではなかったとしても、自分もあの稀有な魂の守護者として認められたのだから。

 たった一度しか逢ったことはない、けれど強烈な記憶として今も強く残っている。
 揺らぐことのない蒼い瞳はただひとつの真実だけを見つめているかのようで。
 目が合った、たったそれだけで凄まじい引力で惹きつけられた。
 そして、あの笑み。
 つい昨日のことのように思い出せるほど鮮明にその記憶は伍の中に残っていた。
 彼との――工藤新一との出逢いは。

 なんだどうしたと騒いでいる陽は放置して、伍は今日も今日とて彼らの泊まっているホテルへ足を向ける。
 そう、確かに今の伍は生き生きしているかも知れない。
 規律ばかり気にして身動きの取れない警察という立場は伍にとって窮屈すぎるのだ。
 それでも市民を守る警官自ら規律を犯すわけにはいかないと、上司の顔を伺いながら過ごしてきた。

 だが、守るべきものが法など及びもしない高貴な存在だと言うなら。
 自分は法律などという枠組みを飛び越えて、ただその人のために己の力の限りどんな無茶無謀もやり遂げてみせる。
 その覚悟が、伍をそんな風に変えたのだ。



 ルームナンバーを確かめて伍は白牙の携帯にコールを入れた。
 サイレントに設定されている携帯がメロディーを鳴らすことはないが、それが訪問の合図だった。
 キッドのような完璧な変装のできる人間がいる以上視覚だけを頼ることはできない。
 ややあって扉を開けてくれたのは白牙ではなく現在の彼の相棒、怪盗キッドこと黒羽快斗だった。

「伍警部、いらっしゃーい♪」

 どこぞの新婚夫婦でも迎え入れるような軽快さで招き入れられ、伍は思わず顔を引きつらせる。
 怪盗の仮面を取った少年はそこらにいる学生とまるで変わらない。
 正体を明かした時点で快斗は装うことをやめたのだが、長年連んでるらしい白牙や、キッドに対する先入観の薄いメイと違い、その豹変振りにいまいちついていけていない伍だ。
 にっこりと愛嬌たっぷりの笑顔もどこか裏がありそうで怖い。
 けれどそれをわかっていながら伍の反応を楽しんでいる快斗は肩を竦めながら言った。

「いいとこに来てくれたよ。あいつらずーっとあの調子でさ、丁度退屈してたとこなんだ、俺」

 あれ、と指さす方向には何やらぎゃんぎゃんと騒いでいる二人。
 ややメイの方が優勢なのが何とも新鮮な光景だ。
 いっそ腹立たしいぐらいいつでも余裕綽々な男が、小さな少女相手に口で言い負かされている。

「……何を言い合ってるんだ?」
「メイちゃんのことだよ。中身はあれでも肉体年齢は七歳だろ? 今回の仕事は組織と接触する危険な仕事だから、メイちゃんは外れろって白牙が説得してんの」
「それは……一筋縄ではいかなさそうだな」

 なにせ相手は白牙の思い人だった少女だ。
 フィアンセだのと言っていたのだからメイの方もまんざらではないのだろうが。

「あたしだって〝白き衣〟のひとりよ、関わる権利はあるでしょ!」
「だから何度も言ってるだろ? おまえが守護者なのはよくわかってるけど、七つの子供じゃ話にならない。危険すぎる」
「なにも敵陣に乗り込むわけじゃないんだから!」
「乗り込まなくても相手が乗り込んでくることだってあるだろ?」

 いつの間にか形勢は白牙側に傾きつつある。
 半ば子供の我侭のように言い放つメイに対し、白牙はあくまで落ち着いた声で宥めるように諭す。
 それが気に入らないのか、かつては同等に扱ってくれていたはずの相手から子供扱いされたメイは羞恥に顔を真っ赤に染めて目尻を吊り上げた。

