隠恋慕
輝石乱舞 8
現場は重苦しい空気に包まれていた。
現在、午後六時。
怪盗キッドの予告では午前零時が犯行予告時間だ。
犯行を予告されたこの建物では、今日一日ずっと厳戒態勢が敷かれている。
建物のぐるりには制服警官が整然と並び、身元の確かでない者は誰ひとり現場に通ることができない。
現場の指揮権を与えられた伍は、無線を通じて入ってくる情報を頭に叩き込みながら、まるで遊びのようだと感じていた。
もちろん遊びの感覚で任務に就いている者など誰ひとりいない。
だが怪盗キッドや万海を相手に、こんな在り来たりの警備しかできない警察が果たしてどれほど対抗できるのだろうか。
それはおそらく英嶺総監も承知の上なのだろうが、自分たちは警官である以上、多くの規則に従わなければならなかった。
市民を守る力を与えられる反面、たとえ市民を危険にさらそうと上の命令には逆らえない。
その現状が嫌で、けれど真っ向から反発するだけの力もなく燻っていたこの数年。
だが、今は違う。
今はその力を持っている。
それは伍ひとりのものではなく、〝彼〟を守るために生まれてきた共犯者たち――ソウルメイトたちの力。
「……うまくやれよ」
喧騒の中、その呟きが誰かの耳に届くことはなかった。
「警部!」
声を掛けられ、数人の警官とともに警備の最終チェックを行っていた伍は苛立たしげに振り返った。
予告時間まであと一時間を切った。
万海は必ずその時現れるだろう。
理由は分からないが、キッドが――快斗がそう断言したのなら、必ず現れるはずだ。
その忙しい時にいったい何の用事だと、常より僅かに眉間に皺を寄せて振り返った伍に、声を掛けた警官はあまり気にした様子もなく用件を告げた。
「陽という女性が警部を訪ねて来てますが……」
「……なに?」
「なんでも陽巡査部長の奥さんらしいんですけど、身元確認のできない者は中に入れるわけにいかないので、外で待ってもらってます」
「分かった。少し席を外すが、すぐに戻ってくる。今言ったとおりに指示を出しておいてくれ」
それだけ言うと、伍は声を掛けてきた警官を連れて彼女が待っている場所へと向かった。
本来ならこの厳戒態勢の中、指揮官が現場を離れるなどは許されないことだ。
しかし陽巡査部長は今回の事件に関わって負傷し、現在医師から絶対安静を言い渡されている警官だ。
英嶺総監から説明を受けた時の彼女の取り乱し様を思い出し、伍は沈痛な面持ちになった。
彼女はおそらく誰よりこの事件を憎んでいる。
その彼女が大締めとも言えるこの場所まで足を運んだ理由がなんなのか、伍はそれを確かめなければならなかった。
彼女は敷地の向いにあるビルの暗がりで、こちらに背を向けるようにして立っていた。
この季節には暑苦しいだけの茶色のロングコートを着て、落ち着きなく体を揺らしている。
伍はすぐに何か嫌なものを感じた。
それでもその後ろ姿は確かに数日前会った彼女のもので、声を掛けないわけにはいかなかった。
「……陽さん、ですね」
「――伍警部!」
振り返った彼女の表情の僅かな変化を、伍は見落とさなかった。
安堵。恐怖。そして、緊張。
それらは一瞬のうちに消えてしまったけれど、最後に見せた緊張だけは、彼女の強張った表情に残り続けていた。
「どうされたんですか?」
可能な限り優しい声で尋ねてみても、彼女は真っ青な顔色で堅く口を噤んだきりなかなか答えてくれない。
見れば、指先や肩、それどころか全身が小刻みに震えている。
彼女は落ち着きなく体を揺らしていたわけではなく、ただ震えていたのだ。
何か思いも寄らない恐怖に直面して、夫の上司である伍に助けを求めにここまで来たのかも知れない。
けれど彼女はやがてか細い声でこう言った。
「……私を、中に入れて下さい……」
相変わらず顔色は真っ青で、全身の震えも一層激しくなっている。
それでも何か強い意志を秘めた瞳だけが睨むように伍を見返している。
やがて、伍が何も言えずにいると、彼女はまるで悲鳴のように声を張り上げた。
「私を中に入れなさい! さもないと、半径三百メートル以内にいる人間が吹き飛ぶわよ――!」
その場にいた警官たちは目を剥いた。
