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Midnight Carnival 3

「……あれ?」

  朝食の準備ができたからと、モーニングコールで起こされた快斗が、まだ眠い目を擦りながら室内に拵えられた洗面台で顔を洗っていると、ふとシャツの襟から覗く胸元の異変に気付いた。
  そこには、月がある。
  白き衣と呼ばれる者だけが持つ、月の御子――即ち工藤新一を守る者の証とも言うべき印。
  その月が、微かに赤みがかっている。

 「……何かしたかな?」

  覚えのない異変に思わず首を捻る。
  触れても押しても何の痛みも訴えないところを見ると、別にどこかにぶつけたというわけでもなさそうだが……

 とは言え、別段それに大した意味があるとも思えず、そんなことより早く準備をしてリビングへ行かなければと、快斗は素早く身なりを整えると部屋を出た。

  昨夜は久しぶりに寝付きがよかった。
  中国へと渡って以来――正確には新一と別れて以来、あまり安眠できなかった快斗だが、新一効果は絶大だ。
  たとえ隣にいなくても、彼の存在をすぐ傍に感じられるだけで、まず気持ちの在り方から全然違う。
  しかも、ここはあの工藤優作の屋敷なのだ。
  たとえ白牙のように優れた暗殺技術を持っておらずとも、ベルモットのように心操術を持っておらずとも、彼は今まで新一をその身ひとつで守ってきた男だ。
  その彼の存在は、予想以上に快斗を安心させた。
  おかげで積もりに積もっていた疲れも一気に吹き飛んでしまった。

  今日あたりは、久しぶりに新一とふたりでのんびりするのもいいかも知れない。
  まだまだ問題は山積みだけど、たまにはゆっくり休むことも必要だ。
  流石に外出するのは拙いから、一日中家の中で本を読むのもいいだろう。
  それからキッチンを貸して貰って、快斗特製のレモンパイを食べて貰うのだ。
  新一の好きなコーヒーを入れて、ずっと隣に彼の温もりを感じながら過ごして。

  そんな楽しい想像に思いを馳せていた快斗だが。



 「――外出禁止!?」

  一階に降りるなり、先に来ていたらしい新一の素っ頓狂な声が聞こえてきた。
  慌ててリビングに駆け込んで見れば、既に食卓に着いた工藤夫妻とその向かいに立った新一が、何やら穏便でない表情で睨み合っている。
  有希子の隣に腰掛けたベルモットは、ひとり素知らぬ顔で早々と朝食に手を付けていた。

 「父さん! 外出禁止ってどういうことだよ?」

  その提案が余程気に入らなかったのか、新一の表情は不機嫌を通り越していっそ凶悪だ。
  息子の剣幕に優作も仕方なく姿勢を正すと、肘掛けに肘をつき胸の前でゆったりと手を組んだ。

 「どうもこうも、おまえの今の状況を考えれば当然のことだろう? どこの世界に、命の狙われている我が子をほっつき歩かせる親がいるんだ」
 「そうよ、新ちゃん。私たちがどれ程あなたのことを心配してるか分かるでしょう?」

  今までアメリカと日本という遠距離を許容してきたのは、新一の意志を尊重していたから。
  確かにそうなのだが、それだけの理由で傍観しているほど、優作も有希子もお人好しではない。
  新一が黒の組織と対決していた時も彼の動きは全て把握していたし、彼の力だけでは心許ないと判断した時には、優作や有希子が裏から根回しすることもあった。
  しかし、怪盗キッドという心強い味方を得てからの新一は、目を瞠るほどの成長ぶりを見せた。
  おそらく何より彼に必要だったのは、苦境において尚「死んでなどいられない」と思わせてくれる存在だったのだろう。
  キッドがいたからこそ、優作も有希子も傍観者の立場でいられたのだ。

  だが、今度ばかりはそうも言っていられない状況だった。
  敵はあの組織よりも更に強大で、凶悪だ。
  世界に蔓延っていた犯罪組織を上回る脅威を持った男、それが万海だ。
  しかも御子である「工藤新一」を標的として付け狙っているのは、何もあの男だけではない。あまりに敵が多すぎる。
  それに、ベルモットの話を信じるなら――…

「――とにかく。当面の間、おまえは外出禁止だ」

  きっぱり言い切った優作に新一が反論しかけた、その時。


 「高校には退学届けを出しておいたわ。……黒羽君、貴方の分もね」


  そう言いながら現れた人物に、快斗も新一も目を見開いた。

  緩く波打つ肩まで伸びた栗色の髪に、ダークグレーのきつい瞳。
  快斗も新一もよく知るその人は、けれど十歳ほど成長した姿でそこに立っていた。
  先日、フランスで新一が見た彼女はベルモットの変装だった。
  だが、そのベルモットがここにいると言うことは、目の前の彼女は本物の彼女――宮野志保に違いなかった。