「お荷物扱いしないで! 誰もあんたに守ってなんて言ってないじゃない!」

 それまでつまらなさそうに二人の遣り取りを聞いていた快斗は不意に顔をしかめた。
 前にも似たような光景を見たことがある。
 あれは、そう――
 新一がまだ江戸川コナンと名乗っていた頃のことだ。
 かつては工藤新一として警察に引っ張りだこだった名探偵が、小学一年生になってしまった途端に誰も彼の話を聞いてくれなくなってしまった。
 変わったのは姿だけなのに。
 推理力も行動力も何一つ損なわれてはいないのに。
 子供の姿になってしまったというだけで多くの行動制限を余儀なくされた。
 メイのように叫んだりはしなかったものの、押さえきれない悔しさが拳となって地に叩きつけられたことも一度や二度ではない。
 ただ新一の場合、それでへこたれるほど殊勝な性格ではなかったのだけれど。

「……今度こそ、失いたくないんだ」

 ぽつりと漏らされた低い呟きにメイがはっと息を呑んだ。

「おまえが死んだ時――おまえを、殺した時。俺はほんとの絶望を知った。もうあんな思いは二度としたくない。今度こそおまえを守りたいんだ、美煌……」

 快斗も伍も何も言えずに佇んでいることしかできない。
 白牙がこんな、言葉を吐き出すようにして話しているところなど見たことがなかった。
 けれどその真摯な願いを、メイは笑みを浮かべて両断した。

「嫌よ」
「――美煌!」
「なによ、忘れちゃったの? あんたがあたしを殺さなくちゃならなかった理由も〝あたしを守りたいから〟でしょ? あたしだってまた殺されるなんて嫌。だから守られてなんてやらないわ」

 メイの手が白牙の頬を優しく包み、蒼い瞳が愛しげに細められる。

「今度は一緒に闘うの。それなら、たとえもう一度死んだって、あたしは自分に後悔したりなんかしない」

 守られることを享受した過去。
 それゆえ、誰より愛した存在を苦しませてしまった。
 これはメイにとっての贖罪でもあるのだ。

「自分以外の命なんて背負い込まなくていいのよ? あとはただ、背中を預けあえばいいんだから」

 そう言って笑ったメイに今度こそ白牙は何も言えなくなる。
 たとえこんな少女の姿になろうとやはり美煌は美煌でしかなく、自分は彼女に敵わないのだと改めて実感させられたような気がした。



「メイちゃんて、確かに新一に似てるね……」

 快斗の呟きに伍は不思議そうに聞き返す。

「工藤新一に?」
「前に白牙から聞いたんだけど、メイちゃんが死んじゃって落ち込んでた白牙を、生まれたての新一が立ち直らせてくれたんだって。メイちゃんそっくりの目で自分を奮い立たせてくれたんだ、って言ってた」

 快斗は随分と軽い口調で話しているが、実際はもっと深刻な話だったのだろう。
 伍が白牙と会ったのは彼が優作と接触した後のこと。
 優作や有希子、そして新一の存在によって絶望から立ち直った後のことだ。
 あの時白牙の目の中に見た、この世の善も悪も全て知り尽くしたような、その上で今の自分でいることを覚悟したような色。
 きっと自分には考えも及ばないような過去を生きてきたのだろうと伍は微かに顔をしかめる。

「確かにメイちゃんの目は新一に似てると思う。けど、そうじゃないんだ。似てるのは目じゃなくて……心? 魂? それが似てるんだと思う」

 だからそれが目の中にも現れているのだ、と。

「前に俺、今の白牙とメイちゃんそっくりの遣り取りを新一としたことがあるんだ」
「守る、守らないと?」
「うん。新一、ただでさえ探偵なんかやってるだろ? 色んな奴に目ぇつけられるし、その上事件体質だし。あんまり危なっかしいんで俺があいつのボディーガードになる! って言ったんだ。
 なのに新一ってばめちゃくちゃ頑固で、ぜぇーんぜん聞き入れようとしないんだ。だからほとんど勝手にあいつを守ってたんだけど。
 ようやく認めてくれた時、あいつなんて言ったと思う?」
「……さあ、わからないな」
「〝どうせ言ったって聞かねーんだ、それならただ守られてるより一緒に戦った方が早い!〟だってさ」

 まったく新一らしいよね、と快斗が笑う。
 その笑みがただ一方的に守ると言っていた頃のものよりずっと柔らかいものであることを本人は知らない。
 ただ、嬉しくて仕方がないとでも言うように言うのだ。

