隠恋慕
Midnight Carnival 1
別に何の恨みがあったわけでもなく、およそ関わりのない人を切り裂き、葬る。
そこには大した理由もなく、そして一抹の感慨すらない。
なぜ、どうしてそんなことができるのだと、人は彼を責めるけれど、何のことはない、ただ彼の死というものの根本的な考え方が人と違うだけなのだ。
人を殺めて快楽を貪るような者も中にはいるが、彼はそうした殺人快楽者ではない。
今も、目の前に倒れる女がひとり、物言わぬ骸となった虚ろな眼が恨めしそうに見上げている。
けれどそれを見て感じることと言えば、ただ動いていたものが止まったという、それだけだ。
風に吹かれた葉が舞い上がり、地に落ちることとなんら変わりない。
強いて違いを挙げるなら、そう……
この手にべとつく粘着質の液体が不快を与えるか否か。
ただそれだけのことだった。
血に汚れたナイフを軽く振り、後処理もそこそこに懐へと仕舞い込む。
どうせどこにでも売っているような安物のナイフだ。使えなくなれば新しく買い直せばいい。
そうしてその場から立ち去ろうと足を踏み出し――彼はぴたりと動きを止めた。
煌々と降り注ぐ月明かり。
群生する常緑樹の枝葉が落とす影の中、人も動物も、虫でさえ息を潜めたような静寂の中に、ソレはいた。
彼の腰ほどにも満たない小柄なソレは、闇よりもなお昏い漆黒の衣を纏い、月光を弾く大きな鎌をもたげ、真っ白な仮面の下から毒々しく色づいた深紅の唇を覗かせながら、ひっそりと佇んでいた。
その姿はまるで、そう――死神。
彼は驚き、けれどすぐに頭を振った。
何も驚くことはない。今日のこの日、街にはこんな格好をした子供がうようよいる。
魔除けだか何だか知らないが、自らゴーストやデビルに身を扮し、子供たちが籠を手に提げ家々を渡り歩くのだ。
信仰などというものには全く縁のない彼には関係ないことだが、ここはひとつからかってみるのもいいだろう。
「hey, kiddy. Trick or treat……?」
生憎鎌はないが、子供の持つそれよりもずっとそれらしい獲物を彼は持っている。
未だ血のこびりつくナイフを取り出し、彼はわざと脅かすように殊更ゆっくりと歩み寄った。
月明かりを背負い、一歩、また一歩と近寄る度に、その影が子供を覆うように忍び寄る。
おそらく子供は泣き出すか逃げ出すか、或いは腰を抜かして気絶するだろうと彼は思った。
けれど、子供の反応はその予想を全て裏切って。
「……Can I save you?」
――それは悪魔か、死神か。
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