それは伍も例外ではなく、彼女を凝視した。
彼女がロングコートの前を広げる。
おびただしい量の爆弾が彼女の胸、腹、腰、足と、あらゆるところに括り付けられていた。
これが全て爆発すれば彼女や伍はもちろん、付近にいる住民にも甚大な被害をもたらすだろう。
「これは遠隔操作式の爆弾よ。下手に私を取り押さえれば、すぐに爆発するわ」
言いながら彼女はぼろぼろと涙を零した。
伍は唇を噛みしめた。
今この時にこんなことを仕掛けてくる者などひとりしかいない。
白牙から多くのものを奪い、
メイの人生を狂わせ、
陽に生涯消えない傷を負わせ、
そして今、彼女の命さえも奪おうとしている。
あの男はいったいどれだけの人の生涯を潰せば気が済むのか。
「卑劣な真似を――万海!」
彼女は泣きながら伍を見た。
真っ青な顔でがたがたと震えながら、それでも微笑んでいた。
ありがとう。
声なく刻まれた言葉に伍は顔を歪めた。
「さあ、道を開けて」
伍が手で合図を送ると、整然と並んでいた警官たちは慌てて道を開けた。
外の騒ぎはすでに中まで伝わっているらしく、敷地内の警官たちも難しい表情で道を開けた。
「警部。貴方は私と一緒に来て下さい」
「……」
「それが条件なんです」
「……分かった」
伍は彼女の横について歩き出した。
今ではコートの前を閉じることが無意味だからだろう、彼女は爆弾まみれの痛々しい姿を隠そうとしなかった。
それだけの量の爆弾を括り付けられれば細身の彼女には辛いだろうに、それでも彼女はふらつきながらも歩くことをやめない。
いったい万海は何をしたのだと、伍は感じた疑問をそのまま尋ねた。
すると彼女は暫くの沈黙のあと、ぽつりと零した。
「……これは、私が招いたことなんです。確かに彼は罪深い人です。でも……この罪は、私が被らなければならないんです……」
消え入りそうな声で何度もごめんなさいと繰り返す彼女に伍は何も言えなくなった。
違う、と否定してあげられればどんなにいいか。
万海は残酷な男だ。
その人の最も弱いところを的確についてくる。
その結果、あの男が被らなければならない罪を彼女が自分のものと思いこんでしまったのだ。
けれど、伍は何も言うことができない。
彼女が胸にしまい込んでいるものが何なのか、それを知らずに無責任な言葉は掛けられなかった。
「――伍!」
顔を上げれば、少し離れたところに白牙が立っていた。
その白牙を制するように英嶺総監もこちらを見遣っている。
その表情の険しさから、すでに説明するまでもなく状況を把握しているようだった。
「……それで、貴方をここに寄越してあの男は何がしたいと?」
口調も厳しく総監が言うと、彼女は視線を彷徨わせ、やがて白牙を見据えて言った。
「貴方が〝白牙〟ね……」
「……そうだ」
「貴方を連れて来いと、言われたわ。もし来ないなら、……爆弾を爆破させるって……」
総監がグッと白牙の肩を掴む。
思わず反射的に動こうとした白牙を引き留めた。
白牙が軽く睨み付けると、総監は渋面をさらにしかめながら言った。
「無闇に動くな。ここで屈せばこの先ずっとあの男の思惑通りに動くことになる」
「……じゃあどうするつもりだ? ここで爆破させる気なのか? あんたも俺も、それどころか一般人も大勢死ぬんだぞ」
「たとえおまえが従ったところで、あの気紛れな男が素直に彼女を解放するとは限らんだろう」
「だが、奴が狙ってるのは俺だ。そのせいで彼女や他の人を死なせるわけには――」
「――ふざけるな!」
たったひと言でその場の空気全てを呑み込むような恫喝に、白牙は吃驚したように目を瞠った。
それは伍にしても同様で、総監を凝視していた。
英嶺総監はいつも渋面で口調も厳しく、見たとおり自分にも他人にも厳しい人だ。
けれどその見た目を裏切って、決して口調を荒げることのない人でもあった。
それは彼の性質でもあり、人の上に立つ者の責任として常に冷静さを欠かないという意味でもあった。
けれど当の本人はそんな周りなどお構いなしにひとりいつもの調子に戻って言った。
「言ったはずだぞ。私の許可なしに動くことは一切許さないとな。