「それ聞いて、ああ、俺って馬鹿だなぁって思った。守りたいなんてどうして言ったんだろ、って。守りたいなんて俺のエゴだったんだ。守られる側の気持ちなんて何も考えちゃいない。新一にだって闘える力は充分あったのに、自分の気持ちに手一杯でそんなこと少しも思い浮かばなかった」
「今の白牙がまさにそれだな」
「うん。だから、同じことを言えちゃうメイちゃんはやっぱり凄いって思うんだ」

 やがて「ごめん」と謝る白牙の声が聞こえて、四人は改めて共同戦線を張る決意をした。



 * * *

 大揉めに揉めていた割りに話はあっさりと進み、四人は二組に分かれて行動を開始することになった。
 今やらなければならないことは三つ。
 黒星と万海の動きを徹底的にマークし、彼らと直接対決する。
 それからもうひとつ、白き衣の力を封印してあるという月下白を捜すこと。
 メイと伍には主に情報収集に徹して貰い、白牙と快斗が行動に移す。
 最後のひとつは怪盗キッドの専門だからと快斗が請け負うことになった。

 たった一日のうちに優秀なブレインによって残り五つある月下白のうち、ひとつの在処がわかった。
 都合のいいことに中国に在住する世界的大富豪の張家にあるらしい。
 快斗は早速怪盗キッドとして予告状を出した。
 こちらに来てからの活動は初めてだがキッドとして中国を訪れたことは何も初めてではない。
 中国警察もキッドの犯行に万全の体勢で取りかかるだろう。

 快斗は一時戦線を離脱して犯行の準備に取りかかった。
 確保不能の大怪盗と言われるキッドだが、それは綿密な下調べと緻密な計画があって初めて成り立つのだ。
 場所が変わったからと言って手を抜けば命取りになる。
 けれど組織とのことも放ってはおけないからと、三日間という時間内に下調べから犯行までをこなすというハードスケジュールを強いられることになった。

「ま、三日もあれば俺には充分だけどね」

 などと軽口を飛ばしながら快斗は張家の豪邸の見取り図を前に不敵な笑みを浮かべる。
 どこから入手したのか、ニュースソースは勿論極秘事項だ。
 因縁の探偵や熱血警部こそいないが、久々の怪盗業に知らず快斗の気持ちも高揚する。
 見取り図をまるまる頭に叩き込み、中国警察の警備状況を幾度となくシミュレートし、針の穴ほどの見落としもない計画を練る。
 勿論状況によって臨機応変に対応できるだけの柔軟さも持ち合わせているため、その点にも抜かりはない。
 そして、白牙から言い渡された条件を反芻した。

〝逃げるのではなく、全てを打ち倒せ〟

 それはここに来る前から言われていたことだ。
 怪盗キッドの唯一最大の弱点はその無血主義にあるのだ、と。
 なにも殺せとまでは言わない、ただその覚悟を持って相手から逃げるのではなく倒す強さを身につけろ、と。
 闇の中の闇の世界では一瞬の躊躇いが死に繋がる。
 それを痛いほど痛感した快斗だからこそ、今度の仕事では普段と違うキッドとして犯行を行うつもりでいた。



 ものものしい警備の中、白装束を纏った怪盗は音も気配もなく暗闇の中を正確な足取りで進んでいく。
 途中出くわした警官は問答無用で昏倒させ、キッドは確実に月下白の保管されている部屋へと向かった。
 予想では月下白は張家当主の寝室の金庫に保管されているはずだ。
 他人を信用しない張が大事な宝石を自分の目の届かないところに保管するとは考えにくい。
 やがて見えてきた扉の前にいた警官にも有無を言わせず眠って貰い、キッドは常とは違い正面から乗り込んだ。

 室内にいたのは六人の男。
 同じ黒服を纏った屈強な男が四人、自慢の腕を振りかざして襲いかかってくる。
 キッドは難なくそれを避けながら残りの二人に慇懃な挨拶をした。

「こんばんは、張家ご当主殿。こんな夜更けにお騒がせして申し訳――」

 と、そこまで言ってキッドはもうひとりの男の正体に気付き、僅かに瞠目した。

「――万、海……」
「おや、私をご存知とは有り難いね、怪盗キッド」

 そこにいたのは今度の中国来訪の最終標的である、中国組織の首領、万海だった。
 万海は涼しげな顔で張と向き合うように椅子に腰掛け、悠々と微笑を向ける。
 彼はキッドが来ることを知り、その上でこの場にいるのだ。
 キッドはさっさと四人の男を伸してしまうと、僅かに殺気を漲らせながら万海に向き直った。