 「灰、原……おまえ……」
 「灰原哀はもういないわ。私は宮野志保よ」

  どうして、と呟く新一に、志保は誇らしげに笑った。

 「子供の姿より、この姿の方が貴方の力になれると思ったからよ」

  彼女は犯罪組織に身を置いていたという過去を清算するため、灰原哀として第二の人生を歩むことを選んだはずだった。
  それを、新一の力になるためだけに、あっさり捨て去ったと言うのか。
  絶句する新一に、けれど志保は容赦なく言い放った。

 「勘違いしないで。貴方のために決めたわけじゃないわ。これは私が私のために決めたことよ」
 「そうは言っても……もし俺がこんな厄介なことになってなければ……」
 「それは結果論よ、工藤君。それにそれを言うなら、そもそも私がAPTXなんて薬を作らなければ灰原哀は存在しなかったわ」

  志保の言うことは正しい。
  そうと分かっていても、すぐには納得できなかった。
  だが、一度固めた意志を覆させることが困難であることは、新一が誰よりもよく知っている。
  こう見えて彼女は新一に負けず劣らず頑固だ。
  それに、宮野志保に戻ってしまった肉体を再び灰原哀に戻せなどと――あの心臓を焼かれるような苦しみを今一度味わえなどと言えるはずもない。
 結局、新一には現状を受け入れることしかできなかった。

  自分のために、日常を擲ってまでここに駆けつけてくれた志保。
  自分のせいで、不老不死などという歪みを抱かせてしまったベルモット。
  自分を守るために、半生以上を費やしてくれた白牙。
  自分と関わったばかりに、背負わなくてもいい業を背負ってしまったまだ見ぬ守護者。
  そして――
 ともに闘ってくれると。ともに傷付いてくれると。傍にいてくれると。…決して離れないのだ、と。
  そう言って、まるで真綿で包むように優しく自分を守ろうとする男。

  彼らを非日常の世界に引きずり込んだのは他ならぬ新一だ。
  その当人が、我が侭を言うわけにはいかない。

「……当面の間って、どれくらいだよ」

  新一は不満を隠そうとはしなかったが、逆らうこともなかった。

 「少なくとも白牙が着くまでは家の中にいなさい。快斗君とシャロンだけでは頼りない、などと言うつもりはないが、快斗君には引き続き月下白とパンドラの捜索をして貰わなければならないからね」

 たまにはのんびり――なんてとんでもない。
  優作は独自のニュースソースを使って既に新たな月下白の情報を手に入れているらしく、快斗はすぐにでも次なる犯行の準備に掛からなければならなかった。
  月下白の特異性とその真価を万海に知られてしまった今、こちらは一刻も早く残りの月下白を手に入れなければならない。
  もたもたしていれば彼に先を越されてしまう。
  あれがなければこの先の闘いを勝ち抜くことはできないからと、尤もなことを言われてしまえば、新一の安全を第一に考える快斗に厭はない。

 「分かりました。今日にでも下調べに行ってきますよ」

  そう言った快斗に新一は何かを言いたそうにしていたけれど、結局何も口にしないまま二人は席に着いた。
  そうして何だか気まずい雰囲気のまま、朝の時間は過ぎていった。



 * * *

 延々と続く煉瓦造りの塀とその奥にそびえ立つ豪勢なお屋敷を前に、快斗はしばし呆然と見上げた。
  工藤邸の別荘を見た時も驚いた快斗だったが、「別荘」と「本邸」では桁が違う。
  日本の工藤邸など民家に見えてしまうくらい広大な土地と巨大な邸宅は、土地が有り余っているアメリカならではの規模だろう。

  アメリカの大富豪、アシュフォード財団の会長であるアイザック・アシュフォードのロサンゼルス本邸。
  優作の情報によれば、次なる月下白はここにある可能性が高いということだった。

  しかし、今度の仕事は「盗み」が目的ではない。
  アイザック氏が所有しているその宝石が本物の月下白かどうか、それを調べるのが今回のキッドの仕事だった。
  もしそれが本物だった場合、優作は日本で阿部智洋氏から月下白を買い取った時のように、アイザック氏と交渉して石を買い取るつもりでいた。
  盗み出したところで返す当てのない宝石なのだから、張氏のように不当に手に入れたものならまだしも、正当な手段で手に入れた宝石を問答無用で奪うわけにもいかない。
  その点は快斗も異論はないので、今回は大人しく確認のみに徹するつもりだ。