おまえのような馬鹿者でも私の部下である以上、あの男の思い通りにさせるつもりはない。
それが分かったらさっさと爆発物処理班をここに呼べ」
その命令を受け、警官二人が足早に駆けていった。
警備にこそ当たっていないが、あらゆる対策を兼ねて近くに処理班も待機させていたのだ。
けれど、彼女は青ざめた表情に絶望の色すら滲ませながら激しく首を振った。
「駄目っ、そんなの駄目よ! 貴方を連れて行かなきゃ、私……っ」
「陽さん!?」
彼女は突然駆け出すと、白牙の手首を掴んで引っ張った。
けれど殺し屋として鍛えられた体を持った白牙を細身の彼女がどうこうできるはずもなく、ただ戸惑う白牙の腕を泣きながら引っ張り続けた。
白牙はどうすることもできず、ただ呆然と彼女を見遣る。
その手を振り払ったのは、総監だった。
「落ち着いて下さい。すぐに我々がその爆弾を処理します」
「違うっ、そうじゃないの! そうじゃなくて……っ」
「大丈夫、貴方を死なせたりしません」
「そうじゃ、ないのよ――!」
悲鳴が響き渡る。
突然、静寂が訪れた。
風の音ひとつ聞こえない空間に嗚咽混じりの泣き声だけが響く。
そして無線が入る瞬間の微かな機械音の後、背筋が寒くなるほど冷ややかな、静かな声が聞こえた。
『……忠告しておきますが、彼女に付けられたものには盗聴器も付いているんですよ。そちらの動向は全てこちらに筒抜けだと思っていて下さいね』
ぷつっ、と音声が切れる。
止まっていた時が流れるように、風がざわざわと草木を揺らしながら吹き抜けていった。
今では無視の羽音や泣き声でさえ聞こえてくる。
白牙は体中から汗が噴き出るのを感じた。
それは、生涯忘れることのできない声だった。
朝起きた時、ふと目を瞑った時、夜眠りにつく時。
まるで幻聴のように、その声は白牙の日常に付きまとって消えてくれない。
それほどに、彼は白牙にとって大きな存在だった。
それほどに――怖ろしい存在だった。
「……万、海……」
その声を継ぐように、ピッ、ピッ、という電子音が鳴り始めた。
何の音だと警官たちが首を傾げる中、彼女が今にも気を失いそうな悲鳴を上げた。
「いやああ! 止めて、…止めてええ――!」
力なくその場にへたり込み、ロングコートに隠された左腕を右手で掻き毟る。
動転しきった彼女は自分の爪で傷をつくっていることにも気付かず、血が噴き出すのも構わず掻き続ける。
伍が慌てて彼女を抑えると、総監が彼女の左袖を捲り上げた。
そこに現れた、小さな液晶画面。
まるでデジタル時計の画面のように三桁の数字が並んでいる。
その数字が一秒ごとに減少していく。
明滅する赤い光はまるで警告のようで、その場にいた者たちに言いようのない恐怖を与えた。
「……時限装置か」
相変わらず落ち着いた、それでも幾分緊張を含んだ声音で総監が呟いた。
「伍、警備に当たっていた警官を退却させろ。野次馬や付近の住民にも避難命令を出せ」
「……許可は取らなくても?」
「時間がない。非常事態だ。連中がのんびり風呂に入っている間に、何百という死人が出るぞ」
「分かりました」
それだけ言うと、伍は指示を出すために走り去った。
伍にかわり震える彼女を総監が支えている。
一気に慌ただしくなった現場に、白牙は固い表情をしたまま立ち尽くしていた。
すると、総監が白牙を見遣り、その渋面を少し和らげながら言った。
「悪いが、おまえにも付き合って貰うぞ」
「……あんたは逃げなくていいのかよ」
「彼女を死なせないと言っただろう。私は自分の言葉を曲げるつもりはない」
処理班の奴らが来ればおそらく解体は可能だろう。
そう言った総監に、けれど白牙は納得できずに食い下がった。
「なんでだ。なんで、そんなややこしいことすんだよ。そんなまどろっこしい真似しなくても、俺が出ていけばそれで済んだ話じゃないか。
分かってるだろ? 俺はあんたら警察の人間にとったらただのお荷物だ。あんたが俺の存在をよく思ってないように、他の連中だって俺に利用価値があるから目を瞑ってるだけだ。そんなもん、さっさと手放ししまえばいいんだよ。屈するとか屈さないとか、そんなことより優先しなきゃならないものが、守らなきゃならないものがあるだろ?