「なぜ貴方がこのような場所にいるのですか?」
「勿論、君と会うためさ。君は白牙と仲がいいそうだね?」
「殺し屋と懇意になった覚えはありませんが」

 無駄とわかりながら、それでもキッドは惚けてみせる。
 けれど万海はその答えも予想していたかのように笑みを深くするだけ。

「惚けなくていい。君が日本で白牙と一緒にいたことは黒星という男からすでに聞いているからね」
「……白牙に用があって私に接触したのなら、とんだ的はずれですよ」
「いや、用があるのは君の方だ」

 万海はゆっくりと椅子から立ち上がり、キッドとの間に転がった男四人を踏み越えながらキッドへと歩み寄る。
 キッドは警戒を強くしながらもその様子をじっと見守った。
 やがてあと数歩という距離で万海が立ち止まる。

「思った通り、随分と若いようだね」
「おや、何千もの声と姿を持つ私のこの姿が本物だと思うのですか?」
「ふふ、どんなに装ってみたところで私の目は誤魔化せない。君はまだ年端もいかない少年だ」
「ご想像にお任せしますよ」

 あくまで惚けることを止めないキッドに、けれど万海は気を悪くすることもなくただ笑みを向ける。
 目の前の男の意図がいまいち読めないキッドの方が逆に苛立ちを覚えた。
 けれど。

「私のものにならないか――怪盗キッド」

 その台詞には咄嗟に反応を返すことができなかった。
 ポーカーフェイスが一瞬崩れ、驚くままに目を瞠る。

「なに……?」
「ほんとは白牙に継がせるつもりだったが、壊れた人形に興味はなくてね。新しい跡目を捜していたんだ」
「……貴方の組織の跡目、ということですか?」
「そう。君はIQが四百もあるらしいね。それに、一応ここに転がってる彼らは軍事訓練を受けた強者なんだが、あっさり伸してくれた腕も素晴らしい。君ほど私の跡目に相応しい人はそういないよ」

 手放しで自分を褒める万海にキッドは腹の底に沸々と沸いてくる怒りを感じていた。

 白牙はこの男の所為で何より大事だった美煌の命を奪うことを余儀なくされた。
 そこにどんな事情があったのか詳しいことは知らないが、たとえ目的が何にせよ普通の感覚ではそんなことできるはずがない。
 だのに、ただ、自分の跡目につけたいからと白牙から風を奪い美煌を奪い、全ての人生を狂わせた。
 その男に、今度は自分を跡目にしたいのだと迫られている。

 怒り以外の何の感情を覚えろというのか。

「生憎、私は怪盗であって殺し屋じゃない。罪にこの手を染めていようと、人を人とも思わない連中と一緒くたにされては気分が悪い。たとえどんな甘美な餌を用意されようと、私がその誘いに乗ることは有り得ないでしょう」

 静かな怒りを湛えた目で睨め付ける。

「下衆は下衆同士戯れていればいい」

 紳士にあるまじき罵倒を吐き、キッドは万海の横をすり抜けて金庫に近寄る。
 鮮やかな手捌きで一瞬にして金庫を開けると中に入っていた月下白を手中に収めた。
 これが誰の封印であるかはわからないけれど自分たちにはどうしても必要なものだ。
 御子を、新一を守るため、多くの力が必要になる。
 そう――万海のような輩に決して引き渡さないためにも。

「……残念だ。だが、私は諦めないよ。君に跡目となってもらうためには何でもしよう」

 何でもね。
 強調するようにそう繰り返す万海にキッドは目を細めた。
 白牙にそうしたように、自分にも心を壊すようなことを仕掛けようと言うのか。

「ご機嫌よう、万海殿。次にお会いする時は、もしかしたら墓場かも知れませんね」

 ――貴方の。

 それだけ言い残してキッドは窓からダイブする。
 背中に広げた翼が警官たちの注目を集めたが、そんなことは意識の外だった。



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