 「――お気を付けて、坊ちゃん」

  と、軽く三メートルはあろうかという大きな門が開き、中から一台のリムジンが出てきた。
  黒塗りの車体は後部座席の窓が開いており、まだ若い顔が覗いている。
  高級そうなスーツを着た金髪碧眼の青年だ。
  門番の言葉から察するに、おそらくアシュフォード家のひとり息子であるアランの送迎だろう。
  今年二十二歳になるアラン・アシュフォードは、まだ学生の身でありながら父親の事業をいくつか任されているという、なかなかの敏腕だとか。
  事前に頭に入れて置いた情報を脳裏に思い浮かべながら、快斗は怪しまれないように深くキャップを被った顔を逸らし、何でもないようにその場を去ろうとした。
  しかし、

 「え……新一? 君、新一じゃないのか!?」

  予想もしていなかったところへ唐突に声を掛けられたばかりか、呼ばれた名前がとても聞き流せるものではなかった。
  なぜ、アシュフォードのひとり息子の口から新一の名が飛び出すのか。
  日本では有り触れた名前だが、ここはアメリカだ。
  今この瞬間にこの相手の口から飛び出た名前が「工藤新一」を指している可能性は、安易にうち消すことができない。
  快斗は警戒を強めながらも足を止めた。

 「……あんた、誰?」
 「僕だよ、新一! アラン・アシュフォードだ! 十年ぶり……いや、十二年ぶりか?」

  門番や運転手の制止も聞かずに慌ただしくリムジンを降りたアランは、満面の笑みを浮かべながら駆け寄ってきた。
  その姿は彼の言う「久しぶりに再会した友人」に対する態度以上には見えず、殺気の欠片も感じられない。全くの素人だ。
  本当に新一の友人なのだろうか。
  だが、用心に越したことはない。
  快斗は素知らぬ顔で無関係を装った。

 「人違いですよ。俺はそんな名前じゃないし、貴方のことも知らない」
 「え? 君、新一じゃないの?」

  アランが目を丸くして戸惑うのも仕方ないだろう。
  新一のトレードマークはあの頭のヘタだが、彼とは似ても似つかないぼさぼさ頭をキャップで覆っている今の快斗と彼を一目で見分けるのは困難だ。
  下調べの時にはあまり変装をしない快斗だが、それが裏目に出てしまった。

 「違いますよ。大体、十二年前なんてほんの子供じゃないですか。一目見ただけでよく分かりますね」

  その点、この男の目は正確だ、と快斗は思った。
  工藤新一とそっくりだと称される快斗は、勿論十二年前もそっくりだった。
  その快斗を新一を間違えるということは、この場にいるのが新一だったとしても正確に見抜いていたということだ。
  だが、普通分かるものだろうか?
  そもそも、十二年も疎遠だったにも関わらず、偶々見掛けたからといってわざわざ貴重な時間を割いてまで駆け寄らなければならないほど、彼と新一は親密だったのだろうか。
  いや、親密だったのなら十二年も音信不通になどならないだろう。
  考えられる仮定は――ひとつ。
  ポーカーフェイスの下でいよいよしかめっ面になる快斗だったが、微かに頬を染めて動揺する男を見て、更にしかめられた。

 「その……すみません。人違いをしてしまったようで」

  そう言って引き返していく男を、快斗はキャップの影になった目で睨み付けた。
  確かめるまでもない。
  彼は十二年前の新一に――本当に友人であったのかは定かでないが――懸想していたのだ。
  つまり、快斗にとっては恋敵である。
  守護者相手にさえ焼き餅を焼く男だ、快斗の心はどこまでも狭かった。

  だがそんな悠長なことを言っている場合ではなかった。
  過去に新一の友人であったかも知れない男の手元に月下白がある。
  それは偶然なのか、必然なのか。
  必然なのだとしたら、どういう理由でそれを手に入れたのか。
  あの男は彼の敵となるのか、味方となるのか。それを確かめなければならない。
  そして、敵であれば快斗は容赦なくあの男を消すだろう。
  新一を守るために、新一と生き抜くために。
  それが――月の御子を守護する白き衣の中で唯ひとり穢れの宿命を負った白き罪人である自分の役目なのだから。

  快斗は小型の発信器付き盗聴器を素早くアランの服に取り付けると、何事もなかったようにその場を去った。
  勿論、このまま帰るわけではない。
  これから侵入して宝石の確認をするための下準備に向かうのだ。
  相手が金持ちになるほどセキュリティのレベルも高くなるため、予備知識なしに侵入することは不可能に近い。
  キッドとして堂々と侵入する分にはそれでも問題ないが、今回の仕事は住人に気付かれずに行わなければ意味がない。
  そうなると、家の見取り図やセキュリティ状況は勿論、この屋敷に出入りする人物のスケジュールに至るまで頭に叩き込んでおく必要がある。

 (内部映像はいつものようにあいつらに頼むとして、出入り口付近と数カ所に固定カメラを取り付けて……必要な機器は優作さんが持ってるか確認して、なければどっかで調達するか)

  快斗は人目を避けながら監視カメラを設置すると、足に小型カメラを取り付けた相棒の鳩たちを空へ放ち、携帯電話を取り出した。



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