たとえ爆弾が解体できて死人が誰ひとり出なくたって、避難勧告まで出した今じゃもう説明なしじゃ済まない。その時、あんたはどう説明する気だ。こんな元殺し屋の犯罪者を使って犯罪を取り締まってました、なんて言うつもりなのか?」
言い募る度に感情が高ぶっていく。
なのに、総監は少しも表情を変えることなく静かに見返すばかりだ。
それが余計に白牙の感情を煽る。
「――なんとか言えよ! あんた、何考えてんのかわかんねえんだよ!」
感情のままに声を張り上げれば、ようやく総監が口を開いた。
「言っただろう。私は自分の言葉を曲げない」
白牙はカッと頭に血が昇るのを感じた。
そんなのはちっとも答えになっていない。
普段の白牙なら軽く受け流すこともできただろう。
だが、今回ばかりはわけが違う。
伍にも言われたことだがあの男――万海が関わっている以上、白牙は冷静ではいられなかった。
けれど白牙が口を開くよりも先に総監が再び話し始めたため、白牙は言いたくもない罵倒を口に出さずに済んだ。
「私の部下をあの男には渡さない。たとえおまえのような馬鹿者でも、それは変わらない。
確かにおまえは我々警察のお荷物だ。私はおまえをよく思っていない。だが、それはおまえの言うように利用価値云々が問題なのではない。私は、おまえは特殊機動員などになるべきではなかったと思っていたんだ。普通の人として社会に復帰するべきだとな。
おまえは我々警察と繋がっている限り、殺し屋という過去を捨てた今も人の死から離れられないし、あの男からも逃れられない。おまえが未だにこんな場所にいるから、あの男もおまえを狙ってくるのだと思った」
だが――そうじゃなかった。
「あの男は手を抜くということを知らない。だからこそ、我々警察の手をことごとくかいくぐってきた。おまえを殺すまで、或いは自分が死ぬまで、あの男はおまえを追い続けるだろう。
……そのことに、つい最近気付いた」
あの晩、泣いていた少女を抱き締めながら、怪盗キッドが言っていた。
自分の命が少しも惜しく思えない。それどころか、世界中の誰がいつどう死のうと、知ったことじゃない。
……寂しい言葉だと思った。
けれど、人はみなどこかそんな冷たい心を内包しているものだ。
世界の片隅で何百人という人が死んだところで、胸は痛んだとしても、世界中の人々が花を携えて供養に来てくれるわけではない。
つまりは身内か隣人か、ただそれだけの差に過ぎないのだ。
怪盗キッドにとっての身内は彼が〝宝玉〟と呼ぶその存在だけだった。
そして白牙にとっても〝宝玉〟は守るべき身内であり、それを狙う限り万海は対立し続けなければならない敵なのだ。
ただ、それだけのこと。
「おまえはそのままでいればいい。無理に〝普通〟になる必要はない。おまえや、あの怪盗の言う〝宝玉〟が何なのかは知らないが、おまえたちが頑なに隠しているそれを無理矢理暴くつもりはない。あとは私の目の届く場所で死ななければ、……それでいい」
白牙は軽く下唇を噛んだ。
自分はしがない人間だ。
命の尊さを知ってなお、この場所から抜け出すことを選ばなかった罪人だ。
なのにどうして自分の周りにいる尊貴な人は、こうして自分の行いを許し、認めてくれるのだろうか。
分からない。
けれど、いつもその言葉に救われる。
「…寄越せ」
白牙は彼女の体中に括り付けられていた爆弾を慎重に取り外すと、道具もないのに解体を始めた。
「おい、処理班を待て」
「そんなの待ってらんねえな。心配するな。九つまで育ててくれた奴が爆弾のスペシャリストだったんだ」
「そんな大昔の話があてになるものか」
「俺に技術を教えてくれたのはあの人だけだ。その他は、教えることはあっても教わったことはない」
つまり、たった九歳で身につけた技術だけでここまで生き延び、最凶とまで言われた殺し屋になったのだ。
そしてその腕は今もなお衰えることなく健在している。
下手をすれば処理班の連中よりもずっと速くずっと的確に解体することもできる。
浮かび上がる赤い数字は刻々と減り続けているのだ。
時間は一秒だって惜しいに決まっている。
白牙は左足の踝に固定していたナイフを取り出すと、順序よく解体作業を進めていった。
そのあまりに迷いのない確実な動きにはさすがの総監も口を挟む隙がなかった。
やがて大分作業も進んだ頃に、装備万端の処理班を引き連れて伍が駆け戻って来た。
「爆発物処理班、到着しました!」
「遅い。もうこの男が概ね解体してしまったぞ」
「は……?」
「こっちはいいから、おまえらはそっちの残りを解体してくれ!」
時間がないんだ!
そう怒鳴った白牙に促され時間を見れば、もうあと二分を切ろうとしている。
処理班は慌てて道具をひっくり返すと、図面を見ながら大急ぎで解体処理に入った。
付近の住民は避難できただろうか。
警備にあたっていた三百人あまりの警官たちはどうか。
万が一、それを起こさないためにこうして命懸けで解体作業を行っているのだが、それでも自分の背中に何百人という人間の命がのし掛かっていると思えば、自然と指先の動きも硬くなる。
思うように進まない。だが、時間は確実に迫ってくる。
十秒を切った。
連結は断ち切ったけれど、まだあとひとつ爆弾が残っている。
――間に合わない。
解体を行っていた処理班のひとりが顔面蒼白になってそう判断したあとの、白牙の行動はさすがに早かった。
ぶつっ、と一本のコードをナイフで無理矢理に引きちぎった。
時計の数字が0を示し、ピーッ、というアラームがしんと静まりかえった空間に響き渡る。
それから一秒が過ぎ、二秒が過ぎ、やがてアラームすら鳴りやんだけれど、この静寂を破る爆発音はついに聞こえてこなかった。
解体が間に合った。
その安堵が全員に浸透するまで、軽く一分はかかったのだった。
「――やった! やりましたね、総監!」
処理班の者たちから歓声が上がる。
ヘルメットを外し、近くにいた者どうしで肩をたたき合っている。
爆発物処理の危機的状況に陥ったのは何も今回が初めてというわけではないけれど、その度に生きていられたことに喜びを叫ばずにはいられない。
同じ状況で死んでいった同僚を見てきた者は、特に。
けれど、爆弾が解体されて最も喜ぶと思われた彼女、陽だけが、その歓声を掻き消すようにわっと泣き声を上げた。
両手で顔を覆い、あの時――夫が自爆テロに巻き込まれ意識不明の重体だと聞かされた時よりも激しく泣きわめいている。
これにはさすがに処理班の彼らも喜んでいられず、伍は彼女を支えたまま優しく尋ねた。
「どうされたんです、陽さん?」
彼女は激しく首を振る。
ストレートの綺麗な髪が無惨に振り乱される。
伍は根気強く何度も問いかけるが、彼女は一向に答えようとしない。
困り果てた伍が顔を上げた時、何か黒い影が頭上を通り過ぎた。
空には月が掛かっていた。
まるで先ほどの騒ぎなど知らぬとでも言いたげに、星たちも顔を出している。
手首にはめた腕時計がピッと小さな音を鳴らした。
それは零時を知らせる音だった。
カツンッ、と革靴のどこか心地よい音が響く。
まるでそれを背負うように月を背後に舞い降りた白い鳥が言った。
「ご心配なく、陽婦人。貴方を泣かせる無粋な輩は、全て私が片づけましたよ」
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